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探せ!怪獣ウミウシ


ウミウシとは貝殻をもたない巻貝の仲間の総称である

出展:『ネイチャーガイド 日本のウミウシ 第二版』(中野理枝/著)

 ウミウシの名前の由来は諸説あるようだが、その頭らしき部分に2つ生えた触角が牛の角に見えなくもない。その愛らしい姿、鮮やかな色彩、個性豊かな種の多様性からダイバーを中心に多くのファンを獲得している。日本の海辺だけで少なくとも1400種が確認されているというから驚きである。

ウミウシ、見に行きたい

 6月のある日、この貝殻のない巻貝を目当てに神奈川の岩礁に集まった。我ら「うみうしみにいき隊(実際のLINEグループ名)」である。この日は干潮時を見計らって朝9時ごろ岩礁に着いたが、すでに何組かの親子や学生と思しきグループが磯遊びに興じている。じつは、ウミウシは海に潜らなくても観察できる。干潮時、岩礁の窪んだところにできるタイドプール(潮だまり)。そこにウミウシの世界が広がっている。

いそいそとタイドプールを探索する”うみうしみにいき隊”

アオウミウシ

 最初に見つけたのは、アオウミウシだった。岩礁にわずかに残ったほとんど水滴ほどの水たまりにしがみついていた。わずか1cmほどの小ささだが、およそ自然界になさそうな配色をしているのでよく目立つ。やさしくすくい上げ、観察用の水槽に入れる。名前の通り青を基調とした体に黄色い模様が入る。触角は赤橙色。小さいながらもぽてっとしたプロポーションと角のような触角、宇宙味のある奇抜な見た目はどことなくウルトラマンに出てくる“怪獣”を思わせる。と思うのは私だけだろうか? 見た目の奇妙さに反して、日本の岩礁のどこにでもいるポピュラーなウミウシである。数えてはいないが、この日一番多く見つかったウミウシだ。奇抜な見た目は、警告色であると考えられていて、毒をもつことを天敵に知らせるシグナルだ。毒をもつクロイソカイメンを食べることでその毒を体内に蓄積する。

円谷プロダクション的アオウミウシ
観察水槽の中に入れたアオウミウシ

シロウミウシ

 シロウミウシは白地に黒の斑紋を持ちホルスタイン牛に似ていて、とくに牛っぽいウミウシかもしれない。体の外縁は黄色で縁取られ、触角は黄色い。2cmほどのモチッとしたボディでゴツゴツの岩礁をじわじわと這っていた。“隊員”の1人が見つけた。牛歩さながらのスローモーションも牛っぽさを演出している。そうやって、岩礁に付着した固着生物をのんびり食べると考えられている。

牛的貫禄のシロウミウシ
観察水槽に入れたシロウミウシ

サキシマミノウミウシ

 タイドプールの中を頼りなく漂う白い埃のような生きものがいた。小指の先ほどの大きさだが、微かに青紫を帯びたきれいな白色をどうにか視認できた。
 ミノウミウシの仲間は、その名の通り、蓑(ミノ)のようなヒダヒダを背負う(背側突起)。これには呼吸器が備わっており、表面積を広くすることで効率よく水中の酸素を取り込むことができると考えられている。ヒダヒダのモップが埃や汚れをより多く絡めとる様を想像するとわかりやすい。サキシマミノウミウシのヒダは先に黄色い模様が入る。さらに口らしき箇所からのびた長いアンテナ(口触手)も特徴の一つだ。体色が青白く半透明なことも相まって、宇宙SF的な外見をしている……気がする。

SF宇宙生物的サキシマミノウミウシ

ウミウシの多様性の不思議

 ここではすべてを詳しく紹介しきれないが、この日、我らが「うみうしみにいき隊」はほかにも数種類のウミウシを発見した。写真だけでも載せておこう。

ウミウシコレクション

「それにしても、なぜこんなにも奇抜で多様な姿をしているのか?」
ふと隊員の1人が言った。
「確かに、警告色ならこんなに多様でなくても良さそうだよね」
別の1人が応える。
「それに、方向性が共通しているほうが捕食者への効果は強まる気もする」会話が続く。

ウミウシに夢中な大人たち

 多くのウミウシは毒をもつ。殻という防具がなく、動きの遅いウミウシにとっては、それが捕食に対抗する戦略であることは間違いなさそうだ。かつて試しに食べてみたウミウシ研究者がいるようだが、真似しないほうがいい。食欲を減退させる派手な色合いは警告色と考えられている。しかし、それだけなら、進化の過程で皆が嫌がる似通った色合いに落ち着いても良さそうな気もする。何が色や模様の多様性を生み出しているのだろうか。謎多き生きものたちの多様性。

スベスベ&ヒラヒラ

 岩礁には、ウミウシ以外にもさまざまな生きものたちがいる。この日見つけた生きものたちを少しだけ紹介しよう。
 
 日本の岩礁に生息するスベスベマンジュウガニはなんともひょうきんな名前だが、標準和名である。学会で研究者が真面目な顔をしながら「スベスベマンジュウガニの生態学的地位は……」など議論している場面を想像するとちょっと笑える。ただし、名前にだまされてはいけない。有毒なので食べられない。

磯の毒饅頭ことスベスベマンジュウガニ

 黒い体を縁取る深い黄色のライン、ヒラヒラ泳ぐ絨毯のような姿をした生きものはカリオヒラムシ。石の下などに隠れていることが多い。ヒラムシの仲間は2本生えた触覚などウミウシに似ていて、しばしば、図鑑を前にしたヒトを悩ませる。しかし、彼らはまったく違った進化の道を辿ってきた。冒頭の説明の通り、ウミウシは巻貝の仲間(軟体動物)だが、ヒラムシは扁形動物といい、プラナリアの仲間である。これは、じつはかなり遠い関係にある。分類学的には、ヒトとアリくらい離れている。この他人のそら似がなぜ起こるのか? ヒラムシが毒をもつウミウシに似せているのかもしれないし(擬態)、お互いに無関係で、似た環境にさらされた結果におきた進化なのかもしれない。多様性の不思議、進化の不思議は止まない。

観察水槽に入れたカリオヒラムシ
石の下にへばりつくカリオヒラムシ

夏、岩礁、冒険

 岩礁は発見の宝庫でもある。アメリカの生態学者、ロバート・ペイン博士は岩礁でおこなったある実験でセンセーショナルを巻き起こした。岩礁にできたタイドプールはいわば一つの閉じた生態系である。博士はそこから食物連鎖のトップであるヒトデを取り除いてみた。するとタイドプール内の生態系のバランスはたちまち崩れ、最後にはかなりの種類がいなくなってしまった。キーストーン捕食と名付けられたこの現象は、生態系において捕食者がいかに重要であるかということを示した(Paine 1966)。岩礁は生態系の観測地帯なのだ。
 そんな生物学的ロマンはさておき、つまりは、生き物たちのつながりと生き様を垣間見ることができる。今年の夏の思い出に、ウミウシやさまざまな生きもの達の彩を添えるのもいいだろう。あるいは、夏休みといえば自由研究、テーマを探しに出かけるのもいいだろう。岩礁の冒険へと繰り出そう。

ウミウシに喜ぶ筆者(左)と隊長(右)

 さて、我々も夢中になっていたが、ふと辺りを見回すとさっきまでむき出しだった岩礁がすっかり海に浸かっている。時計に目をやると12時。文字通り潮時、撤退の時間である。我らがうみうしみにいき隊は海辺の定食屋で海の恵みを味わってから帰ることにした。

マグロの煮付け定食、美味しくいただきました。

磯装備

  • マリンシューズ/長靴・・・岩礁はゴツゴツしていて肌を切り付けるので、サンダルは避け、足もとをしっかり守ってくれるものを選ぼう。中には胴長を使う猛者もいる。

  • 手網・・・ウミウシは小さいので、金魚をすくうための小さな網でも大丈夫。100円ショップでも買える。

  •  グローブ(手袋)・・・岩礁の生きものには、毒や棘をもつものもいるので、手を守る必要もある。また、魚など変温動物は人間の体温に触れると弱ってしまう場合もある。生き物への配慮としてもあるといい。

  • 観察水槽/ビン・・・じっくり観察するには便利。透明な瓶でも代用可能。

  • ポーチ・・・観察の際、道具を出し入れしやすく便利

  • 水中カメラ・・・海の中にいる生き物の写真を撮るならば、あるとうれしい。


磯マナー

 観察するために生き物を捕まえるのは楽しい。楽しみを提供してくれる生き物には敬意を払おう。捕まえた後は、できるだけ元いたタイドプールに戻そう。1人の人間にとっては数歩でも、ウミウシや小さな生き物たちにとっては途方もない距離なのだ。また、ひっくり返した石などもなるべく元の位置に戻してほしい。石の下を住処としている小さな生きものもいる。


【書籍紹介】ウミウシ観察のお供に!

日本近海で見られるウミウシ340種を掲載したウミウシ観察の入門図鑑

日本近海で見られるウミウシ1400種以上掲載したウミウシマニア向けの図鑑

水中写真家・鍵井靖章とウミウシ研究者・中野理枝のコラボによるウミウシ写真集


参考文献

平野義明 2000 ウミウシ学 海の宝石、その謎を探る 東海大学出版会
中野理枝 2018 ネイチャーガイド 日本のウミウシ 第二版 文一総合出版
Paine R. T. (1966) Food Web Complexity and Species Diversity. The American  Naturalist Volume 100, Number 910

Special Thanks

いつも生きもの探しに付き合ってくれる友人たちへ
いくつかの写真の提供もありがとう


Author

須藤哲平(編集部)
文一総合出版編集部所属。1992年生まれ。麻布大学大学院博士前期課程卒、修士(学術)。自然環境研究センター(研究員)、日本自然保護協会(広報会員連携部)を経て2023年より現職。大学時代から動物生態学、野生動物保護管理、哺乳類の研究、調査などに携わってきた。自然や科学の面白さ、大切さを発信すべく編集者に転身。中型食肉目をこよなく愛す。

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