見出し画像

旧聞#9 故郷はどこへ|Essay

A男「ところでその『モラ』って何?」

B子「パナマの先住民のクナ族がつくる伝統的な織物のことよ。ほら、こんなふうに3〜4枚の色違いの布を重ねて、パッチワークみたいに切りとって模様を断層的に浮かび上がらせるの」

C子「モラのデザインには動物や幾何学的なラインがよく用いられるわ。それはクナ族の神話の世界を表現してもいるのよ」

ある日、パナマ旅行から帰った二人の女性を囲んだ僕らは、広げられたおみやげの前でこんな会話を耳にしていた。旅の興奮さめやらぬ彼女たちは、モラの品評やモラの値切り方についてしきりに熱弁をふるった。言葉の端々には、「他人とは価値観の違うセンスのいいあたし」という20代女性にありがちな小さな優越感がちりばめられていた。

この体験談に僕がみたのは、独特の民芸品を買うことを通して、その文化に感情移入してしまった旅行者の心理である。航空運賃と買い物代を引き換えに、彼女たちは民芸品とそれを語る資格を手に入れた。それは都会に暮らし、土地とのつながりのない文化に飼い慣らされた彼女たちにとって、場所愛の獲得という含みを持つ。

文化を民族音楽や郷土芸能として商品化することによって、伝統の重要性を自覚したり地域社会への帰属意識を強めたりする観光地の住民と同じように、観光客(リピーターは特に)もその観光文化を消費することで、場所への愛着を深める。「あたし、前世はクナ族だったのかもしれない」と彼女に言わせるほどに。

この仮想された故郷はとりわけ、都市生活者や親の出生地を本籍と強要される人たち(デラシネ? ノマド? ディアスポラ?)をとりこにする。病名は「ふるさと症候群」。

ディープな観光客のいわゆる「沖縄病」もこのシンドロームのひとつだろう。あらかじめなくしていた場所の記憶を懸命に取り戻そうとする彼・彼女らのリハビリ地であり続けるのか、沖縄は。それとも・・・ 沖縄振興策の大げさな見出しに、僕はこんな自問を繰り返す。

この記事が参加している募集

#一度は行きたいあの場所

51,158件

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?