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思わぬことで猫の信用をなくした話

実家には猫が二匹いる。
一匹目は大型種であるノルウェージャンフォレストキャットにもかかわらず小柄でビビリな豆。
二匹目は、豆の二年後に『子猫のときに猫風邪になり後遺症があるため貰い手がいなくて困っているが優しくておとなしいよ』という触れ込みでやってきたものの、優しくもおとなしくもなく、図々しく食い意地がはっていて今では病弱のかけらもない8キロのデブ猫に成長した花。

これはまだ、豆が一頭飼だったころの話。

長男の出産のため里帰りした。
東京の産院はどこも満杯で、妊娠に気づいたときには入れる病院がなかったため、選択肢がなかったためだ。
しかしながら、過疎の足音迫る高知県では公立病院は地元民優先。それでもどうにか里帰りや山間部の人向けに特化したやや割高だが個室で家族も宿泊できるという私立病院にあきがあり、なんとか里帰りとなった。

さて、急に現れた私に、人より猫が好きな猫である豆は、初めこそあまり喜ばなかったが、この人間は一日暇そうで遊んでくれるしおやつもくれるぞと気がつくとすぐに態度を軟化させた。
猫が好きな私はほいほいと猫の言うことを聞き、立派な猫の下僕となった。
なお、私は猫に「そこの布団で寝たいけどひとりは寂しいから、私が真ん中お前はすみで一緒に寝てね」と視線と仕草だけで言われたことがある。
普通に見くびられている。
そんなある日、大きなお腹が重たくて横向きに寝転んで休んでいた私の隣に豆がテコテコとやってきた。冬なので寒くなって暖を取りに来たらしい。
豆は私のお腹によりかかるようにして、くるりと体を丸めて目を閉じた。
温かい部屋、布団、となりですやすやする猫。
なんという幸福か。
私がつられてうつらうつらしはじめたとき、唐突に腹の中で長男が目覚めた。そして、思い切り私の腹を胎内から蹴飛ばし、ついでに寄りかかっていた豆も蹴り飛ばした。

……猫なのに、蹴られた。

目を開けると、信じられないという顔で、今にも逃げ出しそうに腰を浮かせた豆がいた。

私を蹴った…寝てた猫を人間が蹴った!

豆は悲壮な被害者顔で私を見ていた。
違う、私ではない。
「豆、まめや、違うのよ」
慌てて立ち上がった私から、豆はさっと距離を取った。

猫を蹴るなんてサイテー!!

豆の目がそう言っていた。
私は猫に必死で蹴ったのは自分ではなく息子であり、しかも事故なのだと必死で弁解した。しかし、豆は聞く耳もたず逃げていき、今日にいたるまで二度と添い寝をしてくれなくなった。

そんな濡れ衣事件から2週間、長男が生まれた。
おくるみに包まれてすやすやと寝ている生き物を見て、豆はそれを人間ではなくいささか変わった猫と判断して大喜びした。
私とは昼寝をしてくれないのに、長男の横には寝そべって、手足をバタバタさせている様子をわくわくと見つめる豆。

いや、そっちだからね、君を蹴り飛ばしたのは。

喉元まで出かけた言葉を私は涙とともに飲み込んだ。
その後、長男はすくすく成長し、帰省するたび巨大化していき、ある日とうとうあるき出したところで、やっとこれは猫ではないと気づいた豆はかなりのショックをうけ……あまりにも落ち込みがひどかったので、二匹目の猫である花を迎え入れることになったのだが、またそれは別の話。

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