【映画】「ナワリヌイ」感想・レビュー・解説

すげぇ。
マジですげぇ。
「ロシアの暗部を暴く」ってドキュメンタリー映画で、まさかこんなに「ワクワク」すると思わなかった。
もちろん、「ワクワク」って表現は不謹慎極まりないが、ただ、「暗殺されかけた当事者」であるアレクセイ・ナワリヌイを含め、皆が「楽しそう」に真相究明をしているので、まあこれぐらいの表現は許されるだろう。

いつも通り、映画の内容をほぼ知らずに観に行ったのだけど、まさかこんな展開になるとは思わなかった。もともと、「べリングキャット」の凄さについては理解してたから、「べリングキャットの調査報道の凄まじさ」については、「まああの人たちならこれぐらいやるよね」って感じだったが、あの「電話で罠に掛ける」場面は、マジでフィクションの映画なんじゃないかって思うぐらい、現実のものとは思えなかった。電話の相手が罠に掛かった瞬間、スマホで撮影していた女性が「アンビリバボー」みたいな表現をしていたが、たぶんマスクの下の僕の表情もそんな感じになっていたはずだ。

とりあえず、まだこの映画を観ていないという方は、これ以降の僕の文章など読まず、速やかに映画館に行こう。クソおもれぇ。「調査報道」のドキュメンタリー映画で、こんなに爆裂に面白い展開になった作品なんか、なかなかないんじゃないか。

まあもちろんこの「面白さ」は、ナワリヌイの”犠牲”あってのものだし、正直なところ、面白がっているわけにはいかないのだけど。

アレクセイ・ナワリヌイという存在については、なんとなく知っていた。ただなんとなく程度で、映画を観る前の時点で「どんな人なのか説明しろ」と言われていたら、たぶん説明できなかったと思う。また、「ロシアの誰かがロシアの毒物で暗殺されかけた」というニュースも、なんとなく記憶にある。しかしそれも、漠然としか覚えていなかったし、それがナワリヌイだったことも明確には意識していなかったと思う。

そんな状態で映画を観たからということもあるだろう、映画で描かれるありとあらゆる光景が「衝撃的」過ぎて、もちろん「ナワリヌイ、すげぇな」と思ったけど、それ以上に「ロシアやべぇな」ってなった。ロシアのヤバさはなんとなく分かっていたつもりだけど、この映画を観てさらにそのヤバさを強く理解できたと思う。

ちなみに、この映画で扱われる「調査報道」は、すべて映画公開前の時点で公開されている。彼らが全世界一斉に情報を発信したのが2020年12月14日のことだ。この映画を観ていれば、この「調査報道」がどれほど世界を激震させたか理解できるが、2020年当時、日本でこのニュースを目にした記憶があまりない。

いきなり話は脱線するが、こういう時に僕は「英語を”スラスラ読める”ようにしておかないとな」と感じる。世界のニュースは、英語で発信されることが多いだろう。その一次情報に自分でアクセスして、読み解けるぐらいの英語力は必要だなといつも感じている。僕は、「外国人とコミュニケーションを取る」ということにさほど関心がないので、英会話に興味は持てないが、やはり世界の情勢を理解するために、英文をある程度以上のスピードで読める程度の英語力は身に着けないとなと思う。

話を戻そう。とにかく、この映画で触れられる事実は、既に世界中にオープンにされているものなので、この記事でも、ネタバレを気にせずにどんどん書いていこうと思う。

まずは、アレクセイ・ナワリヌイとは何者なのかという話からしよう。

彼は弁護士だが、ロシアで大統領選挙に出馬しようとしている人物だ。ある外国メディアは彼について、「世界一危険な選挙戦に出馬しようとしている」と報じた。プーチン一強のロシアにおいて、その存在を脅かすような人間がどのように扱われるのか、誰もが理解していることだろう。

彼はロシアの腐敗政治を批判し、プーチンやクレムリン(大統領官邸のことで、恐らく日本で言う「永田町」みたいな使い方なんだと思う)を「泥棒」と呼んで民衆を焚き付けていく。彼の人気は絶大で、集会を開けば大勢の人が集まった。またYouTubeでロシアの現体制を批判したり、その内実を暴き出したりする動画を常に配信しており、「半分ジャーナリスト」のような存在でもあった。

もちろん、そんな彼のことをプーチンが放っておくわけもない。彼はテレビ・新聞から締め出され、習慣を開くことも禁じられた。しかし彼はめげず、精鋭スタッフと共にネットを駆使しながら民衆への訴えを続けていく。そんなナワリヌイのことは、クレムリンでは「名前を出すこと」さえタブーであり、記者会見等で彼についての質問が向けられることがあっても、プーチンは「今話題に上がった人物についてだが」「ドイツで治療を受けている男については」など、「アレクセイ・ナワリヌイ」という個人名を一切使わずに話をするほどだ。

彼はもちろん、プーチンに対抗する危険性を理解していた。しかしその一方で、こうも語っている。

【有名になればなるほど、安全になると思っていた。殺してしまうと、やつらも困るだろうから】

確かにその通りだ。ナワリヌイが何か不審な死を遂げれば、間違いなくロシアの関与を疑われる。そんなアホなことをするはずがない、というのが彼の予測だった。

取材スタッフから「誤算だった?」と聞かれた彼は、笑いながら「大誤算だったよ」と語った。

そう、彼は見事に暗殺されかけたのである。

プーチンの腐敗を暴く映画の撮影のためにシベリアへ向かったナワリヌイは、そこからモスクワへと帰る途中の機内で倒れた。そのままロシアの病院に搬送され、”治療が行われた”が、そこに妻のユリアが乗り込んでくる。

病院は、ユリアがナワリヌイの元へ向かうのを阻止する。ユリアは明らかに、病院がロシアの上層部と組んで隠蔽を図ろうとしていると考えていた。病院は、「毒殺ではない」とメディアに発表するが、ユリアがそれを信じるはずもない。

そんな折、ドイツのメルケル首相が、「もし希望するなら、全医療を提供する用意がある」と声明を発表する。ユリアは病院と交渉し、ナワリヌイをドイツへ搬送する許可を求めたが、一向に話が進まない。彼女は、夫の体内から毒が抜けるのを待っているとしか思えないと憤慨する。

さて、ようやくナワリヌイをドイツへ搬送する許可が下り、家族は皆でドイツへ向かった。

しばらくして、ユリアはドイツの外務省に呼ばれた。そこで衝撃の事実を聞かされることになる。

ナワリヌイの体内から、神経毒ノビチョクが検出されたというのだ。これは、ロシア軍が開発したものだと噂される毒物であり、つまりこれはロシアによる暗殺を示唆しているのだ。ノビチョクは、神経の信号伝達を少しずつ切っていく神経毒であり、数時間も経てば毒が消えてしまうため、人前で暗殺を行いたい場合にロシアが使用するとされている毒物だ。

しかし、体内からノビチョクが検出されたというだけでは、決定的な証拠に欠ける。しかも、ロシアによる暗殺事案として知られるイギリス・ソールズベリーの事件とは違い、今回はロシア国内の出来事だ。プーチンの支配下ではあらゆることが隠蔽されてしまう。監視カメラの映像さえ手に入らない状況だ。

普通なら、調査を諦めるしかない。しかし意外なところから手が差し伸べられた。ナワリヌイとはまったく関係のない、クリスト・グロゼフという人物が、ロシアから遠く離れたオーストリアで、パソコン一台を使って調査を開始します。

彼は「ベリングキャット」と呼ばれる調査報道ユニットに属している。「ベリングキャット」は、ほぼ公開情報のみから世界規模の事件捜査を行うボランティア組織であり、先程挙げたソールズベリーの暗殺事件の実行犯や、ウクライナで起こった民間機襲撃事件にロシアが関与していた証拠なども、彼らの調査によって明らかにされた。

クリストも、「ある軍人の通話記録」は裏ルートから購入したようだが、そうやって電話番号を手に入れた後は、すべて「誰でも見られる公開情報」を使って、実行犯と思しき人物の顔写真や氏名、またナワリヌイ暗殺未遂に至るまでの彼らの数年間の動向に到るまでを徹底的に調べ上げる。「ベリングキャット」はあくまでボランティアであり、報酬や必要経費がもらえるわけではない。クリストは、過去5年間の調査で「15万ドル」という巨額の費用を自腹で支払っていると言い、「妻にバレたら離婚だな」と語っていた。妻はこの映画を絶対に観ないから大丈夫だと踏んでいるようだ。

ナワリヌイとは関係ないところでひたすら調べまくっていたクリストは、ようやく実行犯の特定に至り、ツイッターでナワリヌイに「実行犯が分かったよ」と連絡した。ナワリヌイ側のスタッフや妻のユリアは、「自腹で調査をしているなんて不自然」「ロシアのスパイなのでは?」と当初疑っていたそうだが、彼らはタッグを組んでさらに調査を進めることとし、まるでスパイ映画のような膨大な関係図が完成した、「明らかにロシアという国家がナワリヌイの暗殺に関与している」ことを示すことができた。

さて彼らはこの情報を世界中のメディアに同時に公開してもらうよう調整を始めるのだが、その前にもう1つ、「成功の可能性は低い作戦」をすることにした。それが冒頭で触れた「罠」である。

公式HPから観れる「60秒の予告映像」にも、その場面がチラリと映っているから、まあ書いてもいいだろう。ナワリヌイは、偽名で携帯電話を契約し、実行犯の携帯電話に通話を掛け、「ナワリヌイだ、どうして私を殺そうとした?」と問い詰めるのだ。

そしてその流れから、この映画最大の衝撃が展開されることになる。さすがにこの話には触れないでおこう。こんなことが現実に起こり得るのかと、客席に座りながらぞわぞわした感覚さえ味わわされた、信じがたい超衝撃映像である。

それそのものには触れないが、その話に通じる「モスクワ4」の話に触れておこう。これもまた、非常に面白い。

ナワリヌイは「罠」の電話を掛ける前に、スタッフに向けて「モスクワ4」の話を始めた。あるハッカーが、ロシアのどこかの機関にハッキングしたのだが、最初のパスワードが「モスクワ1」だった。そこで、ハッキングされた後、「モスクワ2」に変更された。当然、このパスワードも破られ、後に「モスクワ3」に変更する。じゃあ次は? 「モスクワ4」だ、というわけだ。これは、ロシア政府の「愚かさ」を象徴する話として語られていたものである。そして、ある電話を掛け終わった彼らは、「まさにモスクワ4だ!」と言って歓喜する。そりゃあそうだ。誰も、そんな展開が撮影できると思っていなかった映像が撮れてしまったのだから、叫びたくもなるだろう。

彼らはこんな風に、「自身の暗殺事件について自ら調べる」ことを続け、その結果を各種SNSや世界中のメディアで発信した。

非常に印象的だったのは、ナワリヌイを始め、その家族も含めて、皆楽しそうに調査をしていることだ。もちろんやせ我慢かもしれないし、笑っている場面だけを切り取っているのかもしれないが、なんとなくそんな感じでもない。むしろ、「危険は承知の上で、自分たちがしていることの絶対的な正しさを信じ抜けるから、楽しい気分になれてしまう」という感覚なのかもしれないと思う。

そしてそんな調査によって判明した事実について、ナワリヌイは、

【自分が関わっていなければ嘘だと思っただろう】

と語っている。本当にその通りだ。クリストにしても、調査を開始した当初は「そんなバカな」と思うことの連続だったようだ。国家が20人以上の人物を雇い、同胞を暗殺するための計画を立て実行に移しているのだ。さすがに信じがたいだろう。

さて、彼らはこの調査をドイツで行っていた。ナワリヌイは、リハビリをし、体力を回復させながら、同時に調査にも携わっていったのだ。そして2020年12月14日に第一弾の爆弾を投下し、12月17日のプーチンの記者会見で「CIAの策略」と関与を完全否定したことを受けて第二弾の爆弾を投下した。世界中が大騒ぎとなり、彼らの調査報道は完璧な形で幕を閉じたと言っていいだろう。

そしてナワリヌイは、翌年1月17日にロシアへ戻る決断をする。凄いものだと思う。さすがにもう暗殺されることはないかもしれないが、ロシアに戻ればどんな不都合にさらされるか分からない。しかしナワリヌイは、それらを承知でロシアへ戻るのだ。

家族も凄いなと思う。映画には19歳の娘も出てくるのだが、彼女は、

【もし踏みとどまっていたら、私が「帰って闘って」と言っていたと思う。
大切な闘いだから。】

と言っていた。彼女は13歳の頃から、「父親が殺されたらどうしよう」という心配で怯えていたそうだが、それでも、今は父親に「ロシアとロシア国民のために闘い抜いてほしい」と願っているのだ。この家族の強さも、ナワリヌイの力になっているように感じられた。

ナワリヌイがロシアへ戻ってくる日、空港は大混乱に陥っていた。民衆が詰めかけ、警察が容疑も伝えず片っ端から検挙していく。外国記者も検挙していったというからなりふり構わずである。結局、予定とは異なる空港に着陸することになった。

ナワリヌイは、自分のせいで他の乗客にも迷惑が掛かっていることを理解し、マスクを外して「すいません!」と機内の人に謝っていた。それに対して乗客から「予想通りだ!」などと返ってきていたのも、彼の絶大な人気を象徴していると感じた。

結局彼は、空港で入国審査を受けている最中に逮捕され、現在刑務所に収監されている。どんな容疑をでっちあげたのか分からないが、彼が主宰していた「反汚職基金」は「過激派組織」の認定を受け、家宅捜査が行われたそうだ。ナワリヌイの刑期は20年にも及ぶかもしれないと言われている。

やはりどんな理由があれ、「プーチン政権下のロシアとは基本的には関わらない」というスタンスを世界中が持たなければならないと感じた。仮に、小麦やら天然ガスやらの輸入に大きな支障が出るのだとしても、「プーチンと関わりを断つ」ことの方が重要であるように感じられた。

ロシアは本当に、「なんだってやる」国家なのだ。その恐ろしさを改めて実感させられた。

ナワリヌイがロシアへと戻る前に、インタビュー形式で撮影された映像が合間合間に挟まれるのだが、その中で彼は、「もし逮捕されて収監されるか、あるいは殺されるかした場合に、ロシアの国民にどんなメッセージを伝えますか?」と問われる。彼はこのインタビューに英語で答えているのだが、シンプルに「諦めるな」と言う。撮影スタッフから「ロシア語でも言ってくれ」と請われた彼は、もう少し長く話をする。その中で、

【悪が勝つのはひとえに、善人が何もしないからだ。
行動を止めるな】

と熱く語っていた。ウクライナ侵攻を機に、ロシアでは言論統制がさらに厳しくなり、それまで以上に声を上げられない状況になっているが、彼の「諦めるな」という言葉を胸に、どうにか頑張ってほしいと願ってしまう。

さて、映画全体の中では全然どうでもいい話なのだが、ある意味で印象的な場面があったので、最後にそれに触れて終わろうと思う。

暗殺未遂から回復したナワリヌイは、一時期妻と共に、ドイツの村に住んでいた。数時間歩いても誰にも会わないような村だそうだ。散歩から戻る途中、妻が「道端に生えているリンゴを取ってほしい」と夫に頼む。ナワリヌイは「ここはドイツだから所有権がある」となだめる。妻は、「誰のものでもないって」と言い、ナワリヌイが「どうしてそんなことが分かる」と聞き返すと、妻は「だってみんなに見える場所にあるから」と言っていた。

それを受けてナワリヌイは、「それはロシア的な考え方だが。みんなに見える場所にあるものはみんなのもの」と笑いながらカメラに向かって話をしていた。なるほど、「共産主義」的な発想は、こういうところにも息づくのだなぁ、と実感させられた。

とにかく、観た方がいい映画だ。こんなに衝撃的な映画は、久々に観た。

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