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いと美しき少年の寝顔  『君たちはどう生きるか』の感想

スタジオジブリの最新作『君たちはどう生きるか』をIMAXにて鑑賞。
感想などをネタバレを交えて書こうと思う。

このポスターはすごい詐欺だよ、鷺だけに……。



今回はジブリの単独出資の作品で、宣伝などは一切していないため、このシークレット感が最大の肝である。
今回はあの宮崎駿の10年ぶりの最新作であり、諸々の期待などを含めて、初日に観るのは最高のエンターテイメントであった。
ちなみに、基本的にはいつもの宮崎駿の映画であり、その手触り肌触りは、後期の『千と千尋の神隠し』に近い。

リンをさらに強力にし、湯婆婆とフュージョン(見ればわかる)させたような設定のキャラも登場する。この映画の異界には、時間はあって時間はない。

舞台は1940年代の日本で、主人公は12歳〜14歳くらいの少年である。母親を亡くし、失意の中で義理の母親を迎えることになり、義理の母の屋敷に現れた謎の青鷺に導かれ、怪異の中に入っていく、というのが基本構造である。

ここから先はネタバレレベルがグッと上がる。

今回の主題歌は米津玄師の『地球儀』であり、声優には主演の方は存じ上げないのだが、菅田将暉、木村拓哉、木村佳乃、柴咲コウなどが重要人物を演じる。そして、あいみょんもである。
声優はいつものジブリといった趣きで、声優ではなく俳優がメインである。

さて、今作は冒頭大火事のシーンから始まる。このシーンで主人公である眞人まひとが目を覚まし、母親の病院が火に包まれているのを自邸から見つめる。そこから一気に彼がその現場まで走っていく。このアニメーションは素晴らしいを超えて度肝を抜かれる。ま、私にとり、このシーンが今作最大のピークである。
ここは、母の安否を気遣う心象が周囲に影響を及ぼすようなイメージで、自作ではないが、高畑勲監督の『かぐや姫の物語』のかぐや姫の疾走に似たイメージを持つ。

そこからは、『風立ちぬ』的な表現になる。
時代は太平洋戦争中のため、完全にあの作品を彷彿とさせる。
主人公の眞人の年齢は性格にはわからないのだが、12歳〜14歳くらいだと思思われる。彼は父親に連れられて、再婚相手の夏子さんの屋敷へと向かう。夏子さんは大変きれいな方で、死んだ眞人の母にそっくりである。と、いうのもそれは叔母さんだからであって、お腹には親父の子供がいる。なんとも辛い境遇の眞人であるが、この夏子さんは優しくて、然し、途中、『すずめの戸締まり』の叔母さん的な反応を見せる。あの、本心では実はこんなことを〜という展開である。まぁ、人間そんなものである。
で、眞人はなかなか新しいお義母さんに馴染めずに過ごしていると、そこに、あの、ポスターで大写しになる青鷺が顕れる。

冒頭30分間の『風立ちぬ』的なシーンは最高だ。ああいう文芸路線も捨てがたい。


冒頭からこの青鷺とのやりとりまでのシーンはアニメーション的にも素晴らしいシーンが多いのだが、観客は皆、この青鷺が物語の扉を開く存在だと確信しているのだが、それが果たされるのが開始から45分くらいかかるため、めちゃくちゃテンポが悪い。そして、この青鷺は、ポスターだと鳥のなにかを被った、乃至は鳥と同化した美少年を思わせるのだが、実際にはビジュアルはとんでもない気持ち悪いおっさん(ジコ坊的なやつだ)が中に入っているのであり、完全に騙された形。

そして、今作は『思い出のマーニー』を思わせる湿っ地屋敷やサイロを思わせる、怪しげな屋敷が登場して、青鷺は何度も眞人を拐かそうとして、そこに誘き寄せる。眞人は途中、青鷺をブチ殺そうとして、いや、射止めようとして、DIY精神で弓矢を作る。この工程はなかなかおもしろいのだが、これはアシタカの弓矢を彷彿とさせる。
お米を使った糊で青鷺の羽を使った矢羽をつけるシーンは特に良い。このシーンは恍惚を与えてくれる。然し、正直、時代が時代ではあるが、少し眞人は暴力性が感じられるが、彼は道中、大魚の腹を捌き料理を作る手伝いをさせられるなど、まさに『生きる力を呼び覚ませ!』の千尋ばりの異世界お手伝いシーンを見せてくれる。

ちなみに、明治大正昭和、的なこの謎の塔の雰囲気は、宮崎駿が装丁や企画展もしていた江戸川乱歩の『幽霊塔』の匂いもある。


『思い出のマーニー』のサイロのシーンはいいよね〜。あそこの魔空間ぶりが好き。
『思い出のマーニー』は種田陽平が美術監督をした。

今作は、大量に今までのジブリ作品を思わせるセルフオマージュが溢れており、『もののけ姫』のタタリ神のヘドロやコダマのような存在が登場したり、おそらくは戦時中のためゼロ戦か何かだと思うが、その部品を見て『美しいです』という眞人は『風立ちぬ』、後半登場する眞人の◯◯の◯◯◯の頃との関係性は『崖の上のポニョ』のようだし、全体を覆うトーンは『千と千尋の神隠し』であり、それの少年版である。


こういう背景美術は今作でも大量に登場した。とくに、夏子お義母さんの御部屋は『大日本帝国』!的な美しさにあふれている。
今作でもシベリアは再登板!

然し、登場人物の行動原理や因果関係が破綻しており、これは後年の宮崎映画に見られる特徴だが、基本的には破綻を破綻と捉えず、映像のカタルシスこそが最大の正義として置かれている。
一本の話としては筋は通っているのだが、然し、それは『謎の塔に消えた義理の母を探しに異界へと行って帰ってくる』というそれだけであり、そこに至るまでの展開や謎解きは事象は、やはり宮崎駿のイマジネーションに支えられており、これは他の監督には到底真似のできない神業ともいえる。
今作は、青鷺の行動原理も不明だし、夏子の行動原理も不明だし、全てが不明であり、それらは理屈をつけようと思えばつけられるのだろうが、基本的には明確に作中では語られないのである。

ここからはネタバレのギアを最大限に上げます。

『君たちはどう生きるのか』、というものは、原作ではあるがタイトルを借りているだけであり、中盤で、異世界に入る前に、母親からのメッセージを添えられた新潮社版のこの本を眞人が発見し、それを涙ながらに読むシーンがある。まぁ、ぶっちゃけ、ここで眞人の問題は解決に至るのである。
ここから、葛藤はなく、ただもう1人のお母さんである夏子お義母さんを探す話になるのだ。

『君たちはどう生きるか』は、『コクリコ坂』の企画書などで宮崎駿が書いたように、真っ直ぐな少年少女、今作は少年だが、その少年が地獄のような現実に戻ってなお、自らの力でその地平を切り開いていく、その決意のことを言っているのだが(それ以外にも色々な深読みはできる)、まぁ、宮崎駿の理想とする少年少女像がここでも姿を現すが、今回はかなり変則的であり、いつもの宮崎駿印の聖少女、ヒロインというものが今作では登場しない。まぁ、あえて言うのならば、夏子お義母さん、もしくは後半に出てくる◯◯◯◯◯◯が挙げられる。
この二人は然し肉親であり、この映画は、家族映画なのである。濃厚なファミリームービーなのである。
眷恋した母親との再会シーンは登場するが、それをこのようなあっさりした形で表現するのはまさに宮崎駿ならではと言えるし、そこに叙情性をおかず、むしろ同い年くらいの少年少女の姿で持ってして、ジブリブランドともいえるお食事シーンを出してきて、母と息子の感情の交差をここに持ってくるのはやはり、宮崎駿という人間の感覚の為せる技であって、序盤に「ご飯」がまずい、と行った眞人とは対象の姿を見せることで、彼の母恋いははこいを成就させている。

然し、私が一番今作を読んでいて感じたのは、これは平田篤胤の原作であり、稲垣足穂が翻案した『山ン本五郎左衛門只今退散仕る』ではなかろうか。
今作では侍の息子である平太郎少年のもとに、数多の妖怪たちが跋扈し、一月彼らを苦しめる物語である。様々な作家に翻案された作品である。
その七月の一月の中で、平太郎少年は様々な経験をもとに、逞しく成長していくわけだが、この夢現のような経験を書いたこの小説を三島由紀夫が絶賛していて、この魑魅魍魎の跋扈する日々を妖怪からの愛の体験だとしている。

『山ン本五郎左衛門』における平太郎少年は、山ン本サン、気ガ向イタラマタオイデ!と、彼を召喚する小槌を持って呼びかける。『君たちはどう生きるか』の眞人も、異界のものをポケットにいれて持ち帰る。

『君たちはどう生きるか』の眞人少年も、夢現の入り混じりまさに魑魅魍魎の世界を抜け出て、青鷺という人外の友人を獲得して異世界から現実へと戻る。その様は糞まみれ、汚れ塗れだが、晴れやかな姿である。そして、物語は本当に、呆気なく太平洋戦争が終わり、その二年後、屋敷を出る眞人少年の立ち姿から部屋を出る、僅か30秒ほどのシーンで唐突に終わる。

少年時代の終わり、これは、どこまで本当にあったかわからない話なのだ。すべて眞人少年の夢であるかもしれないし、怪異は現実にあったことかもしれない。然し、作中で青鷺が語るように、「どうせすぐに忘れちまう。あばよ、友達。」の言葉通り、大人になれば全ては彼方へと過ぎ行く。

然し、大人になるために、どう生きるのかを見つめるためには、怪異との出会い、そしてそこからの自己との対峙は必要なのである。

冒頭、眞人少年が行う自傷行為の持つ歪みを自らが是正して、力を放擲して自ら立つことを選ぶその姿は、まさに彼が作るはずだった『ゲド戦記』におけるアレンの姿そのものであり、影との闘いなのである。

アレンも美少年だが、映画がアレン、いやあれだったので……。

いや、あるいは前作『風立ちぬ』におけるメフィストエレスであったカプローニの誘惑である、『美しい飛行機』を作るために戦争に加担した罪の贖罪をここで担わせるように対象的に描かれている。

飛行機は美しい夢、然し、その夢は人を滅ぼす。ならば、今作での世界を作る石の力は……。そんなものには頼らない、という、原作版ナウシカのナウシカの演説が今作では眞人から語られる。

今作は、今まで少女に力点をおいていた宮崎駿の、より美少年に深化した作品である。眞人の転校した際の級友の顔ぶれからもわかるように、モダンで、明らかに聡明な顔立ちの眞人は、宮崎駿の描く美少年の中でも屈指の美しさと凛々しさを兼ね備え、そして同様に少し病的で危うさもある。

この映画は、まさしく美少年を愛でる映画であり、冒頭30分はそれが濃厚ににじみ出ていたが、だんだんとそれが普通の少年になっていくので、その辺りが個人的には不満点。
眞人が水を飲むシーンや病床に臥せるシーン、そして疲れてベッドで眠るシーンは屈指の素晴らしさなのだが……。

けれども、とにかく情報量が特濃であり、一度見ただけでは情報は整理しきれない。
もう一度鑑賞し、より深く深く、作品に入り込みたいところだ。然し、ジブリNo.1の座は(個人的な)、やはりなかなか超えられなかった。

まぁ、とにかく宮崎駿監督も御年82歳。次回作を楽しみに待っています!


暫定2023年ベスト(映画館で観たものに限る)

1位:ザ・フラッシュ…96点
2位:ガーディアンズ・オブ・ギャラクシー.Vol.3…93点
3位:君たちはどう生きるか…89点
4位:フェイブルマンズ…83点
5位:AIR/エア…80点
6位:スパイダーマン:アクロス・ザ・スパイダーバース…78点
7位:クリード/過去の逆襲…75点
8位:アラビアンナイト/三千年の願い…74点
9位:シン・仮面ライダー…62点






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