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歌集 架空の臓器と美しい本

『架空の臓器』という歌集がある。
私の友人の上梓した歌集で、私家版である。

noteもされている方で、小説も書かれている。私にはない感性の持ち主なので、私からは出てこない言葉が多く、それが美しい。
この『架空の臓器』というタイトルも、作者と私には想像しうるものが異なるだろうが、様々な意味を捉えられるタイトルである。

短歌は宇宙を構成することであり、小説のようにロジックを必ずしも必要としない。どのような表現においても、巧みさは一つの手段であって、原初体験には敵わないことが多々ある。
私としては、この歌集の中で、気になった歌が二首、それをここに綴らせて頂きたい。

前世ではどんな罪を犯したのか最近いろんなとこから血が出る

丸まった小宇宙きみの背中のほくろをなぞって星座をつくる

どちらの歌も、性別によって受け取り方が異なる。月波さんの詠まれる歌は、所謂前衛短歌の部類に属すると思われるが、この、現代的な言葉遣いと流れる短文のような軽味、そこに置かれた寂しさ……が、一つの星図として織り上げられている。
短歌は、何を読むのかが重要である。月波さんは、寂しさと恋をよく詠む(それも片思いの匂いがする歌が多い。片思いは、世界中の誰しもが経験している、通過儀礼であり、郷愁である)が、それはどちらも、期待の気分、始まりの気分を孕んでいる。それは、心臓、つまりはハートという、本当には脳で考えているはずなのに、胸が痛くなる、嬉しくなる、弾ける感覚……、その不可思議さを持つ、心という架空の臓器をいつまでも揺らし続けようとする、作家性の発露であり挑戦であるように思える。

この美しい私家版の本を、折に触れて読み返す時に、ある種、忘れていた片思いの切なさを思い出すのかもしれない。

そして、私家版ではないが、特装本で、美しい詩集がもう1冊、この世界にはプカプカと浮いている。

それは、神戸モダニズム詩人の一人、竹中郁の詩集『象牙海岸』である。

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その『象牙海岸』には50部の特装本があって、革装の和紙の詩集である。

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これは比較的容易に入手できる本で(高価なものではあるが)、竹中郁の詩集で最難関は第1詩集の『黄蜂と花粉』である。これは100,000円くらいするので、なかなか手が出ないのと、市場にも出回らない問題がある。

反対に、谷崎潤一郎などは、私家版の『細雪』を200部限定で作っている。戦時中である。なので、紙も粗悪なものを使い、検閲もあって、非常に難儀したそうだが、それでも世の中に、『細雪』を出したかった。
それは今では100,000円〜200,000円くらいで市場に出回るが、粗末な本でも、思いが籠もっていれば、それは大変に人の心を打つのである。特別な装丁のものならばより一層であろう。

私家版とは、どうしても出したい、表現者の心の形代である。
その形代は、今もどこかで作り続けられている。

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