見出し画像

徹頭徹尾ホラーだよ!恐ろし過ぎる男女の権力逆転小説『パワー』ナオミ・オルダーマン

 男女のフィジカル面での差は明確だ、筋肉の量が違うから男性の方が客観的に基本は強い。ではある日、女性のフィジカルが男性よりも強くなったら?
 身体的な力の逆転は、ジェンダーの構造にも影響を与える。日々の生活が少しずつ揺らいでいく、訓練された男性の警官よりも、素行不良の女子高校生が強くなったら、どうやって治安を維持する?女性の夜間外出禁止令のある地域で、家庭に閉じ込められていた女性たちが反乱を起こしたら?
 人類の半数が圧倒的な力を突如として得た事でおこる混乱を描いたSF小説、ナオミ・オルダーマン『パワー』河出書房新社、のあらすじはシンプルだ。ただ、そこで語られるドラマは悪夢だ、絶対に映像化して欲しくない。

 メインとなるのは4人のキャラクター、政治力と判断力に優れた教祖として活動するアリー、戦闘力に優れたロクシー、野心家な政治家の女性、そして女性がパワーを得て激変する社会をいち早く取材しはじめた男性のジャーナリスト。
 ある日、女性たちが電撃を操るパワーを得る。それまでの日々と変わらないと思っていたのに、男性たちは突如として自分たちが弱者になる現実に恐怖し、女性たちは自分たちが力を振るえるという実態に狂喜する。

 文字通りパワー:力、権力を巡る物語だ。序盤こそ虐げられていた女性キャラ達が団結し、社会悪に半期を翻すシーンもあるが、その段階から胸がすくような快感はない。むしろ、その先に待ち受ける破滅の気配へと物語は突っ走る。
 差別構造や、支配構造はその被支配者が権力を得れば修正されるなんて幻想だ。力を持つものが変われば差別の構造が変わるだけという、うんざりする現実をエンタメとして剛速球で投げられてる感じがする。読み終わると、正座して「あの、自分、明日から本当に頑張りますんで」と誰ともなく言い訳したくなる。

 この本の秀逸なところは、既存の権力構造が劇的に変化する中で、集団の狂気がいかに進むかを正確描いているところだ。作中、とある国で女性の独裁者が男性に対して外出の際には女性の保護者のサインを携帯するのを義務付ける、シーンがある。
 男性の人権を著しく制限し、踏みにじる行為だし、すでに恐怖の中に生きている男性たちはうろたえる。
 これに対して、女性たちは冷静だ。また、うちらの代表アホなこと言ってるわと、特に目立った反論もせずに、代わりに男性たちを宥める。落ち着いてよ、こんなのおかしいのは皆分かってる、すぐ元にもどるから大丈夫だよと声をかけてるのである。
 この落差よ。支配者側か被支配者側かでこんなにも問題の受け止め方は違うのかという、当事者側の絶望感を煽った描写に背筋が凍る。加えて、反論を唱えるのは、大事な発表の場を壊すから駄目だという空気で異常な決定がなされてしまう、という展開もホラーとして一級。
 自分が仮にその場にいたとして、決して声を上げる集団の中の狂気にはなれないで流されて、結果として愚かな決断に加担してしまうだろう。

 どうして政治に感心を持たねばならないのか、どうして世の中でときには白い目で見られても声をあげて不正を正せと主張すべきなのか、この本を読めばわかる。権力は暴走させては行けないのだ。

 エンタメや芸術はその次代、世界の鏡だ。その世界の持つ問題を虚構を通して訴え、どう解決するかを問い、問題を語らずして語る力を持つ。そのフィクションの中でホラーは、人間のもつ影の部分を引き受けて、より柔軟に思いもよらない方法で問題の本質を伝えてくれる。
 この点で、『パワー』は優れたSFでもあり、ホラー小説としても完成されている。プロローグとエピローグの仕掛けまで、徹頭徹尾ディストピアを書ききるその姿勢と、えげつなさに脱帽だ。


 マーガレット・アトウッドの『侍女の物語』や、よしながふみの『大奥』が好きな人ならばご一読をお薦めしたい。男女の権力を巡る名作がここにも!となるだろう。
 この作品、実はマーガレット・アトウッドの後押しを受けて書かれた本であるというのも何だか感慨ぶかい。世の中はまだまだ不平等で、戦わねばならぬ、もういっちょうひと踏ん張りせねばと背筋が伸びる一冊だった。

 

この記事が参加している募集

#読書感想文

189,568件

#SF小説が好き

3,120件

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?