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ワンダーな傑作 フールナイト

『フールナイト』の第3巻を読む。
やはり、1巻を読んでいた時から感じていたように、傑作である。

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今作は世界設定も秀逸だし(気になるところは、数世紀隔ててなお現代っぽい服装とかかな)、絵も非常に微細で美しい。
黒、を多用しているが、それは今作の世界設定も関係しているが、何よりも
漆黒の宝石のような空色は哀しいほどに美しい。

今作は、雲に覆われて陽が差さなくなったディストピアを舞台にしている。転花と呼ばれる、植物になる手術が確率しており、転花することで光合成を行い、酸素を排出するが、数年で自我を失う。その代わりに、1000万円という大金が支払われる(この世界では1000万円は大金である)。

今巻は幼馴染ヨミコに大怪我を負わせた、転花後にも意志を持って動く殺意の塊のアイヴィーを追う展開で1冊が進むが、この世界が持つ社会状況などに関しての霧が徐々に薄れていくのを読者に感じさせる(同時に、深まる謎も現れる)。

映画的演出、といえば陳腐ではあるが、今作のハイライトはついにアイヴィー出現のその瞬間だろうか。『HUNTER×HUNTER』を思わせる、唐突な死と絶望がそこにも濃厚に漂う。そこから、アイヴィーの正体に踏み込んでいくわけだが、ここが今作の白眉であろうか。

少年漫画における物事の解決法は、暴力を上回る暴力である。一番強い人間、一番頭が回る人間、或いは、一番人から好かれている人間、陽性の最たる者が栄光を手にする。それは、人間や生き物が持つ生存本能、種の繁栄の極みに他ならない。強い者がすべてを解決に導く。そして、それが汎ゆる漫画のヒエラルキーの頂点をも飾るが、『バガボンド』の沢庵和尚は「強い人は皆優しい」と言っている。

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暴力では、人を屈服させることは出来ても、それは人間性の敗北でしかない。
対話こそが最重要なことであり、一番難しいものである。何故ならば、人と人は全て考え方が異なり、立ち位置が異なり、大切なものが異なるからである。

『フールナイト』の主人公もまた、戦闘能力は無いし、頭もそんなに良いわけではないが、彼は転花を受け入れた青年であり、その結果、植物の意志、或いは言葉が少しわかるようになった。その対話する力は、何よりも強い暴力を解く唯一の手段となる。

怖いから暴力を振るうのであり、怖いから唸るのである(吉岡清十郎が言っていた)。暴力では何も解決はしないことは誰もが識っているが、身を守るためにそれに頼る。然し、話すことが一番肝心要であって、それは時に暴力よりも恐ろしいことにもなるが、暴力を遥かに超えた力にもなる。

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ディストピアは滅びゆく世界、或いは、地獄のような社会構造が確立した世界であるが、人の営みや感情は変わることはない。
今作でも、怒り、恨み、好奇心、猜疑心、悲しみ、孤独、理不尽、保身など、様々な感情が渦巻くが、その根源はどこにあって、何を守るべきなのか、それが示されている。

そして、今この世界もまたディストピアであることに変わりはない。その中で人の声(植物の声)に耳を澄ませる力を、この漫画は描き出してもいる。

間違いなく映画化必至の作品ではある。ワンダーさが、ずば抜けている
素晴らしい作品で、是非、多くの方に手にとって頂きたい。


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