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郷愁

『DUNE-砂の惑星-』は砂の惑星アラキスを治めていたハルコンネン家が領主替えでかの星にやってきたアトレイデス家に奇襲をかける物語であるが、無論、ウクライナにおいても昨年映画は公開されている。

ハルコンネン家の領主の名前はウラジミール・ハルコンネンであり、彼は残虐な殺戮好意に出るわけだが、これは映画の中の話だけではないのだ。
映画は地続きであり、仮に10000年も先の世界を描いた『DUNE』においても、人間の作る創作物である以上、そこには人間の生理が息づいている。

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映画館で観ていた、スクリーンに映る惨状は、薄膜一枚先に存在している。まさか、と思う恐怖が、そこには息づいている。昨年、この映画を観ていた人々は、まさか自分たちが奇襲されるなぞ、思いもよらなかった筈である。

アンドレイ・タルコフスキーは核戦争に恐怖を抱いており、核戦争が起きてしまった世界を『サクリファイス』で描いた。
彼はソ連から亡命しイタリアで映画を撮り続けていた。全てを故郷に残し、その郷愁を『ノスタルジア』として作品に残した。

ウラジミールといえば、ナボコフがいるが、彼は『賜物』において、彼自身の郷愁を忍ばせて作品を書いているが、では、ロシアの領主はどうだろうか。

彼もまた、郷愁に突き動かされている。幼い頃の、ただ一つの郷愁は、藝術にも戦争にも成り得る。結局は、子供の遊びであり、然し、大人の良識を無くした駄々っ子の妄想でしか無い。

郷愁を昇華するのが人間であり、郷愁を取り戻そうとするのは悪魔である。


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