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純愛の中で人は強くなる


伊藤左千夫の『野菊の墓』は、15歳の少年・斎藤政夫と2歳年上の従姉・民子との淡い恋を描いている。夏目漱石が絶賛した小説でもある。夏目漱石は左千夫あての手紙で、「自然で、淡白で、可哀想(かわいそう)で、美しくて、野趣があって」こんな小説なら「何百篇よんでもよろしい」と評したという。敦もシンクロしてしまうほど民子が好きだった。主人公政夫がまだ少年のころ、家にきていた従姉の民子との幼い恋を回想したものであり、実話に基づいていると言われた伊藤左千夫の処女小説である。周囲の無理解から清純な恋が妨げられ、民子は嫁いで亡くなり、政夫は少女の愛していた野菊をその墓の周囲に植える。素朴な田園を背景にした牧歌的な純愛物語。元々、短歌作家の伊藤左千夫は、小説家というより、粗野で楽観的な話を文字にしたと言われているのに、内容は激しく脆い恋物語だ。肉体関係などもなく、純愛物語なのに、民子の死によって、大きな物語となる。どちらの家族も、激しく傷ついてしまう。「そんなに悲しむのか」と今の若い人達は言うに決まっていると敦は思った。1906年に発表された作品だが、映画に最適なのか、幾度となく上映されている。それでも1977年に放映されたテレビ朝日系の土曜ワイド劇場『野菊の墓』で山口百恵が主演したのをきっかけに当時の若者に知れ渡った。1981年に松田聖子が主演した映画『野菊の墓』でヒットした。

似たような事が、敦にもあった。駅周辺の土地を保有する大地主の安西家の長女に恋してしまった敦は、ヨーロッパに単身で旅に出かけた。安西恭子は、短大を出て家で花嫁修行をしていた。一方の敦は、大学生だった。所謂、年上だった。まるで「野菊の墓」の政夫と民子の様だった。誰にもわからぬように、デートを重ねた。ヨーロッパに行く前に、日本の伝統的なことを習得するために、茶道教室に通った。恭子も弟と通った。その帰りにこっそりメモでやりとりをし続けて、愛を育んだ。銀座、湘南、相模川などがデートコースで、純愛そのものだった。デートをすることが楽しかった。そして、敦は単身、横浜から船に乗って、ヨーロッパに旅立った。五木寛之の「青年は荒野をめざす」に触発されたナホトカ航路でシベリア鉄道を使った旅だ。ハバロスクからアエロフロートを使ってモスクワまで行き、ウィーンを経てヨーロッパ各地に散らばるツアーがあった。スイスで最も小さな村、アッペンツェルで1ヶ月過ごした。小さな村には、教会、礼拝堂、修道院、市庁舎など16〜17世紀の美しい建物や、独特の切妻屋根や壁画、凝った看板が特徴的な家々が連なっていた。もっともスイスらしい村でカウベルの土産物を作るアルバイトをしながら過ごした。

スイスから高校時代からのペンフレンドの住むマンチェスターに行った。パティ・スミスという同級生は、イギリス女の背が高く不細工な女ばかりの中で、小柄で綺麗で可愛いという珍しく別嬪さんだった。家族がとてつもなく多く、兄貴はロンドンで医学生をやっていた。中流家庭の上の部類だった。妹は、まだ幼稚園で、到着の次の日に連れて言ってもらった。結局、パティの友達の貸家にお世話になることになった。ノープランの旅なので、3日後にスコットランド一周を思い立った、ヒッチハイクをしながら、一周した。「スコットランドの方言、よくわかったな」と言われたが、元々英語すらヒアリングができないので、ニュアンスで伝わった。旅先から恭子に手紙を送ったが、返事は、ほとんど来なかった。手紙は、恭子の友達の家に送った。短大女子の結束は堅く、二人の交際は誰にも気付かれずに済んだ。

敦は、スイスの民宿先にいたエミールという写真家にアフガ二スタンの写真を何度も見せられ、感化され始めていた。エミールは大都会のチューリッヒに事務所を構えていた。二年間の休暇を使って、イラン、イラク、アフガニスタンを旅したと言っていた。そんな影響で、そっちにも行きたいと思ったいたが、恭子から音信不通であったので、心配が募った。野菊の墓の民子のように死にはしないが、結婚させられてしまう危険性があった。

後ろ髪が引かれる思いで、帰国することにした。ちょうど、3ヶ月がたったいた。案の定、恭子は嫁ぎ先が決まり、二人の淡い恋は終わった。政夫のような死に別れはなかったが、その時ばかりは慟哭した敦であった。帰国をした後で、フランスのブルターニュ地方のユースホステルのアルバイトができると通知が船便で届いた。なんとも皮肉なものだと思った。もしその通知が来ていたら、フランスに渡り、トルコを経由して、中東、南アジアを旅していたかもしれない。結果、いつ帰るかしれない敦の旅に付き合っていられる訳もなく、恭子に迷惑をかけたのだから、仕方のない結末だった。

様々な意味で、運命に左右される旅だったが、失うものと得るものを比べたら、得るものが大きかったと思う敦であった。『野菊の墓』が何度も何度も上映されるのは、大人の都合で、引き裂かれ、薄幸な人生を歩んだ民子の存在に尽きる。続きがあるなら、政夫はどうしたのだろうかと思ってしまう。
「浪花節だよ人生は」かも。
🎶馬鹿な出逢いが 利口に化けて
よせばいいのに 一目惚れ
浪花節だよ 女の女の人生は🎶
(作詞:藤田まこと)
不幸であればあるほど、人は夢中になる。助けられないのに、夢中になる。悲劇は喜劇だという。どこか、おかしくもある。誰もが思う。よせばいいのにと。

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コミック小説のジャンルでデビューしました。登録のメールとPWを忘れてしまいましたので、作り直しました。よろしくお願いします。 続きはコチラ https://note.com/bungo03/