見出し画像

理想と幸せと東京

私、どんな自分が理想なんだろう。
どれが本物の私だと思う?
どれになりたい?

***

私は田舎の銀行で働いている。
長く勤めた母の紹介で入社した。
おじいさんおばあさん、お母さんから子供まで、
一人一人丁寧に接して、
お昼休みがなくなろうとも残業になろうとも、
誰かのために働けたことに小さな喜びを覚える。

会社から自宅まで車で45分かかるけど、
その時間で新しい音楽を聴く。
最近ではこの曲が流行ってるらしい。
いい曲だな、今度カラオケで歌っちゃおうかな。

帰宅すると両親が私のことを待ってくれていて、
ダイニングテーブルの上に並べられたご飯を前に、
私はルームウェアに着替えて席につく。
お風呂から急いで上がってきたお父さんが席についたら、
キッチンで洗い物をしていたお母さんも席について、
家族団欒でご飯を食べる。

多少のお金を家に入れているが、ほとんど出費はない。

お休みの日は車を運転しておばあちゃんを病院に連れて行き、
それから幼馴染カップルと3人でいつものショッピングモールを回る。
もうどこのお店の店員さんだって顔馴染みだ。

近所のおばさんから「これ持っていきなさい」と果物をもらって、
コンビニの店員さんに「最近あの子見かけないけど元気にしてる?」と聞かれ、
スーパーに行けば小学生の頃の同級生と遭遇する。

幼い頃の私から今の私まで、
全部を見守ってくれているこの街は温かい。

ちょっとずつお金が貯まってきた。
次は自分が欲しい車を買おう。
いつか家を建てるためのお金も残しておかなきゃ。
その前に、来月は京都へ旅行に行くんだった。
まあそれくらいなら大丈夫か。
夏休みには北海道へ観光に行こう。
たくさんお土産を買おう。

中学の同級生の彼氏とは毎週末家に泊まり合う仲で、家族ぐるみで仲良くしている。

ドライブしながらゲーセンに行ったら、
高校の頃の友達カップルと遭遇して、
お互いの恋人を紹介し合った。
今度時間があったら4人で三重まで出かけようよ、なんて立ち話をしてばいばいした。

周りの同級生はどんどん結婚してきて、子供を産んだ人も多い。
私たちももうそろそろ…

***

私は愛知の証券会社で働いている。
新卒でこの会社に入って以来、つらいこともたくさんあったけど、最近では契約を取れるようになってきて、
キャリアウーマンに近づいてきた。

実家までは電車ですぐ戻れる距離だけど、
私は愛知に住んでいる。

何故なら、夫が愛知に住み続けたいと言ったから。
私は、愛する彼が愛する街に骨を埋めることを、迷いなく選んだ。

お互い休みは合わないけど、
家事は当番制で、仕事終わりに彼のご飯を食べる時間が至福の時だ。

夫は職場の人たちと仲が良く、
たまに飲みに行って朝帰りすることもある。
だけどいいんだ。
私の大好きな友達二人もこの街に住んでいて、
私たち3人は暇さえば集まって、
嫌なことも嬉しいことも楽しいこともくだらないことも、
何もかも共有する。

たまに大学時代の女の先輩に呼ばれて、ライブを観に行ったりする。
そこには、見知った顔がたくさんある。
同じ軽音楽部出身の人たちと、大人になってもこうしてお酒を飲めるお休みがたまらなく楽しい。

お休みの日はバンドメンバーとスタジオ練習に入る。
来週は久しぶりのライブがある。
最近仲良くなったバンドと合同企画したライブだ。
ちょっとだけ緊張するけど、
打ち上げが楽しみだなあ。

自分の子供にも音楽をやらせてあげたいと思うか…?
子供はいらない、飼い猫が私たちの子供だ。

気持ちよく飲んだあとは、夫と猫が待つ家に急ぎ足で帰るんだ。

***

私は東京で派遣社員として働いている。

派遣先の飲み会に誰かの紹介で突如参加してきて出会った彼氏は、
どんなに忙しくても私に会おうとしてくれる。
毎日好きだと言ってくれて、仕事の合間にも「次のお休みで一緒に行きたいところ」を送ってくる。

彼は不動産業界に勤めていて、夜は会食でお酒を飲んで帰ってくることも多い。
だけど、寂しがり屋な私を心配して、家賃30万のマンションで同棲している。
彼の帰りを待ちながら夜ご飯を作っている。
夜になったら二人でソファに寝転がってアイスクリームを食べながら、彼が好きなお笑い番組を見るんだ。

私は元々お笑いなんて全く興味がなかったけど、
彼が好きなものなら何でも好きになれた。
クローゼットには彼とおそろいのアニエスベーのお洋服がたくさん並んでいて、
お休みの日はおそろいでシャネルの香水をつけて有明までドライブする。

今度両親に挨拶しに行こう、って。
指輪もくれた。
これはプロポーズだと思っていいのかな?
彼は子供が欲しいと言う。
まだ気が早いよ!

***

さあ、どれが本物の私でしょうか。
どんな私が幸せでしょうか。

***

私は東京の企業の総務部で働いている。
歳の近いメンバーで他愛もない話をしながら、
さっさと雑務をこなしていく。
営業部の庶務さんとも少しずつ仲良くなってきて、
喫煙所で顔を合わせれば「最近は急に忙しいねえ」なんてため息をつきながらお互い笑う。
お給料はあんまり良くないけど、のんびり仲良く頑張れる今の仕事が好きだ。

残業なんてないけど、早く帰ってもこの家には誰もいない。
このベッドにいつも座ってた恋人はいつか新しい彼女を見つけていなくなってしまった。
新しい恋人は仕事が忙しいらしく、なかなか会えないどころか連絡だってろくに取れない。

土日休みなんて言っても、
友達はみんな地元に残ってるから予定は埋まらない。
だから一人で東京を探索する。
一人で下北沢のカレーを食べて、一人で原宿でお洋服を買って、一人で御茶ノ水で買いもしないエフェクターをあさって、
たまに前の会社の同期と遊んだりして、
夜は知らない男の人とお酒を飲みに行く。

大学を卒業して以来音楽はやっていない。
私には音楽の才能がなかった。
元彼も、恋人も、友達も、みんなバンドで忙しそう。
私だけ、ついていけない。
だけどいいんだ。
夏の夜に窓を開けて一人でギターを弾くのが楽しいから。

今日は涼しいから川沿いまでお散歩に行こう、隣には誰もいないけど。

おっと、川風が心地よくて長居してしまった。
帰ったら今日は洗濯物を洗わなきゃ。
ひき肉はまだ余ってたっけ?
たしかお豆腐も残ってたから今日は麻婆豆腐にしよう。

オシャレなレストラン?
あー今月はだめだね、電気代が不安だから。
ちょっとは貯金しなきゃ、
アパートの更新料も保証会社の更新料もあるから。

お給料の半分近くは家賃と光熱費で飛んでいく。
車を買うなんてもってのほか。
銀座で働いてるに、GUCCIもCHANELも入ったことがない。
だけど、いいんだ。
私の憧れは昔からずっと原宿にあるから。
恋人になんて言われようと、私は着たいお洋服を着るのだ。

深夜になって、ベッドの上で一人ごろごろして、
タバコが空になったことに気づいて、
コンビニへ買いに行く。
また店員が変わっている。
またタバコが値上げしてる、もうそろそろやめ時かな。
だけど当分はいいや、お昼ご飯を質素にすればなんとかなる。

音楽を聴きながら、このまま近くの喫煙所でタバコを吸おう。
夜に出歩いても、誰にも怒られないんだ。

今夜も道端で喧嘩している酔っ払いのおじいさんたちを横目に、ぼーっとタバコを吸う。
私の恋人は今頃どこで何をしているんだろう。
地元の友達はみんなで集まってるんだろうか、両親は元気にやっているだろうか。

今日は会社以外で誰とも話してないな…

同棲、結婚…
想像もつかないなあ。
だって私はこの街を離れたくないし、子供も欲しくないし、
真っ暗な部屋で一人タバコを吸いながら過ごす夜が大好きだから…
なんてことを考えながら、湯船に2時間浸かる。
クレンジング、シャンプー、ボディーソープ、全部私が好きな匂いだ。

この家に引っ越してきて、
玄関からロフトまで、全部私の好きなもので埋め尽くした。
男の人が来たらきっとそわそわするだろう。
この部屋は私のお城だ。
誰にも邪魔させない。

眠くなる前にちょっとだけゲームをしよう。
ネットの友達を誘おう。
あ、彼女が帰ってきたから終わるね、だって。
なーんだ、つまんないの。

じゃあさ、いつまで経っても打ち解けられない男の子とちょっとだけ電話をしよう。
だけどそれも早々に切り上げて、YouTubeで動画でも見よう。

なんだか面白そうなお店が紹介されてる、行きたいな…!
だけど無理か、そんな気軽に誘える友達はこっちにいないし、
恋人はきっと仕事とバンドで忙しいし。
じゃあ一人で行っちゃおう。
誰にも邪魔をされず、ゆっくり一人で楽しむんだ。

あぁ、今週もあっという間だったな。
週末だけど、特に会う人はいない。
明日はゴミ出しの日だから早起きしなきゃ。
ちょっと精を出してキッチンをお掃除しよう。
お天気だからベッドのシーツも洗おう。
その時は好きな音楽を大きな音で流そう。

あれ、私、今日もまた会社以外で人と話してないや。

でもまあいいか、話したいことなんてそんなにない。

***

今の私が一番私らしい。

実家暮らしだったらもっとお金に余裕があっただろうなとか、
大学の地元に残ってたらいつでもみんなに会えただろうなとか、
お金持ちの恋人がいたら毎日が贅沢なデートなんだろうなとか、
考えることもある。

だけど結局、どれも望んでいない。
今の生活が一番いい。
強がりじゃない。

私は地元を離れたくて上京して、
決まったコミュニティの中で生きるのが嫌だから上京して、
一人の時間を満喫したいから上京して、
誰もいない東京でひっそり暮らしている。

流されてここにたどり着いたわけじゃない、
全部自分で選んで、この生活を手に入れたんだ。

程良く距離感のある人間関係、
どこまでも連れてって行ってくれるたくさんの電車、
何度見ても見飽きないスカイツリーと東京タワー、
まだ降りたことのないたくさんの駅、
好きな時にすぐ行ける好きなお洋服屋さん、
風情とも思える喧騒の夜、
毎日の献立、
洗おうと思ってまとめた洗濯物の上でしてしまううたた寝、
観光客がキャリーケースを持って駅に向かう中、手ぶらで帰路につくこと、
誰も起こしてくれない朝、
イヤホンの音量を気にする満員電車、
深夜に首都高を走るトラックの行方を想像するひととき、
仕事終わりのほんのわずかな時間で恋人と新宿で会える喜び、
ふとした時に感じる孤独、
それを忘れるほどの東京の魅力、

全部全部、私が望んで手に入れたもの。

誰もいなくたって、私にはこの街がある。
東京が、私のそばにいてくれる。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?