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Perfect Night

私、知ってる。

あんたの言う「ドライブに行こう」は、「朝まであなたを貸してください」ってこと。

私がそのことを知っていることを、あんたは知っている。

だから私が「ドライブに連れて行ってよ」と言うと、
「だめ」とも「いい」とも言わないではぐらかされる。
その誘いが何を意味するかをわかっているから。

*

私は、自分が運転しない深夜のドライブが好きだ。
長い沈黙、その少し重たい雰囲気を掻き消すような空気を読まない音楽、
流れ通り過ぎていく景色、
まるでこの世界には、私とあなたと他人しか存在していないような気持ちになる。普段見えている世界が表情を変える、
大人の世界になる。

その特別な空間の中、誰にも邪魔されることなく、
2人の時間を作り上げることができる。
お互いずっと黙ってるのも、その後に期待して声が上擦っちゃうのも、
どれもその2人が紡いだ時間。

*

そうやって、深夜のドライブがきっかけで付き合った人もいた。
浮気されてもう別れちゃったけど。
2人で初めて出かけるドライブの日が豪雨になって、
たどり着いた海の浜辺へ降りることもできず、
後部座席に置いてあったギターを弾き語る彼を横に私は、
その瞬間の面白さと、彼への好奇心を募らせたのであった。
そんな深夜のドライブ。

そして数ヶ月後、彼の浮気を最初に勘付いたのは、
私と会えない日の彼が深夜に高速道路に乗って隣のまたその隣の県まで行き帰りしていたレシートだった。
そんな、私の知らない深夜のドライブ。

大学時代、下宿先の生活で挫折を経験し、
行き詰まった私を心配した両親により実家に強制送還された日の翌日の深夜、
両親の運転で、苦々しい思い出が詰まる自分の一人暮らしの家へ送ってもらった夜。
そんな深夜のドライブ。

毎日リクルートスーツとパンプスで知らない街を歩き続け疲弊し、
翌朝のことなんか微塵も考えられなくて、
ただ「乗せてもらってる」以上、眠ることすらままならないような、
会社の上司が運転する出張帰り。
そんな深夜のドライブ。

こうやって思い返すと、深夜のドライブにあまりいい思い出がない。
それでもその魅力に取り憑かれてしまうんだから不思議なものだ。

*

私の「ドライブに連れて行ってよ」には、
浅い意味も深い意味もあった。
どっちに転ぶかはいつだってその時の流れに任せた。

たとえ友情を超える関係性を選ぶことになったとしても、
私の信念に正しく則れば、そんな誘惑はさらりと交わせるという自信があったからこそできた博打なのかもしれない。
神様に勝負を挑んだ。

正直それはいつも無計画で、
とりあえずこのとびきりの夜を家の中で一人で過ごすにはもったいなく、
私じゃない誰かと、ここじゃないどこかへ行きたくなったから、
だから誰かをドライブに誘う。

「こんな窮屈な夜、抜け出しちゃわない?」って。

ただ、いつも見てるものとは違う世界を一緒に見に行く相手が、
今回はあんたが良かっただけ、ってこと。

*

そんなあいつと冷戦状態になってから今日で何日目だろうか。

これも無計画に私が始めたことだけど、
きっと翌日にはいつも通りに戻っていると楽観的に考えていた。

それがそうはいかなかった。

私の心の中で、愛憎とも呼べない程度の何かしらの感情は大きくなっていく一方で、
もはや本来何故そんなことになってしまったかも思い出せず、
これからどう落としどころを見つけようかと悩んでも、
心は私の言うことを聞かない。
そして相手もまた、私が予想する通りには動いてくれない。

すれ違っても、待ち合わせをしても、隣に座っても、
言葉は交わさない。

おそらく私は威圧感を出していて、
相手はそれを「触らぬ神に祟りなし」とでも言わんばかりの様子だ。

それでも、
完全に2人きりの時間ができたら、無視するわけにもいかない。
そんなことをしてしまえば、それこそもっと拗れるだろう。

だから、もし何か聞かれたら、
私はわざとらしく「心ここに在らず」で一言二言の返事をする。
それに対する相手からの返事はない。

相手からの言葉が疑問系ではない時、
もはやそれは「彼の独り言」ということにして聞き流す、
私は返事をしない。

こんなものは「会話」でも何でもない。
ただの言葉の落とし合いだ。

別れ際になってようやく、私の本心の10%にも満たない言葉が出る。
それに彼が乗れば話は早いのだが、
当然と言えば当然、こんな冷戦状態の真っ只中だから、
彼は一刻も早く私と離れたいようだった。

それでも、彼の口から発せられた「じゃあね?」の言い方には、いくらかの含みを感じた。

「じゃあね?」を私が押し切って、彼を無理やり連れ出せば良かったのかもしれない。
実際その手法は昔使ったことがあるが、今同じことをして成功する自信がなかった。

そういえば、「これからも”友達”でいたい」という彼の言葉に、返事をしていないままだった。
そのままの流れであれば、
「じゃあね?」が終わったら、その先はもう赤の他人に戻るかもしれない。
だけど、彼なりに「俺はまた次もこれまで通り会えるつもりでいるからね」という表明であったのかもしれない。

*

こんな冷戦、私だってとっとと終わりにしたい。
だけど今さら簡単に終わらせるわけにもいかない。
きっと、すれ違い続けた結果がこの惨状を引き起こしているから。

多少めんどくさいことになっても、
多少悲しくなっても、
多少しんどくても、
これは時間をかけて、絡み合った糸を丁寧に紐解く必要がある。

そもそもこんな状態を引き起こした私の「気持ち」とは何なんだろう。

「これからも”友達”でいたい」が妙にムカついたのかもしれない。
この関係性にわざわざ名前をつける必要はなかった。
関係性がカテゴライズされた途端、できることとできないことが明確に提示されるようで、とても嫌な気持ちがした。

友達、なんかじゃない。
そんな安っぽいものじゃない。
いや、友達は安っぽくない。
安っぽくない友達よりももっと価値のある関係だということ、それだけで十分だった。

依存、執着、好奇心、独占欲、信頼、
どれもしっくりこない。

そんなことは重要なことじゃない。

ただ、名前なんかつけてカテゴライズできるような関係性ではないということを、
私だけじゃなくあんたも、
そう、お互いが同じ気持ちであって欲しかった。

きっと「そう」なんだって、
私が勝手に思い込んでいただけなのかもしれない。

とか予防線張って言ってみるけど、
実際そんなこと全然思ってない。

私って、なんてめんどくさい女。

君が幸せでありますように。
君が不幸であり続けますように。

君が、私の隣にいる限りは、幸せであり続けますように。


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