【映画】「ボストン1947」感想・レビュー・解説

いやー、これはメチャクチャ面白かったなぁ。いやもちろん、日本人である僕が「面白かった!」と書くのは憚られる部分もあるのだが。

本作の物語(というか実話)が生まれたのは、日本のせいだからだ。

物語は1946年に始まる。8月、国民の英雄ソン・ギジョンの名を冠したマラソン大会がソウルで開かれたのだ。ソン・ギジョンがベルリンオリンピックのマラソンで金メダルを獲得してから10周年を記念する大会だった。

しかし、ソン・ギジョンの金メダル獲得には、ある悲しい事実が存在していた。ベルリンオリンピック時には日本統治下にあった朝鮮の記録は、日本の記録として刻まれているのである。ソン・ギジョンは「孫基禎」、そして3位になったナム・スンニョンは「南昇竜」という日本名での記録となった。朝鮮ではもちろん、特にソン・ギジョンは英雄視されているが、彼は表彰式の際、月桂樹で胸の日章旗を隠したことが問題視され、日本の圧力を受けて引退を余儀なくされたのである。

朝鮮は、1945年の終戦を受け日本からは解放されたが、その後駐留しているアメリカ軍に良いようにされ、未だ「独立した」とは言えない状態になっている。そんな中でナム・スンニョンは、朝鮮から再び国際大会に選手を送り出そうと意気込んでいた。

一方のソン・ギジョンは、昼間から酒を飲み、自身の名を冠した大会を見ないどころか、メダル授与式に遅刻する始末。英雄の面影はない。しかし彼らは後に、「東洋の小国の奇跡」と評される快挙を成し遂げるのだ。

きっかけはやはり、ナム・スンニョンの情熱だった。彼はボストンマラソンに選手を送り込もうと考えていたのだが、最初の段階で躓いた。なんと朝鮮は、「国際大会への参加歴がない」という理由で、ボストンマラソンへの参加資格が存在しないというのだ。ソン・ギジョンとナム・スンニョンの記録は日本のものとなっているため、ベルリンオリンピックへの参加は「参加歴」とは認められないという。しかし、それを説明した米軍の担当者から、「一つ方法がある」と教えてもらった。

そのキーパーソンとなるのがジョン・ケリー。彼は実は、ソン・ギジョンからもらった靴を履いて大会に優勝した経験があるのだ。つまり、親交のあるソン・ギジョンが彼に手紙を書き、招請状をもらうことが出来れば参加は可能というわけだ。

そうして無事参加できることに決まったのだが、難題は山積みだった。アメリカは朝鮮の選手を入国される条件として、「現地での保証人」と「2000ドル(900万ウォン)」を用意するように伝えたのだ。ここには、朝鮮がまだ「独立国」ではなく「難民国」であったことに関係がある。「難民国」からの入国には、このような厳しい条件が課されるとアメリカのルールで決まっているそうなのだ。しかし900万ウォンは大金だ。なにせ、朝鮮の家1軒が30万ウォンの時代である。貧困に喘ぐ韓国で、この金額を用意するのは並大抵のことではない。

そしてこの貧困は、選手集めにも暗い影を落としていた。彼らは選手の育成を始めるのだが、これと言った才能を持つ者がいない。しかし、彼らは1人だけ、煌めくような才能を持つ人物を知っていた。ソ・ユンボク、先日のソン・ギジョンマラソン大会で優勝した青年である。しかし彼は、友人から「賞金が出る」と騙されて大会に出場したに過ぎなかった。朝から夜まで働き詰めで金を稼がなければならず、一銭にもならないマラソンのために時間を割く余裕がなかったのだ。ソン・ギジョンもナム・スンニョンも彼を説得しようとしたが、なかなか難しい。

しかし彼らは、様々な難題を乗り越え、ついにボストンの地に朝鮮の選手を送り出すことに成功したのである……。

というような話です。

物語は全体的に、「よくあるスポーツ物語」と考えていい。「様々な困難を乗り越えながら勝利を目指す」という感じで、正直なところ、「予想外のことはほとんど起こらない」と言っていいだろう。

ただ、やはりこれが「実話」の力だと思うが、そんな「予想外のことが起こらない物語」がとにかく面白かった。

まずは何よりも、「ボストンマラソンに出場するまでの困難をいかに乗り越えるか」という点が面白い。問題は山積みだが、やはりとにかくお金のハードルが高かった。家1軒が30万ウォンの時代に900万ウォン集めなければならないということは、現在の感覚で言えば、家1軒2000万円としても6億である。しかも時代は終戦直後、ソ・ユンボクが働き詰めにならなければならなかったように、韓国は全体的に貧しかった。そんな時代には、ちょっと現実的とは思えない金額だろう。

しかしまあ、とにかく彼らは色々頑張って、ボストンにはたどり着くわけだ。後は出場するだけ……とはならなかったのがこの物語の凄いところだ。正直この点は、本作における最も重要なシーンと言っていいと思うので、どんな「難題」に巻き込まれたのかには触れないが、まあこれは凄い。「そんな事態になるのか」という点も、「そんな風にして乗り越えたのか!」という点もどちらも驚きで、メチャクチャ良かった。特に、ソン・ギジョンがある場面で、「ボストンマラソンは、アメリカ独立をいち早く伝えたメッセンジャーにちなんで開かれるようになったはずだ」と、その起源から掘り下げて説得しようとしたスピーチはメチャクチャ良かった。そして、アメリカという国に思うことは色々あるけど、こういう場面におけるアメリカの「決断」というのはさすがだよなぁ、と思う。日本で同じことが起こっても、こういう展開にはならないだろう。

そして、何よりも驚いたのが、ラストのマラソンのシーンである。何に驚いたかというと、僕自身に驚いたのだ。

というのも僕は、基本的にスポーツにはまったく興味がなくて、マラソンや駅伝を観ないどころか、スポーツの試合を観ることがほぼない。以前、友人に誘われて東京ドームに野球を観に行ったのが1度あるくらいで、あとは映像で観ることもまずない。オリンピックも全然興味がなかったし、「結果だけ教えてくれたらいいよ」ぐらいの気分になってしまう。

にも拘らず、本作で描かれるマラソンシーンにはメチャクチャ興奮させられた。気づいたら、劇場に座っている自分の身体が縦揺れしていたぐらいで、そんな身体が思わず動いてしまうぐらいワクワクさせられた。

このマラソンシーンにも、「おいおいホントにこんなことが起こったのかよ」と言いたくなるような展開があり(実話なんだよね?ちょっと信じられんけど。ネットでちょっと調べたけどよく分からなかった)、そこからのさらなる展開もメチャクチャ良い。「まさか自分が、スポーツシーンで感動するとはなぁ」という感じで、その点にも驚かされた。まあ、ダイジェストだったから良かったというのももちろんあると思うけど。2時間観るのは無理だなぁ。

ちなみに、ベルリンオリンピックでソン・ギジョンは、当時の世界記録を樹立した。その記録が、2時間29分19秒2である。しかし、現在の世界記録は、あと少しで2時間を切るというところまで来ているわけで、その進化も凄いものだなと思う。

さて、これも印象的な場面だったが、ある場面でソン・ギジョンが「俺みたいになりたいか?」とソ・ユンボクに聞く場面がある(映画を観れば分かるが、このセリフは、恐らく今皆さんが受け取ったのとは違う意味を持つ言葉として発せられる)。そしてこれに対してソ・ユンボクが「はい、目標です」と答えるのだ。詳細に触れなければ、この受け答えは自然に感じられるかもしれないが、実際には「ソン・ギジョンにとって予想外の返答が返ってきた場面」であり、だからこそソ・ユンボクの返答がとても素敵に感じられた。そんな「目標」であるソン・ギジョンとの”闘い”も注目である。

ボストンマラソンは1897年に創設されたそうで、「近代オリンピックに次いで歴史の古いスポーツ大会の1つ」だそうだ。本作で描かれる1947年の大会時点で50年の歴史がある。そしてレースを終えた後、アメリカ人の実況は、「ボストンマラソン史上最もすばらしい大会」と評すのである。「朝鮮」がどこにあるのかも知られておらず、なんなら「敵国・日本」と同一視されているぐらいの知名度の無さの中で、ソ・ユンボクがどんな”快挙”を成し遂げたのかは、是非本作を観てほしいと思う。これは書いてもネタバレとは思われないと思うが、ソ・ユンボクは決して「優勝しただけ」ではないのだ。

この物語において日本は「朝鮮が難題を乗り越えなければならない土壌」を生み出した存在であり、だから日本人としては、正々堂々とした気分で「面白かった!」とは言いにくい作品ではある。ただやはり「面白かったなぁ!」と言いたくなる作品だ。物語としてはシンプルにメチャクチャ楽しめる作品だと思う。

さて、最後に気になったことを2つ。まず、ある場面で「正の字を書いて数を数える」というシーンが出てくるのだけど、朝鮮(韓国)も同じなのか、と思った。もちろんこれは、「日本統治下の影響」という可能性もあると思うが、映画の舞台は日本から解放された直後であり、だとしたら、「日本に教わったことなんか絶対にやりたくない」と思う人の方が多いんじゃないかと思う。だから、昔からそういうやり方だったのかなと思ったのだけど、どうなんだろう。

あと、朝鮮の国歌が、「蛍の光」の音楽でビックリした。いや、「別れのワルツ」かもしれないが(「蛍の光」は4拍子で、「別れのワルツ」は3拍子なのだけど、僕にはどちらか分からない)。調べてみると、歌詞だけが先に存在したが曲がなかったため、この曲に乗せて歌うようになったとか。「蛍の光」は元々スコットランドの民謡で、作曲者不祥だという。色んなところで使われているんだなぁ、とビックリした。


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