【映画】「バビ・ヤール」感想・レビュー・解説
まず、素材としての映像が凄まじかった。こんな映像、よく残ってたなと感じさせるほど。
これまでも、「戦時中に撮られた映像を繋ぎ合わせた映画」や、「ドキュメンタリー映画の中に戦時中に撮られた映像が少し混じる映画」などを観てきたが、それらと比べても、とにかく「観たことない映像」だらけだった。シンプルに驚かされたのは、公開処刑で一斉に首吊りが行われる場面だし、映画の中には、ハエがたかる死体や、死体をモノのように運んで遺体置き場へと放り投げるような映像は随所にある。しかし決して見た目に驚きを与える映像ばかりに驚愕したのではない。例えば、目的はよく分からなかったが、人々がスコップを持って地面を掘り返している映像。水路でも作っているのか、細長く地面を掘っているのだが、男性だけではなく女性もスコップを持っている。中には、下着姿に見えるような半裸の女性もいたりする。後半には、裁判のシーンも出てくるのだが、これもよく残っていたものだと感じる。ドキュメンタリーなどでは、有名な人物が関係する裁判の映像などは観たことはあるが、この映画で映し出される裁判で裁かれるのは決して有名な人物ではない。また、今でこそ「バビ・ヤールの大虐殺」の存在はそれなりに知られているだろうが(僕はこの映画を観るまで知らなかったが)、虐殺があってから5年後ぐらいの時点で「これは記録に残しておくべきだ」と考えた人が裁判シーンをカメラに収めていたのだから、それもまた凄いことだと感じられた。
また、「低空で飛ぶ飛行機から撮影されただろう映像」や「壊滅状態の街をドローンで撮っているかのような上空からの映像」など、とても現代的に感じられる映像も多数含まれていて、そのことにも驚かされた。ほんとに、よくもまあこんな映像が残っていたものだという感じである。
映画を観ながらそう感じていたのだが、映画の後で行われた東京大学大学院教授によるアフタートークでも、池田嘉郎氏が同じように語っていたので、ソ連の研究者から観ても驚きを感じるような映像なのだと改めて思った。池田氏曰く、この映画の監督セルゲイ・ロズニツァは、図書館などでアーカイブされている資料だけではなく、個人収蔵の映像も積極的に探し出し、この映画を構成したのだそうだ。映像のほとんどはドイツによるものだが、軍の公式の映像だけではなく、いわゆる「アマチュアカメラマン」のような人たちの映像も結構
ドイツには残っているのだそうで、そういう映像を執念深く収集したからこそ、これほど衝撃的な映画として構成されたというわけだ。
正直に言えば、映像に対しての説明があまりにも少なく、ある程度知識がなければ、映像だけ観ていても「何がどうなっているのか」を理解するのはなかなか難しいのではないかと思う。これは決して悪い評価ではない。説明が少なかったことで、映像そのものの力が減じられることなくグワッと観客に届く感じもあったと思うので、説明が少なかったからダメだと言いたいわけではない。ただ、内容の理解という意味では説明不足であることは否めず、僕は、そのアフタートークを聞いてようやく、映画全体が何を描いているのか理解した次第だ。
映画のメインとなるのはたしかに「バビ・ヤールの大虐殺」なのだが、映画はその大虐殺に至るまでの長い過程をきちんと描き出す。集めた映像素材だけでよくそのような流れまできちんと描けたものだと感じる。最近のウクライナ侵攻のニュースで知った人もいるだろうが、もともとウクライナはソ連の一部であり、映画では「ウクライナ・ソビエト社会主義共和国」みたいな表記がされていた。映画は1941年6月から始まり、しばらくしてナチスドイツに占領されるのだが、キエフでは「解放者ヒトラー」と、ヒトラーを称賛している。「称賛させられた」のかもしれないが、ウクライナ侵攻で報じられていることを踏まえると、当時からウクライナはソ連から独立したいと考えており、それをヒトラーが実現させてくれたというような捉え方だったのではないだろうか。
そして1941年9月29日と30日に、「バビ・ヤールの大虐殺」が起こる。その直前、ナチスドイツが占領していたキエフ市街が大規模な爆発に見舞われた(この時の、建物が爆破される様子も映像に残っている)。実際にはソ連による仕業だったそうだが、ナチスドイツはキエフのユダヤ人のせいにした。そしてキエフに住むユダヤ人に「貴重品を持ってバビ・ヤール渓谷まで来い」と命令を出し、2日間で33771名が殺された。「1件のホロコーストで最大の犠牲者を出した出来事」として知られている。
その後1943年11月にソ連がキエフを占領し、その後「バビ・ヤールの大虐殺」に関して裁判が行われる、というような流れで映像が展開されていく。
という、事実関係は観ていれば大体分かるのだが、この映画で最も理解すべき点を僕は自力では捉えられなかった。それは、「ウクライナ市民がホロコーストに加担していた」という点である。
確かに映画の字幕で、「ユダヤ人の大虐殺について、キエフ市民からの抵抗も反対もなかった」というような表記がなされる。更に戦後、バビ・ヤール渓谷に欧米の記者がやってきた際には、「キエフ市民がユダヤ人の死体の処理をさせられた。ナチスドイツは処理に加担した市民を殺そうとしたが、300人の内12名が脱走した。だからこうして世界にこの事実を発信する」とカメラの前で語る者が映し出される。こう語る者は、「ナチスドイツが行った恐ろしいホロコースト」について伝えているのだが、図らずも「キエフ市民もそれに加担していたという事実」を伝えてしまっているのだ。
このようにこの映画は、「かつてウクライナがホロコーストに加担していたこと」を明らかにし、さらに「その事実を隠蔽しようとしたこと」も描かれる。映画の最後は1952年12月2日の映像で終わっている。この映像には、「キエフ市はバビ・ヤール渓谷に産業廃棄物を埋め立てる決定をした」というような字幕が表示される。映画を観ている時には、それが意味するところを理解できなかったのだが、アフタートークを聞いてようやく、「なるほど、ウクライナは『バビ・ヤールの大虐殺』という過去を隠蔽しようとしたことを示唆しているのだ」と理解できた。
だからだろう、この映画はウクライナではかなり批判的に受け止められたそうだ。まあ、それはそうだろう。
しかしこの映画を観てようやく僕は、ロシアがウクライナに侵攻した際、理由の1つに挙げていた「ウクライナはナチス」という言葉の意味が分かったように思う。この「バビ・ヤールの大虐殺」の事実を知っていれば、「お前らはホロコーストに加担したじゃないか。だからナチスだ」という主張も、まあ確かに成り立ち得るだろう。ただ、アフタートークの中で池田氏は、この映画はそのようなプロパガンダとして悪用されがちだが、そのような分かりやすい捉え方はしない方がいい、と語っていた。池田氏は、監督セルゲイ・ロズニツァの意図を、「『ウクライナが』ではなく『ウクライナの個人が』ナチスに加担した」と捉えている。あくまでも「個人の問題だ」というわけだ。
それが分かりやすい例として池田氏は、セルゲイ・ロズニツァがウクライナ映画人協会を除名された出来事について語っていた。セルゲイ・ロズニツァは、ウクライナ映画人協会が「ロシアの映画を排除しろ」と主張することに反対したことで除名された。その事実だけ聞くと、彼がロシアの肩を持っているような印象になるだろうが、セルゲイ・ロズニツァは明確に、「ウクライナ映画人協会のトップが偏狭な人物である」と、あくまでも「個人の問題」という捉え方をしているのだそうだ。彼のそれまでのスタンスからもそのことは明白であり、だから「ウクライナを批判するためにこの映画を作ったわけではない」と池田氏は言っていた。
また、セルゲイ・ロズニツァがNHKのインタビューを受けたことがあるそうだが、その中で、「過去の暗部を見つめることこそが、抵抗のための一番の手段ではないか」みたいなことを言っていたという話に触れ、池田氏も、確かにその通りだと感じると話していた。
またアフタートークでは、セルゲイ・ロズニツァの生まれはソ連だという点に触れ、彼と「バビ・ヤールの大虐殺」の接点について触れていて興味深かった。
元々ソ連で生まれたセルゲイ・ロズニツァは、子ども時代をキエフで過ごし、その後映画を学ぶためにモスクワへと再び戻った。彼は80年代に初めて「バビ・ヤールの大虐殺」の存在を知り、衝撃を受け、いつかこれを映画にすると決意したそうなのだが、実は子どもの頃に既に「バビ・ヤールの大虐殺」との接点があった。彼が通っていたスイミングプールは、「バビ・ヤールを埋め立てて作ろうとした大規模な施設計画の中で実際に作られたいくつかの施設の1つ」だったようで、セルゲイ・ロズニツァはプールへの行き帰りで巨大な埋立地の横を通り、そこに点在していた墓を目にしていた。異国の言語で書かれた墓標は読めず、それがなんだったのか分からないが、80年代に「バビ・ヤールの大虐殺」の存在を知って自身の記憶と繋がったのだそうだ。
そんなセルゲイ・ロズニツァのことを池田氏は「ソ連の素晴らしいインテリの末裔たる存在」だと評していた。ソ連のインテリというのは昔から、ここぞという時には批判にも回るし、芸術作品でも、文句を言えないぐらいに高いレベルのものを作るなど、かなり高尚な気位を持っていたのだそうだ。そして池田氏の視点からすれば、セルゲイ・ロズニツァもまた、そのような「古き良きソ連のインテリの気質」をかなり受け継いでいるように見えるのだという。アフタートークの最後には、「セルゲイ・ロズニツァの映画は、『バビ・ヤール』も含めてすべてウクライナ侵攻以前に作られているのに、制作から数年が経った今、不思議なほど呼応するものがある」と感慨深げに語っていた。
さて、映画の中で僕が一番印象に残ったのは、裁判のシーンだ。別々の裁判で語る2人の女性の証言に驚かされた。最初に語っていた女性については正確には忘れてしまったが、後の方で映し出された女性は、ナチスドイツの軍人に問われた際に「ウクライナ人」だと答え、それについて「相手は信じたようだ」と言っていたはずなので、恐らくユダヤ人なのだと思う。ただ、「ウクライナ人だ」と言っても自分の身分を証明する手段がなく、「ユダヤ人」だと認定される可能性もあったから、そういう安堵を込めて「相手は信じたようだ」と言ったのかもしれないので、実際どうか分からない。
とにかくその女性は、ユダヤ人の虐殺が行われている現場に足を踏み入れたが、「ウクライナ人」であることを理由に「その辺りに座っておけ。終わったら帰れ」みたいなことを言われてずっと待っていた。しかしその後上官のような人なのだろうか、指示が変わる。この状況を目撃した者が街に戻り、話をすれば、明日からユダヤ人はここへは来ない、だからこいつらも殺せ、というのだ。女性は一転、殺される立場へと変わってしまったのだ。
彼女を含む人々が穴の縁に立たされた。そして銃撃が始まるのだが、彼女は撃たれたフリをして穴に倒れ込んだ。遺体の上に落ち、死なずに済んだが、しばらくするとドイツ兵がうめき声を上げている者にナイフでトドメをさしていた。彼女は微動だにしなかったが、ある兵士が彼女の足を掴み、仰向けにした。兵士は、女性に血がついていないことを不審に思い、スパイクのついた靴で胸と腕に乗り、そのまま腕をひねり上げた。彼女は、もうここまでかと思い、黙っていた。しばらくすると穴に砂が掛けられ始める。ギリギリ生き残ったようだが、しばらくして砂が積もり、窒息しそうになった。それまで一切動かずにいたが、生き埋めになるより撃たれる方がマシだと考え、彼女は動く決断をする。どうにか気づかれずに穴から這い出せたが、サーチライトで下を照らしながら呻く人々を撃っていたので危険だった。どうにか見つからないように這っていき、岩壁の上まで辿り着くと、そこに少年がいた。父親が撃たれた際に一緒に穴に落ち、生き永らえたそうだ。その少年と2人で草原を這い、その後身を隠せる場所にしばらく潜んでいた……。
みたいなことを、淡々と裁判で証言する。ちょっと壮絶すぎると思うが、彼女の淡々とした雰囲気からは同時に、「これぐらいの経験をしている人は他にもいる」みたいな雰囲気を感じさせられもした。平和な日本に生きていると、彼女の証言はとてつもないものに感じられるが、彼女の主観ではきっと、よくある出来事の1つ程度だったのかもしれない。そんな風に感じさせる彼女の雰囲気が、「戦争」というものの悲惨さをジワジワ伝える感じがあり、「映像的に分かりやすい悲惨さ」とはまた違った衝撃を受けた場面だった。
とにかく、素材として使われている映像がなかなか衝撃的なもので、それらを単に観るというだけでも十分価値がありそうな映画だと思う。かなりグロい映像も出てくるのでR18とかかと思ったら、別にそんな表記はなかった。まあ、あんまり子どもに見せる映画ではないと思うが。
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