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キャベツを無心で食べた日のこと/#ひとり暮らしのエピソード

先日、出版社・メディアパルさんの「ひとり暮らしのエピソードを教えてください」という企画を目にし、この半月ほど学生時代のことをいろいろ思い返していた。


ひとり暮らしに関する壮大なるエピソードはけっこうある方だが、どういうわけか相当くだらない出来事ばかりが脳裏に浮かぶ。

そのひとつが、友達とふたりでキャベツをむさぼったことである。

私のひとり暮らしデビューは、大学入学と同時にやって来た。とは言え、最初はアパート住まいを許されず、私自身も自炊にちょっと自信がなかったので、大家さんのいる下宿住まいとなった。

この下宿の良かったところは、下宿人の各部屋にキッチンがしつらえてあったこと。大家さんの手料理が出るのは平日のみ。休日や夏休み、冬休みなどは自炊するようになっていた。当たり前だが部屋に鍵も付いていたので、共同のお風呂とトイレに目をつむればプライベートは保たれている方だったと思う。考えようによっては「食事付きのルームシェア」といったところ。今思えば、このタイプのひとり暮らし(これをひとり暮らしと言ってもいいのかわからないが)もそんなに悪くない。

暮らしに慣れてきた頃、同じ下宿に住んでいたミナちゃんとホームセンターでアルバイトをすることになった。彼女とはサークルが同じで、2人とも夏の終わりに実施される合宿の費用を稼がなければならなかったからだ。夏休み、下宿の同級生たちは次々と帰省したが、ミナちゃんと私だけは自炊しながらバイトである。

しかし疲れて帰ってくると、自炊どころではない。部屋にはエアコンが無く、キッチンで火を使うのが嫌だったのもある。このまちは盆地で、夏はとにかく蒸し暑かった。山で育ち、蒸し暑さに慣れていなかった私には辛かった。

近くの弁当屋で唐揚げ弁当や発売間もないチキン南蛮弁当を買ってきてお腹を満たす日もあれば、何日も島原そうめんをすすった日もある。当然ながら、夏バテ気味になった。

あるとき、ミナちゃんがキャベツを丸ごと1玉買ってきた。

「ぶんぶんどーちゃん、野菜食べたくない?」

夕飯時、ふたりでキャベツを千切りした。当時私たちの間でちょっとした贅沢とされていたのが、ピエトロのドレッシング。店舗でもサラダスパゲティが流行っていた頃で、何にでも「これさえかければ満たされる」と思っていた(笑)。

ミナちゃんが、福岡の実家から送ってきたというピエトロのドレッシングを持って来て、山盛りになったキャベツの千切りにたっぷりかける。ふたりとも無言でモリモリ食べて、あっという間に皿のキャベツはなくなった。野菜不足に陥っていた体が、一気によみがえった(ように思えた)。


実は、この日はミナちゃんの誕生日だった。

「なんという誕生日か」と笑いながら、ふたりでまたキャベツを千切りし、再びドレッシングを手に取る。

「キャベツ、もうちょっと切る?」
「全部切っちゃう?」

食べながら、我にかえったミナちゃんが言った。
「虫になった気分だね」

ほんとだ、うちらは虫だ!

結局ふたりで1玉食べてしまった。

そこに悲壮感はない。ひたすらゲラゲラ笑いながらキャベツを食べた思い出である。あの頃は、友達となら何をやってもおかしくて。親に守られてできた学生生活だったが、当時はそんなこと何も考えていなかった。ただ、毎日が楽しかった。

このくだらないキャベツむさぼり事件から、30年以上が過ぎた。卒業後、ミナちゃんは数年ハードな会社で働いていたため連絡を取り合う機会が減ってしまったが、あることがきっかけで好きなバンドが同じということが発覚。以来、25年近くライブ友達でもある。ふたりの間でたびたび会話に登場するキャベツ話も、2020年以降は会う機会が失われてしまい久しくしていない。そろそろ、直接会ってこの話をしたいな。


*ミナちゃんは仮名です。

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