見出し画像

「隠し味」再考:誰が誰に隠すのか?

 仄聞するところによると、自衛隊ではカレーに隠し味としてコーヒー牛乳を入れることがあるようだ。「カレー×コーヒー牛乳=美味しい」ということは意外性もあって、極めて興味深いことである。

 「隠し味」と検索すると、予測で「隠し味 カレー」と出てくる。隠し味という概念は、カレーを美味しくするものとして理解されることが殆どだと言って過言ではないだろう。私にとっても、隠し味と聞いてまず思い浮かべるのは、他でもないカレーである。

 では、なぜ隠し味はカレーと親和性が高いのか。邪推であるが、恐らくカレー味でないと隠しきれないのではないだろうか。

 小説家の森見登美彦氏はエッセイ「カレーの魔物」において『冒険図鑑』における野外の自炊ついて書かれた下記の引用部を紹介し、カレーを魔物だと言う。

もっと複雑な味をというときは、カレー粉を持って行くといい。(中略)だがくれぐれも少量を。使いすぎると、みなカレーになってしまう

『冒険図鑑』

 ここで述べらているようにカレーは、全てをカレーにしてしまうことから注意すべき存在(魔物)である。しかし、このことの表裏として、どんな突飛なものを入れてもカレーとして成立させてくれるという安心感をカレーは持っているとも言える。従って、カレーにどのようなものを入れてもまあ大丈夫なのである。

 さて、以上は余談である。

 本稿が考えたいのは、隠し味とは誰が誰に隠していると言えるのか、という問題だ。このことは、一見簡単そうに見えて実はなかなか難しい。自然な解釈なら、作り手が受け取り手に隠していると捉えられそうだが、そうとも言い難い側面があるからである。

 例えば、うなぎ屋の秘伝のタレは門外不出でなければならないのに対し、隠し味は「隠し味に〇〇を入れている」という旨を作り手が表明することはそれ程タブー視されていないと思われる。「当店のカレーは隠し味にコーヒー牛乳を入れています。」とメニューに書かれていたとしても、それほど不自然では無いだろう。

 即ち、作り手は隠し味を隠すことにコミットしなくても良いのである。

 おそらく隠し味とは一般的なレシピでは予測されないものを入れる程度の意味であると考えられる。では、このことが「隠し」とどのように関連するのか。この繋がりが分からない限り隠し味が隠し味と呼ばれる所以が分からない。

 以下は仮説だが、隠し味はそれが入れられていることが普通予測できないために、受け取り手がそれを入れられていたことを隠されていた気分になるという意味での「隠し」なのではないか。誰かが意図して隠しているのではないのだけれども、隠されている気分になることを以って隠し味だと言うのであれば、作り手が隠しにコミットしている必要はないということも合点がいく。

 以上の議論を踏まえると、厳密には隠し味は受け取り手の立場から「隠され味」とでも呼ぶべきであろう。また、先述の通り隠し味を隠しているのは作り手ではない。隠しているのは、(それを慣習としていない)世間であると言って良いかもしれない。

 さて、そこで自衛隊のカレーの話に戻りたい。自衛隊がカレーにコーヒー牛乳を注ぎ込んでいる印象的な画像は度々、自衛隊の最高機密事項が公開されてしまったものだとして冗談半分で取り挙げられる。コーヒー牛乳は隠し味には違いないが、カレーにコーヒー牛乳を入れることについて、自衛隊がどこまでそれを隠すことにコミットしているかについては、ここまでの議論を踏まえると一考の余地がある。隠し味であることは作り手がそれを隠すこととは直接対応しないからである。

 カレーにコーヒー牛乳を入れることが自衛隊の最高機密事項として茶化されるのは、おそらく下記①〜③の推論によるものだと考えらる。

●カレーにコーヒー牛乳を入れることが自衛隊の機密事項だと言われることの論理●
①自衛隊のカレーに注がれるコーヒー牛乳は一般に隠し味と言われるものである。

②隠し味は作り手が受け取手に対して隠すものである。

③カレーにコーヒー牛乳を入れることは自衛隊の機密事項である。

※本稿ではここまでの議論に②が必ずしも成り立たないことを主張した。

 「コーヒー牛乳」→「隠し味」→「自衛隊の機密事項」という面白い連想の基盤には②の前提が必要である。

 しかし、本稿のここまでの議論を踏まえるなら、②の前提は必ずしも成り立たないために、コーヒー牛乳を入れることは隠し味ではあっても自衛隊の機密事項である必要はないと言える。

 勿論、本稿が述べたのは隠し味は意図して隠される必要は必ずしもないということであり、自衛隊がコーヒー牛乳をカレーに入れることを意図して隠している(即ち、機密事項としている)可能性も十分にあり得る。

 仮に家庭でこの隠し味を実践するとしたら、後者だと思っておいた方が楽しいには違いない。

この記事が参加している募集

最近の学び

学問への愛を語ろう

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?