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THE DESIRE AND PURSUIT OF THE WHOLE 邦訳版⑧ 本編⑥ 第6章 フレデリック・ロルフ著   雪雪 訳


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※挿入される写真下の注釈は私が記載しております。


南西からの風がさらに爽やかに吹き、重く不器用な姿のトポは、驚くべき速さで運ばれて疾走した。
チオッツァ、ペレストリーナ、ガステッロの船大工たちは、1000年以上も前から建造を続けてきた。その太く頑丈な平底の荷運び用の舟は、大きなカーブを描くtimoneを備え、それはかじであると同時にセンターボードでもあった。その舟はまるで肥満した豊かな女主人のように軽やかに波の上でワルツを踊る。

荷運び用の舟。

クラッブは海岸から1キロほど平行に進んで、内陸にあるビアンコとボヴァリーノとアルドーレの港を通過し、古めいたエピゼフィリアン・ロクリの地域に近づいた。

エピゼフィリアン・ロクリは、マグナ・グラエキアの都市の一つ。ロクリア地方からイタリア半島にやってきたギリシア人の入植者たちによって建設され、8世紀に廃墟になった。

静寂の1時間ののち、彼は船室の少女に、ポレンタとチーズの昼食を用意して彼の分を持ってくるようにと伝えた。彼は彼女に対してひどく腹を立てていた。

「中にいなさい。」

彼は、彼女も外で食事をして一緒に景色を眺めるつもりだったのに、と唸った。どのようなことになったとしても、必ず彼の硬い外装は硬化した。そして、彼の中で、あらゆる可能な長所とあらゆる不可能な短所とが議論をしていた。というのも、彼は最も冷酷で凶暴な男であると同時に、最も恐れに満ち繊細な男でもあったからだ。神学的な意味での "unscrupulous 不道徳"ではなく、彼は本当に不道徳だったのである。
けれども、真に凛々しい騎士道精神の証であるエチケットを繊細に潔癖的なまでに守り、なおかつそれは洗練されてもいるのである。

彼が激昂げきこうしたために、彼女に礼儀正しく話すことができなくなった、まさにその瞬間だった。その瞬間、クラッブは彼女のスキャンダラスへの無関心さを心から称賛し、彼女の金銭に対しての態度の疑問とが、その称賛と合致がっちした。使い道がよくわからないからと、123ポンドもの大金を捨ててしまうなんて……。彼女はあのお金を必要としていなかった。あのお金を受け取る行為に手を染めることへの精神的な軽蔑けいべつ、もしくは一時的な名誉への反発、この行いは、彼自身の理想的な、天上界のやり方だった。この行いは、驚くべき力でもって、彼女を彼に推薦すいせんした。

しかし、それにもかかわらず、午後から夕方にかけて、彼はかじの前に座り、それらの事実に向き合わなければならなかった。
人生の後半戦に、彼の汚染された魂は地震と海震によって引き裂かれ、まだたがやされていない17歳の畑へと鞍替くらがえさせられてしまった。その少女は、少年のような姿をしており、少年のような能力を有していた。

彼は彼女に、小さいストーブの火を絶やさないように命じた。船室をぐるりと回って、キャビンに沿ってガンネルの境界からまきストーブまでをする彼女の姿勢を見るのがパーティーの楽しみだった。
そして時折ときおり、彼は急に「コーヒーが飲みたい!」と叫んで命令した。彼女はすぐにコーヒーをれると、船尾にいる彼の元まで運んだ。

夜がきた。風が強く吹いていた。トポは大波から大波をうように航海した。ランタンに明かりをともすと、彼は少女を呼び寄せた。
彼は彼女にかじと防水シートとを渡し、それの握り方と、操船そうせんするための岸壁の灯りの見方を教えた。 彼女はガウンを股の間にはさんで座り、なめらかなあごを上げて、風に吹かれてひたいにかかる淡い羽毛を後ろになびかせた。
彼はキャビン船室ドアのマストの近くに立ち、しばらくの間彼女の動きを見ていた。そして満足した。
彼は鍋いっぱいのコンソメスープを作った。スープを濃くするために6個の卵と1リットルのワインを入れた。これを白ポレンタと一緒に食べるのだ。

ポレンタはトウモロコシ粉から作られた粥状の食べ物で、白ポレンタはヴェネチア周辺で食べられているローカルフード。

彼の空腹が満たされると、少女は安心した。

「食べて来なさい。」

彼はさり気なくそう言った。

そして時折、彼はもう眠ることができなくなるかも、と感じながらも、「コーヒーを!」と、怒鳴るように言った。

真夜中頃になると、

「寝なさい。」

と彼は彼女に言った。彼は、自分のことを考えるための丑三つ時うしみつどきから夜明けまでの静寂せいじゃくが欲しかったのだ。

彼は彼女をどうするべきなのか。
天の名において、彼は彼女をどう扱うべきだったのか?

波が押し寄せる運命的な暗闇の時間、彼の心はせわしなく奇妙な体操をしていた。そのことに常に大きな影響を与えていたのは、彼女の持つ特殊性と異常性、驚異的なまでに完璧な少年性だった。

彼女は中性的でもなく、男らしさもない。彼女はまるで少年のようだった。ニコラスは、彼女は中心・・にあるようだと言った。彼女は少年に見えると。彼女は少年のようにい、少年のように働き、少年であることを上手くこなして、慣れていた。彼女はそのようにっていた。
それが彼女にとっての普通だった。彼女の資質はそちらにかたむきつつあったし、適応もしていた。
彼女の中には、性的であろうとなかろうと、そのような劣情れつじょうを刺激するような要素は何もなかった。
誰もが、彼女の春に似たー率直さ、対称性、理路整然さといった資質に注目し、賞賛しょうさんせずにはいられなかった。
しかし、それ以外の点では、彼女は少年としては取るに足らない存在だった。
若者は自分の心許こころもとない男性性を知り、それを主張するものだ。少女は女らしさを孜々ししとして主張するものだ。エルメネジルダ・ファリエルはそのどちらにも当てはまらない。彼女はただ、見事にたくましい少年だった。
ただ一つ、少年ではないことをのぞいては。彼女は少女だった。

クラッブは、絶対的な規則も規範モラルも存在していない彼女の将来の問題について熟考じゅくこうした。どのようにすれば、彼女が少年であることを捨て置いておくことができるのだろうか。今までの人生でこのようなケースに遭遇したことはなかったが、歴史や小説の中にそのような事例がなかったか、記憶を紐解ひもといてみた。

彼はサミュエル・クレメンス博士の格言かくげんを思い出した。
「事実は小説よりも奇なり。なぜなら、フィクションは可能性にこだわらざるを得ないが、真実というものはそうではないからだ。」

サミュエル・ラングホーン・クレメンズはマーク・トウェインのこと。
『トム・ソーヤーの冒険』や『ハックルベリー・フィンの冒険』を執筆。『事実は小説よりも奇なり』はマーク・トウェインの言葉。

さらにクラッブはノースクリフ子爵のアメリア・ヴェラに関して考えを巡らせた。デイヴィッド・ジェイムズ・リンカーン・ガーフィールド・マッキンリーと名乗った船員。性別を明かすことなく、普通の船員として数カ月間勤務した。
そして、ニコラスはそのすぐに新聞を片付けた。彼らに関しては本質的には不衛生なものだった。

ノースクリフ子爵は、イギリスの新聞・出版界の大物。『デイリー・メール』紙と『デイリー・ミラー』紙のオーナー。大衆ジャーナリズムの初期の開発者である。「ニュースとは誰かが抑圧したいものだ。それ以外はすべて広告である」

それらは兵士や水兵を狙った女性のエゴ、下品で卑劣な謀略ぼうりゃくにまつわる話だったからだ。彼女たちには動物的な、劣悪な、セックス的な要素があった。エルメネジルダにはそのような要素はなかった。

シェイクスピアは彼の作品の中で多くの少女を少年に扮装させた。それはわずかだが、観客を巧妙にだました彼のジャコビアン期の舞台演劇でも行われた。彼の時代の少年俳優たちは、少女役よりも少年役が似合うのは当然だった。

ジャコビアン期(1603年〜1625年)の演劇は復讐劇が大いに持て囃された。ウィリアム・シェイクスピアの『ハムレット』、『タイタス・アンドロニカス』など。シェイクスピアは風刺劇も人気が高かった。シェイクスピアの時代、演劇は男性俳優のみで構成されていた。女性は舞台には禁制だったからである。歌舞伎と異なるのは、それが自然発生か、外部圧力からであるか、である。
少年が演じる女性が男性に扮装する奇怪なふたなりの世界。
フランスの女優サラ・ベルナールはシェイクスピアの『ハムレット』で男性を演じた。シェイクスピア時代と異なり、本当の男装の令嬢である。
ウィリアム・シェイクスピアの戯曲『ヴェニスの商人』。イギリス人舞台女優のエレン・テリーが演じたポーシャ。ポーシャは劇中で裁判に参加するために男装する。

マスターシェイクスピア彼の素材作品のキャラクターを最大限にかし、少年俳優たちにチャンスを与え、送り出した。ロザリンドやヴィオラやイモージェンが戯曲の冒頭においては少女の服装で登場し、自身が女性であることをそのシーンでしるして、その後、彼ら少年本来の服装で演技にのぞませて、ドラマの残り全体を通して、少年俳優たちに本領を発揮させる。その見かけの誤魔化ごまかしは公然のものであり、マクガフィンだった。観客の誰もが馬鹿げた扮装ふんそうだと理解していた。
しかし、それはここではあまり役に立たなかった。

『お気に召すまま』の主人公のロザリンド。彼女はガニメデという名前の男性の羊飼いに変装する。
シェイクスピアの喜劇『十二夜』の主人公ヴァイオラは海岸で難破しているところを発見されるが、彼は双子の兄と生き別れになっている。今作『アダムとイヴのヴェニス』のヒロインであるエルメネジルダも彼女同様に海岸近くで主人公ニコラス・クラッブに救われる(第2章参照)。双子の兄と妹、それが一つになったとき、両性具有が顕現するため、これが今作の元ネタの一つであることは明白である。彼女は鏡を見て、性別以外は自分と瓜二つの兄を思うのだから。
ヴァイオラは伯爵夫人に仕えるために男装し、シザーリオと名乗る。少年俳優が演じる女性が男性を演じることで生まれる倒錯でこそが両性具有という藝術は生まれない。そこには男性女性双方の理想が込められている。つまりは『コスチュームプレイヤー』の本来である。
シェイクスピアの戯曲『シンベリン』のイモージェンはブリテンの貞淑の王女。イモージェンは夫とその友人に賭けの対象にされて、失敗した友人の策略により不貞の罪を被せられ、殺し屋を仕向けられるが男装して森に隠れる。

少年の姿をした少女は、好奇心旺盛なモーリス・ヒューレット氏のお気に入りの文学的奇抜さでもある。クラッブはその作家が書いた美味しい話から引き出された証拠たちを慎重に検討した。

まずは『森の恋人たち』に登場するイソウルト。物語中、スリムで貧弱な彼女について、誰が長いパンツの中の彼女の少女の脚を、少年の脚と見間違えるのだろうか?膝の形と動作の違いを考えてみてほしい。けがらわしく、恥辱ちじゅくにまみれ、抵抗力のないぐったりとした彼女の身体を、炭焼き職人の誰が容易に扱うことができただろうか?誰が破れた男の子のベストを着た少女の胸や、少年の帽子に隠された膝まで伸びた髪のシャワーを見逃すのだろうか?キャップ《帽子》がバッグでもない限り、それはどのように隠されたのだろうか?

モーリス・ヘンリー・ヒューレットはイギリスの詩人、歴史小説家。代表作に『森の恋人たち』など。『ピーターパン』の作者のJ・M・バリー卿の友人で、『ピーターパン』の登場人物の名前の元ネタ。
モーリス・ヒューレット著『森の恋人たち』

この物語は、無礼で野蛮な時代と場所へとあなたを連れて行くだろう。流血沙汰、乙女への苦難、角笛は森の木立に鳴り響き、犬、狼、鹿、男たち、そして美女と野獣が、それぞれの道具を武器に生き死のために転げ回るだろう。

モーリス・ヒューレット著 『森の恋人たち』より
イタリアのヴェネト州の都市パドヴァ。

それから、彼の『Little Novels of Italy』という小さな作品の中に出てくるパドヴァのイポリタ。パドヴァの山羊やぎ飼いたちは、互いに触れたり、退いたり、じゃれ合ったり、取っ組み合ったり、馬上で遊んだりしなかったのだろうか?しかし例の女イポリタは彼女の仲間の山羊飼いたちの中、少年に成りすましてうまくやり過ごしたのだ。実際彼女自身、自分自身の甘くいとけない欲望から抱きしめられる瞬間まで、自らが少年であることに疑いを抱くこともなかったのだから。

「ああ、少年よ!」
アレッサンドロは身振り手振りしながら叫んだ。
「神々しいイポリタについて知っていることを教えてくれ。」
シルヴェストロは口ごもりながら言った。
「ヴィーナスとその鳩たちよ、教えてくれ!」
その答えとして、顔を赤らめた山羊飼いの少年は、アレッサンドロを訴えかけるように見つめた。その目はとても深く澄んでいて、探るように青く、唇は柔らかで、とても臆病にはにかみ、手足は仮装の下から垂れ下がっていて、その表情は怯えた若者のものから恥ずかしがり屋の美女のものへと、あっという間に姿を変えた。
「ああ、天の宮廷の聖者たちよ、愛の神よ!」
アレッサンドロは叫び、副総督は山羊飼いの少年の前にひざまづいた。
両手を膝に置いて、両脚を控えめに閉じ、優雅に頭を下げ、ほほを赤らめ、長い睫毛まつげが陰を落としている。
彼の足元には、ブーツを履き、手甲をつけた立派な紳士がいて、永遠の尊敬、不滅の愛、女神ヴィーナスウラニアの誓い、そして美しい心の交わりについて、滔々とうとうと語りかけた。

モーリス・ヒューレット著 『Little Novels of Italy 丘の上のイポリタ』より
モーリス・ヒューレットの『Little Novels of Italy』のパドヴァのイポリタは街の宝石とも言われる絶世の美女で言葉を尽くしてその魅力が書かれるが、彼女は堅苦しい生活ではなく山羊飼いのような自由で緑と風に溢れる生活に憧れる。男装の令嬢、男装の山羊飼いになるが、作中でも書かれるウラニアこそ、稲垣足穂の言うウラニスム、すなわち少年嗜好症であり、裏返すと天体嗜好症になる。

事実、マントバのイゾルタは、艶っぽい未亡人と結婚して、一晩の長い旅へと赴いた。ヴェニスからマントバまで彼女の花嫁を連れて。分別があり、疑いもない、一時の甘い戯れに興じながら。

クラッブは、これらの事例をとても面白いと思ったが、まったく参考にならなかった。

彼は、少年に変装した少女が船を難破させる岩礁がんしょうなのだと感じていた。おそらく、男の子の声や物腰や力強さというものは、偽造できるのものなのかもしれない。必ずしも、ネズミやナッツを用いる必要があるわけではない。しかし、少年の衣装で仮装していても、髪と胸と腰とお尻は、4分間もあれば普通の女の子だと見破みやぶられてしまうだろう。

しかし、エルメネジルダ・ファリエルは平凡な少女ではなかった。彼女は突然変異であり、自然の驚異は彼女をとても素晴らしい高貴な少年のスケッチとして描いたが、最後には失敗してしまった。彼女の髪は昔から今までの間ずっと刈り込まれていた。
彼女は17歳だった。しかし、大胸筋だいきょうきんは、プラクシテレスのエロスのように、豊かでたくましく、そして平坦だった。皆が大騒ぎしている新発見の彫像のFainciulla di Arzioアルツィオのファンチェーラのように。

プラクシテレスは紀元前4世紀のアッティカの彫刻家。等身大の女性のヌード像を初めて作成した。
アンツィオのファンチューラは、アンツィオのネローネ邸から出土した大理石の彫刻。

彼女はヴェネチア人の少年よりも真っ直ぐにとおった腰付こしつきだった。ミケランジェロが賞賛し、そして彼が発明したとも言われる、あの波打つ美しい筋肉に、ベルトと手綱で締めたガードルをまとっている。このガードル腰帯は、滑稽こっけいなバネ仕掛じかけのダンベルや古いゴム製の運動道具同様に、どんな強い男もまだ着こなせていないものだ。

ミケランジェロの描いたガードル。『Anatomy Lessons from the Great Masters』より。

そしてお尻。その恐ろしいまでに無意味なしりがい(※馬の尻から鞍にかける紐)は、愛される『尻の美しいウェヌス』のさかさになったブルーベルから滑り落ちる大きな卵、滑り落ちる小さな卵のごとくで、コルセットによって肥大したそのお尻は真っ直ぐに矯正され、かつ強調されている。彼女のそれはそこに収まっていて、小綺麗な円を描いている。

『尻の美しいウェヌス』は古代ローマの彫像。ウェヌスは別名でアプロディーテ・カッリピュゴス。
イングリッシュ・ブルーベル。
ポンペイのナルキッソス。

彼女はしなやかなポンペイのナルキッソスでもある。彼女の手のひらは敏捷に動いて拇指おやゆびの関節に肉刺まめがあり、そして長く、大きく、繊細で、形のよい脚を持っている。
彼女は男の子であるべきなのだ。彼女は使用人になるべきなのだ。
彼女は仕えるべきなのだ、きっと。彼女が望んだように。

夜明けになり、風が止むと、雨雲の一群がやってきて、水浸しの酔っ払いが家路につくように海に悩ましい洪水を吐き出そうとしていた。クラッブの長きに渡る思案が終わろうとしていた。

「コーヒーを、ジルド!」

と彼は叫び、帆を降ろし、ジェラーチェの町の鉄道駅の向こうの緑の岸辺にいかりを下ろした。

ジェラーチェの町。

船室からきれいで透き通った顔が飛び出してきた。

「彼の奥さんにはジルドと呼ばれていたのですか?」

少女にそう尋ねた。

「コーヒーを。ジルド。」

ニコラスは淡々と繰り返した。

「すぐに準備します。」

ジルダは歌うようにそう言うと、穏やかな様子でストーブに戻り、目を輝かせた。

ニコラスは舟の安全を確保すると、雨が降っていたから、パイプに逆さまにして火をつけ、コーヒーを飲んだ。

彼は会計係を賄賂わいろで雇うと、少女を閉じ込めていた船室の鍵のかかったドアの外に座らせた。彼は、しばらく岸辺での仕事を行った。
床屋で1週間分の髭を剃られた彼は、カラブリア半島とシチリア全土、そして世界の大半が地震と海嘯かいしょうに飲み込まれたことを知った。
そして、パンと硫黄いおうとが高価になっていることを知った。彼は船問屋を見つけ、賄賂わいろを渡して二人組の漁師を雇い、自分のトポをヴェネツィアまで航海させた。

そして、海物産店で、羊毛の靴下とイタリア製のズロース、ベスト、黒いコットンのガーンジー、厚手の青いサージの服、黒いフェルトの帽子、朱色の三尺帯を2メートル分、それからとてもカッコいい、厚手の防水加工の保証付きの毛皮のようなフード付きオーバーコートをペアで。
駅で彼はヴェニス行きの2等切符を2枚買い、次の列車について問い合わせた。

彼は自分の船に戻り、ワインの入った水筒と2リラを渡して船員を解雇すると、船室に入った。少女は船室を片付け終えていた。何もせず、何も考えず、洋服ダンスの上に座っていた。ニコラスが荷物を持って入ってくると、彼女は立ち上がった。
彼女のシャキッとした、軽やかで無邪気な瞳が素晴らしく広がった。その白い歯は、夜明けへの予兆を感じさせる甘い説得力のある微笑みの中にあった。

「ふむ、Biondo黄金色だ。」

ニコラス・クラッブが言った。

「私は今日ヴェネツィアへ行きます。私は、私につかえ、私の舟を漕ぎ、私をトラブルから救ってくれる使用人が欲しいんです。」

彼は従者じゅうしゃのことを女性名詞ではなく男性名詞で呼んだ。少女は切なそうに、そして強く彼を見つめた。

「私の言ったことをよく覚えておいてください。」

と彼は続けた。

「私の使用人の重要な任務は、私をトラブルから救うことです。私は忙しい。それから私はお金持ちではありませんよ。君たちヴェネチア人は、どのイギリス人もお金持ちだと思っているんだろうが。」

「そうなんでしょう。」

と彼女が口を挟むと。

「違います。」

とクラッブはそう主張し、彼女に教え、

「それから、使用人は私には逆らわないように。」

「私が間違っていました。イギリス人はみんながみんな、お金持ちではありませんよね。」

と彼女は認めた。

「よろしい。私は今よりも多くの否定者を望んでいます。より多くの否定者を得るために本を書いているんです。本を書くためには、様々なことを考えなければなりません。そのためには、物事を、静かに、とても静かに、円滑えんかつに進めなければならないわけです。わかりましたか?よろしい。したがって、私の使用人には、正直で、忠実で、常に私に迷惑をかける何かしらの妨害要素や人々との間にいてもらわなければならないのです。また、使用人は私が何を望んでいるのか、言葉にしなくても常に知っていなければならない。そして、私が呼べばすぐに駆けつけなければならない。わかりますか?」

「ええ、必ずそうします。」

少女はなだめるように言った。

「私の使用人はー」

ニコラスは続けた。

「私に帰属きぞくするものすべて、それらを紛失したり、壊したり、盗まれたりしたのであれば、それらはすべて、使用人の給料から支払われれなければならない。」

「当たり前のことだと思います。」

と少女は言った。

「私は使用人に週に5フラン支払います。それに、もし彼が20歳以上の価値に相当するのであれば、宿と食事も与えます。 」

「それはもう間違いなくうまくいくと思います。」

と少女は言った。

「君はこれらのことを完璧に理解できましたか?」

「よくわかりました、旦那様。」

「私につかえたいですか?」

「はい、旦那様。」

「このよこしまな世界と私の間に立ちたいですか?」

「そうありたいと思います。旦那様。」

「私を災難から救いたいと望みますか?」

「どんな災難も、私があなたにまで及ばないようにします。」

「君は私のやることに疑問を抱くことなくしたがえますか?」

paron旦那様許可さえ頂ければ、私は決してあなたから離れません。ラ・タスカにも決して戻りません。今は亡きドージェの最も厳正な王子であるかのように、あなたにしたがいます。」

「ジルド、わが下僕しもべよ、この法衣に身を包みなさい。それから、この小屋から飲食用のものをすべてここから運び出しなさい。それから、そうしたらそこを施錠せじょうしなさい。」

ニコラスは息を詰まらせながら出て行った。エルメネジルダがドアを閉めた。

ニコラスは船尾側の防水シートの下に座り、煙草たばこを吸い続けた。
10分後、エルメネジルドが姿を現し、栄養補助食品を運び出した。ジルドの見た目は平凡な労働少年だが、とてもたくましかったとニコラスは語っている。
ジルドは、黒いガーンジーシャツの襟の上まで鮮烈に青白く染まっていた。青いサージのジャケットのボタンが彼女の広い胸にかかり、青いサージのズボンをいた彼の長い脚はしなやかで、きらきらと輝いていた。彼女の被っている黒いフェルトの帽子は、ゴンドリエーレのお決まりのスタイルだ。彼女はゴンドリエーレらしく、帽子のつばを捻り、後ろに回した。彼女は刈り込まれたうなじと、陰影いんえいを帯びたラグーン色の瞳を風にさらしていた。純真で、達者で、よくできた、素直な少年だった。

ニコラスはオイルスキンとオーバーオールから青いサージと先の尖った帽子とグレーのバーバリーに着替えた。これらは彼の岸辺でのスタイルだった。いっぱいに詰まった彼のバッグの中には、いつも持ち歩いている本や書類が入っていた。

彼の舟の貯蔵庫を開いて、二人の船員(一時間後に乗船した)をそこで自由にさせた。そして、船具と家具の目録に署名させた。しかし、彼は最後の命令を下す前に、印象的な公式のやり方で、鍵のかかった船室のドアを封印をした。それはシンプルなものだった。

トポはあらゆる手段を尽くしてヴェニスまで航海し、サンマルコ広場の横丁の若いヨット・エージェントのジョン・スパニュオールに引き渡された。乗組員にはお祝い金が与えられるのだという。

そして午後の列車で、彼とジルドは一緒に北へ向かった。 主人と男、二人で一つのものを構成していた。



第7章へ続く。


次回は10/29頃の更新になります。

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