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半導体を制するものが世界を制する──『2030年半導体の地政学』読書感想文

現代の生活の中で「機械」と呼べるありとあらゆるものに半導体は利用されている。 〜中略〜 20世紀までのように道路や橋だけでなく、21世紀のインフラの主役は半導体である。

その半導体をめぐる国際政治と産業の変容を地政学の視点で考えていくのが、本書である。

(現代においては)陸と海を制するだけでは、優位に立つことはできない。覇権競争のもう一つの舞台が、デジタル情報が行き交うサイバー空間だ。
半導体の供給が断たれれば、産業は簡単に麻痺してしまう。サプライチェーンを支配すれば、経済を生かすことも殺すこともできることがわかった。

序文の締めの言葉の通りだ。
半導体を制するものが世界を制する。

では、この世で現在進行形で起こっている流れは、いかようなものか。


複雑な半導体のサプライチェーン

例えば金属や石油などの資源のように、産地と流通を抑えれば良いというわけではない。半導体の覇権争いを複雑化しているのは、その長いサプライチェーンだ。

本書で簡易的に分類されているだけでも、下記のような分野がある。

  • 半導体チップ(最終製品)

  • 設計ソフト

  • 要素回路ライセンス

  • 半導体製造装置

  • ファウンドリー

  • 製造後工程

  • ウエハー

交渉は条件的に優位な立場にあるものが、主導権を握ることができる。
21世紀において「優位な立場」とは、半導体供給のほぼ全行程を国内で網羅できることと同義であるといえる。

アメリカは、2020年時点で上記リストの半導体チップ〜半導体製造装置までのトップシェアを占め、半導体製造の主要技術のほとんどを握っている。
弱点は、製造分野であり、そこでバイデン政権はファウンドリーに強みを持つ企業TMSC(台湾)の国内への誘致などをはたらきかけているという。

半導体はできるだけ国内で生産し、政府がしっかりと監視しなければ危ない──。各国の政府は半導体産業を守る体制が脆弱であることに危機感を高めていた。

Ⅱ デカップリングは起きるか(p.65)

半導体を巡って揺れる世界

世界を制する力を持った半導体をめぐる覇権争いは、企業間ではなく国家間の問題だ。より優位な交渉の椅子を確保することは、経済面での国際競争力だけでなく、安全保障の命綱にもなる。
というか……アメリカがこの半導体の覇権争いというゲームボード上に「安全保障」をちらつかせていることで、その可能性がより顕になり、世界の自由貿易の秩序が崩れつつあると著者は指摘する。

きっかけはトランプ大統領が鉄とアルミニウムを対象に発動した米通商拡大法の232条だ。国家安全保障という名目のもとであれば、貿易を制限する手段が正当化されることが示された。これが、半導体に展開されたらどうなるか。ちなみにバイデン大統領もこの輸入制限はあえて手を入れずにそのまま引き継いでいるという。

半導体の供給遅滞で影響を受けるのは、今や産業だけでなくふつうの人々の生活だ。アメリカが半導体のサプライチェーンを自国内に確保した上で、半導体に232条を適用したら?
言うことを聞かざるを得ない国がたくさん出ることは間違いない。

のんびりに見える日本

この本を読むと、これからの世界を生き抜いていくためには他国が喉から手が出るほど欲しい半導体技術を持つことが重要であることがわかる。

トランプ政権に目の敵のようにされたファーウェイを擁し、世界中に自国所以の固有サプライチェーンを有する中国。その中でも最先端のデジタル都市、深圳。世界のデータの海底ケーブルの主幹地点となり仮想空間においてのアジア最重要の要衝となっているシンガポール。TSMCをはじめとするファウンドリー群が工場を構える台湾。
では、日本は? 半導体分野における現状の日本の強みは何なのか。

例えば、東京大学の黒田忠広さんの取り組みが挙げられる。
黒田さん自身が「半導体の民主化」と呼ぶものだ。

高い技術と人海戦術の両軸で戦うことのできる中国に対抗するには、現場ニーズに基づいた専用の半導体チップを、必要とする企業自らが設計できる仕組みをつくること──つまり「ソフトウェアを書くようにプログラミングするだけで、自動的に半導体チップがつくれるような自動設計ツール」が必要だという。
その知的財産(しかも比較的ニッチな用途)こそが、これから日本が半導体市場で優位性を獲得する可能性につながるのではないかと書かれる。
しかしこのくだり、その設計技術においても、現在進行形で世界がしのぎを削っているからちょっと心許ないけどね……という感もフワッと匂う。

本書を読むと半導体戦略は国家が総力を上げて取り組むべき最重要課題であるように思えるが、海外の動き比べると日本はのんびりしている感を感じざるを得ない。

シンガポールは本当に貪欲で強かだ。
本書に書かれるシンガポール経済開発庁(EDB)の動きは、多少のはったりを含めていたとしてもつねに日本の十歩十歩先くらいを見ている感を感じさせる。

「私たちは半導体メーカーだけでなく、グローバルな半導体バリューチェーン全体を見ています」
あるEDB幹部の言葉だ。EBDは2021年から25年までの研究開発ロードマップを描き終え、そのなかで政策的に注力すべきエレクトロニクスの技術分野を特定しているのだという。人件費が高く国土が狭いシンガポールに、半導体企業のすべてを呼び込むことはできない。だが、バリューチェーンの上で欠かせない特定の技術を厳選して、戦略的に企業を誘致することはできる。

Ⅷ 見えない防衛線(p.253)

果たしてシンガポールは当時どの分野に注目していたのか。答えは出ているはずなんだけど。
結局ファウンドリー企業の誘致に見えるんだけどな。誘致できること自体がすごいのだろうけど、誘致する企業の持つ技術に先進性や特殊さはあるのかな?(素人すぎてわかりません)

また、現代の半導体界隈の超絶発展スピードを匂わせる中国は深圳のくだりが圧巻。

深圳では試作品をつくる時間と労力が少ないため、浮かんだアイデアがすぐに形になる。企業の取引も速く、深圳での1週間はシリコンバレーの一か月に相当するといわれる。
〜中略〜
深圳のデジタル企業が日米欧と最も違う点は、製品、サービスを市場に投入するタイミングだ。開発過程でぎりぎりまで完成度を究め、満を持して発売するのではなく、いわば生煮えの状態で消費者の前に放り込まれる。

Ⅳ 習近平の100年戦争

このスピード感……考え方……とても勝てないなと思う。

半導体が変える世界の勢力図

日経新聞でこのような企画があったので、覗いてみた。

次世代パワー半導体の素材として注目を集めているというGaN(窒化ガリウム)のGaをはじめ、半導体に必要なレアメタルの原産地は、中国(と南米)にかなり傾斜しているような印象を受けた。

本書では技術面がメインに取り上げられているが、そもそもの原料獲得という部分においても各国の版図を揺るがす要素が当然あるのではないかと思う。

それぞれの持ち玉。
政府の政治的思惑。企業の経済的合理性による判断。
それぞれが絡み合い、静かに、しかし確実に大きな影響力を持って世界を揺るがす半導体市場。
国家間では安全保障の解釈までを駆使し、その先行きを読みながら企業は利益獲得のためにあざとく奔走する。
怖すぎるゲームだ。

あまりにも全世界的な影響力が強すぎるがために、その最先端の動きは決して口外されないし、一般人には見えない。
密かに、静かに、世の中のパワーバランスは今も変化しているのだろう。


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