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第4回 コオロギ? キリギリス!? ひたいに日の丸をもつ虫

こんな虫が日本に!? ヒノマルコロギスとは

西表島でのゴキブリ調査中、ヒノマルコロギスという昆虫を採集しました。コロギスとは、コオロギとキリギリスの中間的な容姿をしている昆虫で、主に樹上で生活して昆虫などの生き物を捕まえて食べています。日本のコロギス属は4種で、このヒノマルコロギスは沖縄県八重山列島の石垣島、西表島にのみ生息しています。「ヒノマル」の名は、額(ひたい)にある黄色く丸い模様から来ています。

かっっっっこいい!!!

出会うのがなかなか難しい昆虫ですが、ゴキブリを求めて森林内をさまよっていたところ、偶然3個体を採集することができました。

唐突に木の上からこの虫が落ちてきたときは驚きました。存在は知っていましたが、あまりの大きさと威嚇の迫力に、「こんなでかいの!?」となかなか手が出ませんでした。噛まれつつもどうにか採集し、カップに入れたヒノマルコロギスをみると、悪魔的なかっこよさ。額に掲げた日の丸はもちろんのこと、長い触角に大きなアゴ、そして肢に映える水色。こんな虫が日本にいたのか、と感動してしまいました。
(※編集部注:採集の様子については、柳澤さんのこちらのnoteからご覧になれます)

メス個体。非常に大きく、リオック(インドネシアに生息する昆虫で、オバケコロギスとも呼ばれます)を彷彿とさせます。大きさは約40㎜。ずっしりとした重みがあります。
人が近づくとすぐに威嚇します。もともと大きい上に翅まで広げ、さらには肢も上げるので迫力がすさまじいです。額の日の丸はシールでも貼ったかのよう。

非常に大型で迫力もあり、かっこいい昆虫なので展示でも大人気間違いなしです。しかし、勝手に連れてきているわけですから、せめて採集して展示して終わりではなく、卵をとって累代飼育をし、持続的な展示につなげたいところです。そのためには、まずは飼育環境を整えて産卵させるというハードルがあります。

目指せ累代飼育!

どんなところに産卵するのか調べてみると、同じ仲間のコロギスは朽ち木に産卵するとのことだったので、縦60センチ、横30センチほどの水槽を用意してその中にクワガタの産卵によく使う産卵木(シイタケの栽培に使ったあとの朽ち木)に水分を含ませて設置しました。動かないようにと、適度に湿ったままになるように半分ほど土に埋めます。
また、足場として昆虫館で育てていたマテバシイの苗木を入れました。エサとなる昆虫ゼリーとカイコを入れて、完成です。3匹のヒノマルコロギスを入れて様子を見ることにしました。

肉食の生き物ということもあり喧嘩をしてしまうかと思いましたが、そんなこともなくお互い無関心のようです。おなかが減ってきてしまうとそうはいかないと思うので、ケース内には十分にエサを入れておくようにします。
この個体たちは野外で成虫を採集してきているので、すでに交尾は終わっている可能性があります。「明日にでも産卵しているかも」そんなワクワクを抑えながら、静かに見守ることにしました。

翌日。昆虫館に出勤してから、早速ヒノマルコロギスの水槽を覗いてみます。「産卵しているか!?」と期待をするも、産卵木に変化はありません。コロギスは産卵管を朽ち木に突き刺して産卵するので、産卵すればささくれのようなあとが残るはずです。まぁ、初日じゃあ産まないか。そう思ってゆっくりと飼育していくことにしました。しかし、それから一週間経っても産卵している気配はありません。何が悪いのか、そもそも朽ち木に産むのかすら怪しく思えてきました。

ヒノマルコロギスは葉っぱを糸で綴って隠れ家を作ります。職人技。

産卵のカギは、朽ち木の●●●●にあった

その他の環境も良くないのかと思い、土やマテバシイの苗木の状態も確認します。そこであることに気づきました。足場として入れていたマテバシイの苗木の根元が一部柔らかく朽ちており、そこにささくれのようなあとがあります。これは! 慌ててささくれ部分を削ってみると、細長い黄色の卵が現れました! これがヒノマルコロギスの卵です。

産卵する準備はできていたのに、私が用意した朽ち木には産まなかったのはなぜだろうか。産み付けられた場所の朽ち具合と、私が用意した朽ち木の状況を比べてみます。すると、産み付けられた場所のほうが柔らかく、手で崩れるほどでした。一方、私の用意した産卵木は手では割れません。

もしかしたらこの柔らかさがカギなのかもしれない。そう思って、急いで野外公園に向かいます。野外公園にはたくさんの朽ち木を積み上げている場所があります。いろいろな生き物の住処やエサとなっているものですが、ここであれば柔らかい朽ち木もあるはずです。たくさんある朽ち木を触って、手で崩れるくらいのものを探します。早速いい木があったので、これを20センチほどに折って持ってきたビニール袋に入れます。野外に置いてあった朽ち木には生き物が入り込んでいる可能性があるので、一度冷凍庫に入れて、殺虫を行いました。数時間冷凍した後に自然解凍した朽ち木をケースに入れます。この仮説が正しければ、産んでくれるはずです。

果たして、ヒノマルコロギスは産卵したのか。翌日、出勤してすぐにヒノマルコロギスのケースを見に行きます。朽ち木の状態を確認して、「よし!」と声が出ました。昨日入れた柔らかい朽ち木にたくさんのささくれができています。しかし、まだ喜ぶのは早いです。卵が確認できてからようやく手を上げて喜ぶことができます。

ささくれがたくさんできた朽ち木。これは期待!

ケースから産卵木を取り出し、バットの上で慎重に割っていきます。目を凝らしてみると、卵がありました!

歓喜の瞬間。一つ一つが宝石よりも輝いて見えます。

よく見てみると、たくさんの卵があります。卵は木の繊維に沿って産み付けられているので、見つけるのが大変ですが、慣れてくるとどんどん見つかりました。無事、ヒノマルコロギスの産卵に成功したのです。

クリアーカップの中に、卵が乾燥して死んでしまわないように湿らせた脱脂綿を敷き、そこに卵を一つずつ丁寧に並べていきます。この状態で安置して、孵化を待ちます。

並べてみると、60個以上の卵がありました。メスは2匹いるので、2匹とも産んだとして1匹あたり30個以上の卵を1日で産んだことになります。すごいペースです。

展示して終わりじゃない。昆虫館の飼育の面白さ

卵を取り出し終わって、ふぅと一息つきます。累代飼育の第一のハードル、産卵はどうにかクリアすることができました。昆虫は実に多様な生き物で、食べるもの、生息しているところ、卵を産む方法などもさまざま。飼育は毎回うまくいくわけではなく、失敗も少なくありません。しかし、「こうすればいいのでは」と推測し、試し続けていき、うまく行ったときは彼らのことを深く知ることができたような気がして嬉しいです。私の思う飼育の面白さはここにあります。

その後、ヒノマルコロギスの卵たちは無事孵化し、次の世代も展示で活躍してくれました。現在は私ではなく別の職員が飼育を担当していますが、3世代目の幼虫たちも育ってきています。また展示で活躍してくれる日が来るのが楽しみです。

柳澤 静磨(やなぎさわ・しずま)
東京都八王子市出身。幼少期からゴキブリが大の苦手だったが、2017年に西表島で出会ったヒメマルゴキブリのゴキブリらしからぬ姿に驚き、それ以来ゴキブリの魅力に取りつかれた。現在はゴキブリストを名乗ってゴキブリの展示や講演会などを通してゴキブリの魅力を伝えている。磐田市竜洋昆虫自然観察公園職員。ゴキブリ談話会世話役。著書に『ゴキブリハンドブック(文一総合出版)』『「ゴキブリ嫌い」だったけどゴキブリ研究始めました(イーストプレス)』『学研の図鑑LIVE 新版 昆虫(学研:分担執筆ゴキブリ目担当)』などがある。
HPゴキブリ屋敷:https://www.gokiburiyasiki.com/

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