【映画】「Cloud クラウド」感想・レビュー・解説

「きっと意味が分からないだろうなぁ」という想定で観に行ったので別に全然いいのだが、やはりよく分からなかった。

よく分からないというか、「別の惑星で展開される物語」という感じがしたと言ったらいいだろうか。

もちろん、見た目は人間だし、っていうか、菅田将暉や古川琴音、窪田正孝、岡山天音、奥平大兼と知っている俳優が出てくるわけで、当然、見た感じは「人間の物語」なのだが、ただ、登場人物は皆、「人間の理屈」で動いているように見えない。だから、「地球の人間と見た目がそっくりな地球外生命体が存在し、そこで展開されている物語を観ている」と思うほうがしっくり来る。

この物語には、人間はいない。「人間の理屈」では、彼らの行動を捉えきれない。

ただ、個人的にちょっと面白かったのは、菅田将暉演じる吉井良介が、最後の無茶苦茶な展開の中で、唯一「人間っぽくなった」ことだ。他の人物は最後の最後まで人間っぽくないのだが(一瞬だけ出てくるみたいな人物はその限りではないが)、吉井良介だけは、「ある物」を持って駆け回らなければならなくなった時から、急に「人間っぽく」なった。狂った世界の中で、1人だけ目が覚めたみたいな感じがある。それがこの物語の中でどういう意味を持つのかはよく分からないが、印象的だったことは確かだ。

ちなみに、本作を観る前に、菅田将暉がある番組内で、本作監督である黒沢清について語っていたのだが、その話は少し「人間っぽくない」話に関係するかもしれない。菅田将暉曰く、多くの監督は「感情ベースで演出をする」らしいが、黒沢清はそういうことはあまりなく、役者が「この時の役の感情は?」みたいに聞いても、「うーん、どうかな、分かんない」みたいに答えるという。しかし、「動きの演出」はかなりクリアにされるらしく、そしてそれが「不気味さ」を増すようなものなのだそうだ。そういう話を聞くと「人間っぽくない」みたいに見える理由も納得できるような気がする。

本作は、「クラウド」というタイトルらしく「匿名性」みたいなものが物語の背景にある。主人公の吉井は「転売ヤー」として社会に益をもたらさない存在として生きているが、仕入れはともかく、物品を「売る」時には吉井は「ラーテル」という匿名の存在になる。また、そんな吉井が「標的」にされる過程や「狩り」に関わる者たちにも「匿名性」が関係してくると言えるだろう。

ただなんというのか、そんな「根底に流れるテーマ」が、上層にはあまり上がってこない。確かに「物語がこう展開するということは、その陰で『匿名性』に関するあれこれがあったのだろう」みたいな感じにはなるのだが、あくまでもそれは「想像させる部分」であり、物語の中で実際に可視化されることは少ない。

そしてそれよりも、「対面の関係でも『本当の自分』を隠している」みたいな意味での「匿名性」の方が、本作においてはより強く浮き出る要素であるように感じられた。

先ほど「別の惑星に生きる地球外生命体の物語」みたいな話をしたが、本作を「人間の物語」と捉えるならば、「『表の自分』と『本当の自分』は異なり、『本当の自分』は隠れたまま」という風にも受け取れる。登場人物の中には「きっとこれが『表の自分』なのだろう」と感じさせる者も出てくるし、それはそれで「その両者には断絶がある」みたいな描写として機能する。しかし同時に、吉井やその恋人である秋子なんかは、「結局何が『本当』なのかよく分からない」みたいな感じになる。

菅田将暉は意識的に「アホみたいな喋り方」をしている気がするし、秋子を演じた古川琴音は割と過剰に「ミステリアス感」を出しているような印象があった。そして何となくではあるが、「彼らにとってそれは特に『鎧』というわけではない」みたいに感じさせる点もまた興味深い。

「本当の自分」を守るために「表の自分」を「鎧」として機能させるみたいな話は分かりやすいが、吉井にも秋子にも特にそんな雰囲気はない。だから「人間ではない」ように見えるし、さらに言えば、本作の「共感を完全に排除している雰囲気」にも繋がっているのだろう。「共感なんか微塵も狙っていない」と理解できればある意味では受け入れやすくもなるだろうし、そういう感じを突き詰めているところは良かったかなと思う。

しかし、「人間の行動原理なんてそうそう分かるもんじゃない」と思っているし、そういう複雑性みたいなものがあるから人間は面白いとも思うのだけど、それにしても本作は「どうしてそんな行動をしているのか分からない」みたいな人間が多すぎる。特に謎なのは、物語の割と早い段階で吉井に「君はそういう人間じゃない」と言っていた人物。このシーンの「他人のことを理解できていない感」も凄かったが、その後の「えっ?こいつは一体なんでここにいるわけ?」みたいな感じも凄まじかった。ただこの人物も、どちらかと言うと後半の方が「人間っぽい」感じがあって、それもまた奇妙な感想なのではあるが。

しかし何にしても、役者が上手いよなぁ。変な言い方だが、「ストーリーがちゃんとある物語」の場合は、役者の演技が多少下手でもストーリーがちゃんとしてれば楽しめるが、本作のように、ストーリーと言えるようなものがあるんだか無いんだかよく分からない作品の場合は、役者の演技が下手だと致命的だ。その点本作は、とにかく役者が皆上手いので、「人間っぽくない人物」を演じているのに、全体としては成立しているような雰囲気がある。また、ともすれば「感情が見えない下手くそな演技」に見えてしまいかねない演技をしていても「下手」には見えないという部分も大きい。特に吉井を演じた菅田将暉は、「吉井良介」という人物を成立させる絶妙なラインを渡りきっている感じがした。というか、「菅田将暉が演じている」という事実が吉井良介を成立させていると言えるかもしれない。

あと、奥平大兼が演じた役は、マジでまったくリアリティがないのだけど、そんな人物を「ぎりぎりリアルにいるかもしれない」と思わせる方に引き寄せる演技をしていた奥平大兼も良かったなと思う。この佐野って役も難しいよなぁ。ってか本作の役は全部難しいだろう。リアリティが全然ないから、役者も演じるのに苦労したんじゃないかと勝手に想像するんだけど、どうなんだろう。

まあそんなわけで、「共感」とか「納得」とか「爽快」みたいなものを求めて映画を観たい人にはまったくオススメしないが、「なんだかよく分からないけど凄いものを観た気がする」みたいな気分になりたいならオススメである。

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