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良い意味で人たらしであれ──『イノベーションの作法』読書感想文

「イノベーター」における重要な資質・態度を、多様なケーススタディ・当事者インタビューから分析しているのが本書。
2009年発行なので、例は少し古くなってしまっているものの、まさに「プロジェクトX」な各々のサービス・プロダクト開発のエピソードには、あるあるな苦悩やハッとさせられるような発送やすごく真っ当なやり口やとんでもない執念が密度高く詰め込まれていてとても面白い。

書籍データ


「設計とデザインが二項対立になりがちな開発のジレンマ」とか「仕様変更地獄」とか、プロジェクトの前提としてそういうものを組み込まなければいけないんだろうな……と考えていたりする最近の自分の課題感にフィットしたくだりには、共感しかない。

本書を読むと、企業人のビジネスにおいては、自分が主役になるのではなく、いかに他者の力を集結させ、全体を良い方向に引っ張れるかがカギになるのだということが理解できる。

以下は、イノベーターに必要な5つの資質・態度。

(1)理想主義的プラグマティズム

不屈の深淵で理想を追求しつつ、実現においては清濁あわせのむ政治力やマキアヴェリ的なリアリズムも駆使する

要旨

理想の価値基準がはっきりしている。かつ、そこに行き着くために柔軟にやり方を変更したり、時には抜け道をかいくぐって突破口を見出せる良い意味で手段を選ばない態度。
判断基準がはっきりしていると、解決すべき問題が抽出しやすくなる。人間は問題意識が明確であればあるほど、見えないものが見えるようになる。また、物事の取捨選択が容易になる。

気になる言葉

一つのものを目指すとき、途中で無理だと諦めるか、それとも、諦めずにこの方法がダメなら、また別の方法を探そうと実現できるまで考え続けるか。

(北の屋台|北の起業広場協同組合 坂本氏)

もし、頭の中だけで考えていたら、ダメだと断念して入り口にも入れなかったでしょう。例外的であっても実践すれば出口が見えてくる。

(クロマグロ完全養殖|近畿大学水産研究所 熊井氏)

(2)場の生成能力

人々を共感させる文脈を生み出し、チームのメンバーたちや顧客たちと文脈を共有する場をつくる

要旨

知の源泉である暗黙知をどこまで他者と共有し、巻き込めるか。モノではなくコトを通し、顧客と同じ感覚を共有する──共生感をつくることが重要。
他者に対して統制力や影響力を発揮するときのパワーのベースの一つであり、最も影響の大きい項目として「同一力」がある。専門知識を吸収する意欲、それをもって他者と対話する能力が「同一力」を発揮する大きなポイントとなる。
すべての現実は常に二項対立が伴うが、どちらかをとって妥協するのではなく、質を高める方向でバランスを取り続け、周囲にもそのために力を出すよう求めその気にさせる能力。それが結果的にチームに一体感を生じさせ、より大きな力を生む。

気になる言葉

(部活におけるレギュラー獲得と)仕事における成功と失敗も同じです。どこかで自分に妥協して、あとであそこで力を抜かなければと後悔したくない。紙一重の差だから妥協しないのです。

(新横浜ラーメン博物館 岩岡氏)

本当に質が高く喜んでもらえる製品をつくるにはデザイナーの自分が持っている材料では少なすぎる 〜中略〜 設計者も同じ仲間にしてしまおう。
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デザインがよければ機能は犠牲になり、機能がよければデザインが犠牲になる。どちらも正しい答えではありません。商品の本当のクオリティはデザインと機能のトータルバランスにある。

(デザイン携帯INFOBAR|KDDI株式会社 小牟田氏)

(3)知のリンクをはる能力

ミクロの中に本質を直観し、マクロの構想を描きながら、人々の知と知を結びつける

要旨

マクロとミクロをリンクさせるには論理を超えた仮説生成力(アブダクション的発想)がキーとなる。また、プロダクトの開発のリーダーにはさまざまな専門家を「個」として輝かせ、かつ「全体」を輝かせる知をリンクさせる能力が必要である。
自分が正しいと思うことに対する強い信念を小さな行為で表し、小さな努力を一つ一つ積み重ねていく。最新で思慮深く、日常的な問題に対して細部に至るまで準備、用心、気配り、注意力を持つ──その静のリーダーシップこそ、社内外を巻き込んだソーシャルナレッジクリエイションに繋がる。強烈な思いを秘めながら、マクロとミクロの両方を見ることのできるバランス感覚をもった人間が黒子的に当事者たちをリンクさせ、周囲の知を総動員してイノベーションを実現する。

気になる言葉

いくら頭がよくて優秀でも、自分の思考や知識の範囲から外れているものは、理論的におかしいと否定から入り、排除してしまう人は向きません。

(ヘルシオ|シャープ株式会社 井上氏)

ソニーは接触式について無知だった分、既存のしがらみや制約にとらわれず、どうしたらユーザーに便利だと思われ使ってもらえるようになるかを考えました。お客がこうしたいと思うやり方と、われわれがこれはいいとい思うやり方を合わせ、非接触ICカードのあるべき姿を描き、実装したのがフェリカでした。

(非接触ICカード技術フェリカ|ソニー株式会社 森田氏)


(4)感情の知

喜怒哀楽の感情の知をイノベーションの原動力として持つ

要旨

誰もが持つ挫折や苦しみ、悲しみの原体験をありのままに受け入れ、他者理解の土台にする。人間としての純粋さはひたむきさにつながり、仕事を成功させる執念になる。
また、怒りの感情は逆境を跳ね返し、壁を打ち破る原動力になる。

気になる言葉

ビジネスは常に変化する。ならば、システムも自在に変更させられるものでなければならないのではないか。
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ある企業では、導入を機にそれまで漠然としていた自分たちの目指す理想を改めて問い直すことになって揺れ動き、仕様がなかなか決まらないことがありました。それは、お手伝いをするわれわれにとっても、顧客に振り回されるのではなく、顧客を知り、顧客とともにつくり上げていくプロセスでもありました。

(株式会社ナチュラルシステムズ代表取締役社長 西氏)

(5)勝負師のカン

論理を超えた主観の力を取り戻し、勝負師のカンを磨く

要旨

客観的観点と主観的観点、この二つの観点は、どちらか一方ではなく両方のバランスがとれ、相互に行ったり来たり、スパイラルに回しながら、真理に限りなく近づいていくことが重要である。他人事のように外から眺める傍観者的な視点ではなく、現場で知覚を磨き、主観的な観点から理想を追求することが周囲に対する大きな説得力や納得性が生まれることもある。

気になる言葉

要は何のためにこの商品を開発するかです。ビールが苦手な人にも喜んでもらえるものをつくる。顧客から見れば、原料が麦芽であろうとなかろうとたいして関係ない。それが出発点でしたから、(もっと商品をビールに近づけろという意見に頷くのは)開発者として絶対に譲れませんでした。

(第三のビール「ドラフトワン」|サッポロビール株式会社 柏田氏)

問題は、技術者の満足と顧客の満足の間のズレでした。メンバーたちが言い訳をはじめたら、私はそれをさえぎり、もし、自分でこの車を買うとしたらどうだ 〜中略〜 車を楽しむお客の気持ちを軽視すべきでないと繰り返し話しました。

(ハイブリッド車二台目プリウス|トヨタ自動車株式会社 井上氏)

まとめ:ビジネス要件を達成するために大切なこと

本書を通じて、目的を果たすために大切なことを、私なりにまとめる。
※ここでの目的とは「イノベーションを起こす」ではなく、もっとコンパクトに「ビジネス要件を達成する」という意味。

目的を果たすために大切なこと。

まずは目的を忘れないこと。迷った時はそこに立ち返ること。
自分なりの「正しさ」や「判断軸」を持ちながら、常に謙虚であること。
「自分だけでは何もできない」と自覚し、知識を貪欲に吸収し続け、他者の意見を聞く姿勢で積極的にコミュニケーションをとり、プロジェクトを良い方向に向ける黒子に徹すること。

最終目的を共有した仲間と共に歩む道は、自分一人でがむしゃらに歩む道より各々の自発性を高め、組織を活性化し、社会を巻き込む大きな力を力を生む可能性を秘める。

仲間との協働は、各自の専門性を生かして成果物の質を高めるだけでなく、常に自分に新しい気づきをくれる。自分の目を曇らせず、盲目になった目を覚ますためにはそんな仲間の存在が必須。

だから他者を仲間にできる人は強い。

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