三毛猫の香り〜夏がくれた『贈り物』〜
令和元年7月24日。元号が変わって数ヶ月経った約2年前。蒸し暑い夏の真っ只中、給料よりも前にその『贈り物』が僕に届いた。その日はヒドく蒸し暑い日で、汗かきな僕は、蒸し暑い夏が嫌いだった。18時頃、仕事が終わり足早に家路をたどった。クーラーの効いたオアシスに早く帰りたかったから。
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家に着いて『またか…』と、思った。玄関の前に野良猫がいた。家の周りは割と野良猫が多く、僕は夏と同じくらい猫も嫌いだった。いつものように軽く追い払おうとしたが、今回の野良猫は初めて見かける新入りだった。いつもいる、ふっくらとした茶色のボス猫でもなく、虎模様で目つきの悪いグレーの猫でもなく、少し汚れて悲しげな目をした黒猫でもなかった。3色の毛色を持ち合わせた猫、いわゆる三毛猫だった。
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「君、新入りかな?」と僕は話しかけた。
三毛猫との出会い
この三毛猫はヒドく痩せており『もさっ』と爆発したような尻尾、歩き方は足をふみふみ広げ、特徴的だった。声はかすれた声で上手く「にゃー」と鳴けない。何より、すごく人懐こい。僕が行くとこ行くとこ、ゆっくりと着いてくる。不覚にも…
『可愛い子だな』
と、思ってしまった。…思ってしまったというのは、僕は猫派よりも断然、犬派で猫が嫌いだったから。可愛いと思ったことに少し驚いたってこと。
僕はすぐに彼女と2人の子供たちに、この三毛猫を紹介した。みんなにもスリスリと擦り寄る三毛猫。その日の夕食は、三毛猫の話題で持ち切りだった。寝る準備を済ませた後、外の様子が気になり、玄関を開けてみる。
時々、ふみふみと辺りを歩きまわり、こちらに気がつくと近づいてくる。ヒドく痩せているのが気になる。
『ご飯食べれてるのかな…』
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正直、迷いはあった。野良猫にエサを与えてしまうと、猫が住み着き、近隣の方々に迷惑をかけると思ったから。彼女に相談した結果、家にあった鳥のササミを湯がいて、小さく切って食べさせることにした。小さな命でも守りたかった。近所の人にバレたら、僕が怒られたらいい。
エサを見た三毛猫はとても喜んだ様子で、ゆっくりパクパクと、でも確実に小さく刻んだ鳥のササミを食べて行く。
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僕は少し英雄にでもなったような顔で、微笑んでいた。
名前を決めた日
次の日の朝、仕事に行くため玄関のドアを開けた時に驚いた。まだ三毛猫がいる。僕は1日経って、すっかり忘れていた。
「おはよう。行ってきます。」
朝の挨拶をするのが一回増えた。不思議と会社に行く足取りは、いつもより軽く感じた。仕事をしている間も、ずっと三毛猫のことが心配で頭から離れない。特に心配だったのは、いつもいる3匹の太々しい態度をした野良猫たちに、いじめられてないかだ。
『もし、いじめられてたら助けてやるから』
僕は、その日も残業などせず、足速に家路をたどった。初めて猫のエサを手に持って。三毛猫は昨日と同じように玄関の前で丸くなり、横になっていた。僕に気がつくと、足をふむふみ、近づいてくる。安心した。
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クーラーの効いたオアシスに帰った僕は、家族みんなに三毛猫の名前を発表した。実はもうすでに心の中で決めていた。
「三毛猫のミーちゃんです。」
みんな小馬鹿にしたような表情だったけど、もう決めてたから。その日からみんなも『ミーちゃん』と呼ぶようになった。
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名付け親の僕は、もう一人子供が増え5人家族になったような不思議な気持ちになった。誇らしかった。
一夏の想い出
その日から、仕事が終わって家路をたどるのが、いつもより早くなっていた。3匹の野良猫を見張らなくてはいけないからだ。これも重要な仕事である。
幸いにも、3匹の野良猫からいじめられている雰囲気はなく、安心した。猫社会について、まったく理解していないけど。きっと人当たりの良いミーちゃんは、上手いことやってたのかな。さすが我が子だと言わんばかりにドヤ顔になってただろうな。
近所の人たちとも上手くやっていた。みんなからも可愛がられていて、名付け親の僕は嬉しかった。
猫との暮らしも悪くないなと思っていた矢先…。
ある日からミーちゃんが姿を見せなくなった。8月も終わりかけた頃。ちょうどミーちゃんが来てから、一ヶ月経ったくらいだった。僕たちはミーちゃんを探した。朝晩と辺りを見回したけど、ミーちゃんは見つからなかった。
すごく悲しかったけど、仕方がないこと。ひょっとしたら、どこかでもっと良い生活ができているかもしれない。もっと幸せになっているかもしれない。と自分に言い聞かせて、心を落ち着けた。
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この一夏以降、夏と猫が好きになったことは、秘密。
終わりに
夏が近づいてくると、ミーちゃんと過ごした日々を思い出す。ミーちゃんは今も、どこかで元気にしているかな。世渡り上手のミーちゃんなら、どこでもやっていけそうだけどね。
夏がくるのは、まだもう少し先のこと。夏が近づいてくると、夏の香りと一緒に三毛猫ミーちゃんの香りも運んできてくれるかな。
夏がくれた素敵な『贈り物』
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そうそう。この後10月頃に一度だけミーちゃんが現れたんだよね。「お世話になりました。」みたいな感じで、それ以来は帰ってきてないけど。
ミーちゃんらしいな。
さあ、僕もミーちゃんのように世渡り上手にならないと。
どうも文吾野助。
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