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RIE EGUCHI & monomerone|文学者の音楽室《1》|ヴァージニア・ウルフとロンドン

 物語の中には、音楽に関するモチーフがわりと頻繁に登場する。本シリーズ「文学者の音楽室」では、作家・文学者たちがどのように音楽を受容し、関わってきたのかを記述や記録から辿り、彼らの音楽のある菫色的なライフスタイルと一緒にご紹介。毎回アーティストをお迎えし、その回のテーマから自由に着想した作品を制作発表して頂く。

 ウルフ(1882-1941)は、英国の20世紀モダニズム文学を代表する作家の一人で、霧とリボンの展覧会にも度々登場する極めて菫色的な存在。

ヴァージニア・ウルフ(1902年)

 “意識の流れ”といわれる独特な文体で小説や随筆、評論、日記、そして“世界で一番美しい遺書”を遺し、100年前から著書『自分ひとりの部屋』などで女性の自立の重要性を訴えてきたこともあり、近年再び注目されている。

 2019年にオペラの殿堂、ウィーン国立歌劇場がウルフの原作をもとに、初めて女性作曲家に委嘱し、脚本・演出・衣装の全てに女性を起用した新作オペラ《オーランドー》を上演。コムデギャルソンが衣装を担当して日本でも話題となった。英国でも、ポスト・クラシカルの旗手、マックス・リヒターが作曲し、ロイヤル・バレエで『ダロウェイ夫人』、『オーランドー』、『波』を元にした三部作のバレエ《ウルフ・ワークス》が上演されるなど、音楽や舞台界隈でも盛り上がりを見せている。

 ウルフの小説には、ボンド・ストリートやハイド・パークなど様々な地名が登場し、読むだけでロンドン散策の気分が味わえるが、音楽もよく登場するモチーフだ。

 デビュー作『船出』からして、主人公レイチェルが音楽を勉強し、ワーグナーの楽劇《トリスタンとイゾルデ》からの引用や、ベートーヴェンなどの記述がみられ、『弦楽四重奏』という短編もある。『ダロウェイ夫人』では、R.シュトラウスの歌曲らしき歌詞や、バッハやブラームスの名も登場する。音楽についての解説的な記述はほとんどなく、物語の雰囲気の演出や、話の筋を暗示する小道具としてさりげなく登場させている。

 ウルフの音楽体験は、実際にはどのようなものだったのだろう?

──幼少期

 ハイド・パーク・ゲート22番地で知的な中産階級の家庭に生まれる。父は文芸批評家で自宅には文化人が集い、母親がピアノを嗜み、ウルフもレッスンを受けた。
 1902年、父親が当時流行し始めたピアノラ(自動演奏ピアノ)を購入。毎晩家族で夕食後に自動演奏を楽しみ「なんて素晴らしいマシン!意識がどこかに飛んでいってしまいそう」と語っている。

ピアノラのカタログの表紙(1898年頃)

──青春期

 両親を亡くした後の1904年頃、ウルフは姉たちとハイソなケンジントンの実家を出て、劇場や大英博物館、大学や芸術学校が集まる活気あるブルームズベリー地区に引っ越し、「ブルームスベリー・グループ」を結成して青春を謳歌した。

 その頃、ロマン派の作曲家 ワーグナーに心酔し、コヴェント・ガーデンのロイヤル・オペラハウスに連日のように通いつめ、《トリスタンとイゾルデ》や《パルジファル》を鑑賞。ただし、オペラに熱中したのは青春時代の一時期で、その後はバッハの室内楽などに傾倒したようだ。

 悲恋の死へと向かう高揚感と陶酔感が徐々に高まる「愛の死」を聴いてみよう。

リヒャルト・ワーグナー作曲|楽劇「トリスタンとイゾルデ」第3幕~「愛の死 - 穏やかに、静かに」
演奏|マリア・カラス(アルバム『Live in Concert』 より。珍しいイタリア語による圧巻の歌唱)

 当時の画家にもワーグナーの崇拝者が多く、ビアズリーが多数の関連作品を描いている。

ビアズリー|イゾルデ
ビアズリー|ワーグナー崇拝者

 その後も音楽は常にウルフの生活の中にあり、音楽の受容の仕方も当時の音楽産業の発展とともに変遷し、好みの傾向も変化していく。
 ウルフ作品をより深く味わうためのスパイスとして、彼女が愛した音楽にも注目してみるのはいかがだろうか。

 世俗的なオペラと一線を画す、敬虔な美しさが輝くワーグナーの舞台祝典神聖劇。

リヒャルト・ワーグナー作曲|舞台祝典神聖劇「パルジファル」第1幕への前奏曲
演奏|ヘルベルト・フォン・カラヤン指揮/ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団

 余談だが、筆者のウルフとの出会いも音楽がきっかけだった。‘80sのロンドンで熱狂したバンド、ザ・スミスのモリッシーが度々ウルフとワイルドを絶賛していたのだ。随筆に登場する架空の“シェイクスピアの妹″の名を冠した楽曲「シェイクスピアズ・シスター」の、自殺の誘惑を描写したモリッシーのヴォーカルの不思議な高揚感に、どことなくウルフと共通する世界観を感じた。

ザ・スミス|Shakespeare’s Sister / シェイクスピアズ・シスター(Morrissey-J.Marr)

参考文献|
Sutton, Emma “Virginia Woolf and Classical Music” Edinburgh University Press, 2013
“The Diary of Virginia Woolf Vol.1” Edited by Anne Olivier Bell
A Harvest Book, Harcourt, Inc. 1977 
ヴァージニア・ウルフ『自分ひとりの部屋』片山亜紀訳(平凡社ライブラリー・2015)


 monomeroneのウルフに捧げるトリロジー(三部作)は、どれもが彼女の唯一無二の輝きと威厳を表す存在感を放ちながら、精妙なディテールも光る傑作が揃った。

 ウルフが青春時代に熱中したオペラ。もとは空気や呼吸を意味するアリアは、歌手が見せ場で歌う詠唱。いかにその場の空気を支配し感情表現ができるかにかかっている。舞台中央に浮かぶラブラドライトが模した音が四方に飛んで反響する様を、透明のレジンで表現した圧巻の意匠。深紅のタッセルもオペラハウスそのものの質感だ。

 柔らかな乳白色の土台に、淡い菫色とアブサン色の花や葉がひと際美しく飾られた扉の向こうに、ウルフが提唱した "自分ひとりの部屋" が佇む。
 それは徹底的に孤独と向き合い、作家のように自由に空想するための、私たちの菫色の小部屋でもある。
 「心の平穏」が石言葉のアメジストが静かに揺れ、大切な孤独の空間へと導き守ってくれる。

 純潔と聖母の象徴である白百合と、キリストの血や殉教を表す赤薔薇が絶妙に交差して大きなVの字を描く。
 異なる強い個性を持つ二つの花が不思議な統一感で共存する。
 男女両方の特性をもつ‟超越した存在“である「アンドロギュノス」。
 複雑だけれども美しい、ヴァージニアとヴィタの二人に共通するイニシャル「V」が、『オーランドー』の物語を祝福しているかのようだ。 

江口理恵|音楽ディレクター・翻訳家 →Instagram
レコード会社の洋楽部で海外渉外業務を経て、クラシック制作ディレクター。クラシックのコンピレーション・シリーズで「日経WOMANウーマン・オブ・ザ・イヤー2006」ヒットメーカー部門受賞。現在はフリーで音楽ディレクターや音楽関連の翻訳業務を行っている。

monomerone|クレイ作家 →Twitter
架空のアンティーク・ブロカントショップ monomerone—モノメローネ—と申します。「元の持ち主」であるどこかの誰かの一日の物語が詰め込まれた様々な意味をもつアクセサリーを販売しています。



作家名|monomerone
作品シリーズ名|ヴァージニア・ウルフの為のペンダントブローチ(3種)

【A】アリアの輝き
樹脂粘土・メタルパーツ・天然石(ラブラドライト)・レーヨンタッセル
作品サイズ|約12cm
制作年|2022年(新作)

【B】孤独な部屋の扉
樹脂粘土・メタルパーツ・天然石(アメジスト)
作品サイズ|約11cm
制作年|2022年(新作)

【C】Androgynous
樹脂粘土・メタルパーツ・天然石(淡水パール)
作品サイズ|約9cm
制作年|2022年(新作)
*オンラインショップに別ショットの画像を掲載しています。

【A】アリアの輝き
【B】孤独な部屋の扉
【C】Androgynous

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