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道化師の夢

◇◆◇◆

私が幼稚園から小学校に上がる頃、一時期、毎日の様に見ていた夢があった。

私は暗い部屋で1人、眠っていた。眠いとか、寂しいとか寒いとかいう感情もなく、ただぼんやりと天井を見ていた。

サキサキサキサキサキサキサキサキ
サキサキサキサキサキサキサキサキ

よくわからない声?音のようなものが響き渡る。

次の瞬間、ピエロが私を見下ろしていた。なにをするでもなく、ただただ見ていた。暗闇に浮かぶピエロの顔は陽気なはずなのに、とても不気味で身動きが取れない。

サキサキサキサキサキサキサキサキ
サキサキサキサキサキサキサキサキ

またなにかが聴こえる。ピエロの声だろうか?

そこで目が覚める。怖くてたまらなく、誰にも言えなかった。言葉にしようとしたができなかったが、正しいのかもしれない。

◇◆◇◆

しばらくすると、ピエロの夢を見ることはなくなり、すっかり忘れ去っていた。そんなある日、両親が家を建てるといって、ハウジングギャラリーの内覧会へ一緒に行くことになる。

そこでは、様々な催しが行われており、小さな手で精一杯掴んだお菓子の掴み取りでは、袋いっぱいになるほど取れて大喜びしていた。

お母さんと手を繋ぎ、反対側にお父さんがいるけどお菓子を持っているので、手を繋げずに歩いていると、目の前にパッと風船を持ったピエロが現れた。

夢で見たピエロとは違っていたが、びっくりしてお菓子を落としてしまった。お父さんが慌てて、お菓子を拾ってくれ、ピエロも近づいてきたが、私は身動きがとれずにいた。

お菓子を拾い終えると、母はピエロから風船をもらい、私に持たせた。振り返ると、ピエロがこちらを見て、手を振っていた。大人になれば当たり前のそのアクションも、私にはとても怖ろしいものだった。

案の定、その日の夢にはピエロがでてきた。

サキサキサキサキサキサキサキサキ
サキサキサキサキサキサキサキサキ

同じだった。顔は昼間みたものではなく、昔ながらのピエロだ。

目覚めると、部屋の天井には風船が浮かんでいた。(割らなくちゃ)私は机の上にのり、定規を振り回すもなかなか届かない。思い切って、エイっとジャンプして叩いたら風船は割れた。

ホッとして床に座りこんでいると、両親が音に気付いて部屋までやってきた。

「大丈夫か?」

「大丈夫」
なぜ、風船を割りたくなったかはわからないが、割れたことで気持ちは落ち着いた。

◇◆◇◆

ピエロのことなんて、忘れ去っていた22歳の私。
大学卒業間近だったので、1人旅をしてみた。人生はじめてだ。旅と言っても、沖縄本島をレンタカーでドライブするというものだが。しかも、修学旅行でも行っているし、なんなら2年前にも行った。沖縄が好きだった。

旅の途中、たまたま見つけた海が見えるカフェ。真っ青な海に白い砂浜、SNS映えしそうなドリンクと条件はいいのに、お客さんは私ひとりだった。

グァバのジュースを注文して待っていると、色黒な現地の人っぽい雰囲気の店員さんがドリンクを持ってきた。

置いてすぐに行くと思ったら、声をかけてきた。

「お一人で旅行ですか?」

「はいっ、そうです。もうすぐ大学卒業しちゃうんで、行こうって。」

そんな感じで会話が始まり、気がつくと戯けたように笑わせてくる彼の話のペースに持ってかれて、連絡先を交換していた。

彼が厨房に戻ると、店長さんらしき人が注意している声が聞こえる。なんだか気まずいため、残りのジュースを一気に飲み干して、会計を済ませる。その時は、店長さんが対応してくれたが、にこやかな笑顔で送り出された。

(連絡なんかくるわけないよな。顔もタイプだし、話も面白かったな。)と余韻に浸りながら、ドライブしていた。

実は、彼氏はいるけど今回は都合が合わず、一緒に来られなかった。(そんなこと考えてはいけない)という天使の自分と(一夜のアバンチュールくらい)という悪魔の狭間で、心はグラグラと揺らいでいた。

◇◆◇◆

夕陽が見えたので、近くの浜辺に車を駐車して眺めていた。

すると、彼から着信があった。本当の彼氏のほうだ。なんだか一瞬ガッカリしながらも出て、声を聞くとやはり安心する。

電話が終わり、液晶を見ると通知の表示。開くと、カフェの彼からのメッセージだった。

"よかったら今晩ご飯一緒しませんか?"
ご飯だけならいいよね。旅先だしと、言い訳を心の中でして、返信する。

彼がホテルまで迎えに来てくれた。美味しいステーキ屋さんがあるという。着くと、名前にビックリしてしまう。
"ピエロ"
もうすっかり意識していなかったが、こうやって名前を見ると、あの夢を思い出す。立ち止まっていると、「どうした?」と言われたので、「なにも」と言わず、彼についていく。

店内にはピエロはもちろんいない。現地の人がおススメするだけある。目の前で焼いてくれるステーキの美味しさと言ったら言葉にならなかった。
勧められたパッションフルーツのカクテルも、飲みやすくてついつい、3杯ほどで飲み、彼がまた笑わせてくれるから楽しくて酔っ払ってしまった。

「今日はありがとう。本当に楽しかったです。いい思い出になりました。」
ホテルの前まで送ってくれる彼に挨拶をして、歩き出すとフラッとしてしまった。それに気づいた彼が「部屋まで送ってくよ。」と言った。現実の悪魔の囁きを私は断ることができなかった。

◇◆◇◆

彼は、紳士的に私を部屋まで送ってくれ、帰ろうとした。それを引き留めたのは私だった。私も悪魔になってしまったのだろう。

最初は話しているだけだったけど、気がつくと手を握り、口づけを交わしていた。その時、着信が鳴ったが無視して、ひじり合うように抱き合っていた。

「シャワー浴びてくる」
そう言って、私が立ち上がると、彼が私に一粒の錠剤を渡してきた。
「2日酔いに効くから。」
そう言われて、飲んでからシャワーを浴びた。胸の鼓動が少しずつ速くなっていくのを感じる。私がでた後、彼もシャワーを浴びに行った。

ベッドに横になっていると、やけに身体が火照ってきた。あれっ、まだお酒が抜けないのかななんて思っていると、彼が出てきた。

再び口づけを交わす。もう止められなかった。頭の中で何かが弾けるようなとてつもない快感に襲われた。そこからの記憶は断片的なものでほとんど覚えていない。

ただ、ひとつだけはっきりと覚えていることがある。 ベッドで私を見下ろす彼は、幼い頃に夢で見たピエロそのものであり、私は身震いしていた。

サキサキサキサキサキサキサキサキ
サキサキサキサキサキサキサキサキ

あの不気味な音が、私の中で渦を巻いていた。

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