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第3回 美しいカタツムリが食べる意外なもの

青身(あおみ)の美しいカタツムリ

カタツムリというと、雨の日にアジサイの葉っぱの上に乗っている、薄い橙色と黒い縞模様を持ったのんびりした生き物を思い浮かべると思います。カタツムリはナメクジも合わせると日本に約800種が確認されており、その形や生態はさまざま。その中で「日本一美しい」と称されるのがアオミオカタニシです。

美しい淡い緑色をしていますが、この緑色は殻の色ではなく、中の身の色で、殻自体は半透明です。アオミ(青身)オカタニシという名前はここから来ています。日本では南西諸島に生息しており、主に樹上で生活しています。

野外で見つけたアオミオカタニシ。昼はほとんど動きませんが、雨が降ったあとの夜は活発に動いています。美しい上にかわいいです。

アオミオカタニシの生態は詳しくわかっておらず、これまでに地衣類や緑藻類が生えているソメイヨシノの枯れ枝をケースに入れて飼育した1例があるのみで、長期の飼育は難しいと言われていました。この美しいかたつむりをどうにか長期飼育し、多くの方に見ていただく機会を作れないだろうか。そう思っていました。

2017年3月。西表島でアオミオカタニシを探す機会がありました。島に訪れる前から存在は知っていて、見つけられたらいいなぁ~と思っていたのですが、数時間探し歩いてどうにか6匹見つけることができました。飼育が難しいというのは知っていたため、せめてなにかヒントになるものはないかと、生息環境も観察しました。しかし大きな収穫はなく、連れて帰った6個体を元に、何を食べているのかを探る挑戦が始まりました。

アオミオカタニシの食べものを探れ!

まずは、アオミオカタニシを飼育しているケースにさまざまな「食べそうなもの」を入れてみることにします。キュウリ、ナス、ニンジン、ティッシュ、落ち葉、ミズゴケ、そして緑藻類。数日置いて、食べあとがないか丹念に観察します。しかし、どのエサにも食べたようなあとは見つかりません。記録があるし、これは食べるだろうと思って入れていた緑藻類も変化が見られず驚きました。うーん、なかなか一筋縄ではいかないようです。ただ、これであっけなく終わってしまっても面白くありません。逆に「どうにか見つけてやる!」と火が付きます。

ケース内を見てみると、1mmほどの黒い粒がまとまっているのを見つけました。動いているアオミオカタニシの軟体部(身の部分)にもついています。どうやらこれはアオミオカタニシのフンのようです。この中で何かを食べてフンをしたのか、捕まえる前に野外で食べていたものを排出したのかわかりませんが、どちらにせよ大きな手掛かりになるかもしれません。取り出して、顕微鏡で観察してみることにしました。しかしながら、フンは消化されており残ったものはなさそうで、ここでも手掛かりを得ることはできませんでした。ただうんこをいじるだけになってしまいました。それから数日、これのエサはどうか、こっちはどうだと試す日々が続きました。

ついに判明。葉っぱについているアレ…?

そんなある日、伊豆にある動物園でコダママイマイというカタツムリを飼育しているという情報を見かけました。このカタツムリは世界一美しいカタツムリとも言われ、多くの注目を集めているようです。さらに調べを進めていくと、カイガラムシ等の排せつ物を栄養源にして植物の葉っぱの表面や枝に発生するカビ、いわゆる「スス病」を食べているようです。

「もしかして、アオミオカタニシもスス病を食べるのでは?」

想像もしていなかったエサの登場に、心が湧きたちます。「たしか、野外公園のツバキにスス病が発生していたよな」と思い、急いで野外公園に向かって3枚葉っぱをもらい、館内に戻ります。食べたかどうか確かめやすいように、クリアカップに折りたたんだティッシュを入れ、その上にスス病の葉っぱを2枚並べます。霧吹きを数回して、いざアオミオカタニシを投入。これで食べれば、大きな発見です。しばらく観察してみることにしました。

ケースからクリアカップに移動したことでアオミオカタニシは殻の中に引きこもっていしまっていましたが、少しすると軟体部を出して動き始めました。カップをぐるりと歩き、葉っぱの方向に。ゆっくりと葉に乗ると、動きがさらにゆっくりになりました。口元を観察してみると、動いています! どうやらスス病を食べ始めたようです。ゆっくりゆっくり進みながら、スス病を食べ進めていき、アオミオカタニシが通ったところはきれいにスス病がなくなり葉っぱが輝いています! ついにアオミオカタニシのエサを発見したのです! 思わず「たべてるぅぅぅ!うぉぉぉすげぇぇ!」と叫んでしまいます。

スス病をゆっくりとたべるアオミオカタニシ。1匹が1日に数枚分のスス病を食べました。たくさん食べてくれると嬉しくもありますが、スス病が足りなくなるのではと不安にもなります。植物には悪いですが、葉っぱを採るたびに「もっとスス病になれ!」と念じてしまいます。

達成感とともに、「これで飼育できる」とほっとしました。このままエサを与えられなければ、採集してきた個体たちは餓死させることになってしまいます。そうならなくて本当によかったと安心しました。

さらに、スス病も食べるのであれば同じようなカビである「うどんこ病」も食べるのではと思い与えてみると、こちらも食べました。これらのエサの発見により、結果として1,000日以上の継続飼育展示に成功しました。また、スス病とうどんこ病を用いた飼育については、カタツムリハンドブックの著者でもある豊橋市自然史博物館の西浩孝さんにお力添えいただき、九州貝類談話会誌『九州の貝』で発表し、多くの方に共有することができました。

昆虫館で展示していたアオミオカタニシ。可愛らしい見た目と美しい色彩で大人気です。ただ、昼はあまり動かないのが悩ましいところ。

昆虫館での飼育でわかったスス病とうどんこ病という新しいエサ。そして緑藻類も食べるとされていることから、アオミオカタニシは葉や枝に付着したいろいろなカビや藻などを食べているのかもしれません。
長期飼育の次は安定した繁殖方法の確立。まだまだ先は長いです。


参考文献
東正雄, 1995. 原色日本陸産貝類図鑑(増補改訂版). 343pp, 保育社, 大阪.
武田晋一・西浩孝, 2015. カタツムリハンドブック. 128pp, 文一総合出版, 東京.
辻本始, 2016. アオミオカタニシを400日以上飼育中. NatureStudy, 62 (2): 6-7.
柳澤静磨・西浩考, 2018. アオミオカタニシのうどんこ病、スス病での長期飼育について. 九州の貝, (90): 5-6.

柳澤 静磨(やなぎさわ・しずま)
東京都八王子市出身。幼少期からゴキブリが大の苦手だったが、2017年に西表島で出会ったヒメマルゴキブリのゴキブリらしからぬ姿に驚き、それ以来ゴキブリの魅力に取りつかれた。現在はゴキブリストを名乗ってゴキブリの展示や講演会などを通してゴキブリの魅力を伝えている。磐田市竜洋昆虫自然観察公園職員。ゴキブリ談話会世話役。著書に『ゴキブリハンドブック(文一総合出版)』『「ゴキブリ嫌い」だったけどゴキブリ研究始めました(イーストプレス)』『学研の図鑑LIVE 新版 昆虫(学研:分担執筆ゴキブリ目担当)』などがある。
HPゴキブリ屋敷:https://www.gokiburiyasiki.com/

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