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ダイエットとブリッジの絆で結ばれた仲良し三人組の友情とは?〜「アンティーブの三人の太った女」(サマセット・モーム)

イギリスの小説家・劇作家サマセット・モーム(Maugham,William Somerset 1874-1965)は、『人間の絆』『月と六ペンス』といった作品で世界的に有名な作家です。
モームは日本においても人気を博し、1959年に来日した際は大変な盛り上がりだったそう。(エピソードなどは日本モーム協会さんの「モームの来日(1959)」というページが詳しいです。)作品が広く読まれたほか、当時の英語教育においてモームの文章が盛んに用いられたこともあり、ある年代の人たちにとってモームはなじみのある作家なのではないでしょうか。

そして、モームはブリッジ愛好家としても知られており、日本コントラクトブリッジ協会さんのウェブサイトでも、そのトップページにモームの言葉が紹介されています。

「ブリッジとは、これまでに人間の知力が考え出した
最もおもしろく、最も知的なゲームである」
サマセット・モーム

そんなモームが執筆した作品の中に、ブリッジプレイヤーたちの友情を描いた短編がありますので、今回はこちらをご紹介したいと思います。

「アンティーブの三人の太った女」(The Three Fat Women of Antibes)

記事執筆にあたっては、2015年刊行の『ジゴロとジゴレット モーム傑作選』に収録されている「アンティーブの三人の太った女」(金原瑞人訳)を参照しました。

あらすじ

裕福だがぽっちゃり体型に悩む40代の女性であるベアトリス・リッチマンとアロー・サトクリフ、フランシス・ヒクソン(フランク)の三人は、保養地で医者の指導のもとダイエット合宿に取り組んでいた。三人の共通の趣味はブリッジ。その熱心さは世界的ブリッジプレイヤーのゲーム理論を持ち出してゲームの内容を語り合うほどだったが、いつもブリッジの「四人目」が見つからないことも悩みのタネだった。

ダイエット合宿を終えると三人は南仏の保養地・アンティーブで別荘を借り、バカンス兼ダイエットの自主合宿をすることにした。しかし、こちらでも相変わらずブリッジの「四人目」が見つからないので、フランクのいとこの妻であるリナ・フィンチを二週間、別荘に招くことにした。リナは夫を亡くしたばかりだったので、励ましも兼ねてのことだった。

ところが、リナは思ったよりも落ち込んでおらず、見た目は平凡なルックスに色白で痩せているのに食欲旺盛。おまけにブリッジも強くて、記録を取るノートにはリナの勝ち点ばかりが増えていく。三人がダイエット中にもかかわらず目の前でカロリー豊富な食事を摂り、ブリッジでも勝ちまくるリナを前に、仲良し三人組は大切に育んできた友情をギクシャクさせていく。

そして二週間が過ぎ、リナはブリッジで勝った賭け金を巻き上げ、別の友人に会うため別荘を去った。リナを駅で見送り、街に戻ったフランクはそこでベアトリスとアローに出くわすのだが……

読む時のポイント

冒頭、二度の離婚歴があるアローが「三人目の男」を探したいと寡婦のベアトリス、40歳を過ぎても独身のフランクに話すと、フランクが「彼氏がブリッジができるかどうかだけは確かめてね」と会話するシーンから始まりますが、この三人は「そろってあきれるほどブリッジが好き」で、その日の療養が終わるとブリッジをするのがお決まりです。ゲームをするだけでなく、お互いのプレーについて三人で議論するのも好きで「イーライ・カルバートソンやハル・シムズの理論を持ち出して相手を批判」するのだとか。

「イーライ・カルバートソン」は当方のnoteではエリー・カルバートソンの表記で紹介しているブリッジ界のレジェンドプレイヤーです。(訳者あとがきにも「ブリッジの世界ではエリーと発音するのが一般的であるようだ」と書かれていますが、それならどうして「イーライ」にしたんですか金原先生…)
また、ハル・シムズは、おそらくエリーやシドニー・レンツオズワルド・ジャコビーと同時代に活躍したPhillip Hal Sims (1886-1949)のことと思われます。ハル・シムズについてはWorld Bridge Youth Newsのブログ記事が詳しいので興味のある方は参照してください。

そうした記述からも分かる通り、相当ブリッジをやり込んでいる三人は自分達のレベルについてこられる「四人目」探しにいつも難儀していました。

ところが、リナは今までの「四人目」とは全く違いました。リナが三人と合流して初めてブリッジをする際、アローが「ヴァンダビルト派? それともカルバートソン派?」と尋ねるとリナは「流儀はどうでもよくって」と答えます。(ヴァンダビルトはコントラクトブリッジのルールを完成させた立役者であるハロルド・バンダービルトのことです。)「いってみれば、直感派かな」と答えるリナに「わたしはカルバートソン派よ」と「むっとして」答えるアロー。初っ端から雲行きが怪しくなります。
「流儀はどうでもいいって⁈ 思い知らせてやる」「このよそ者を徹底的に痛めつけてやろうと心に決めた」と意気込んだ三人でしたが、リナのブリッジのセンスの良さに脱帽し、最終的には打ち解けることができました。

ですが、三人は夫を亡くしたばかりのリナに気を使う一方で、リナがダイエットに適さないごちそうを美味しそうに食べる様子を見て、ダイエットに挫折しそうになっていることを話しているうちにケンカになってしまいます。その上、お決まりのブリッジをしても、ポストモーテム(ゲーム終了後の検討会)で互いに攻撃し合うようになってしまいます。

この作品の面白いところは、「コンプレックスを刺激する存在の登場によって人間関係が崩壊する」様子を描いているところだと当方は思います。
この三人の太った女性は「自分が太っていることに劣等感を感じずにいられる」ことと「ブリッジの実力と知識のレベルが釣り合っている」ということでつながっている関係です。
ところが、リナはスリムな体型である上に、ブリッジの理論もろくに知らないのにゲームセンスはピカイチ。「痩せるために食事を我慢すること」もなければ「ブリッジの勉強もなしにゲームで勝ちまくり」なんて、三人の立場を思えばなんて嫌味な登場人物なのでしょうか。

特にアローは、冒頭で彼女が他の二人を好いているのは「自分より太っているから」と明言されており、独身生活に不満がない他の二人と違って再婚も考えているアローは自分が「女」であることを捨てていません。そのため、アローは「(リナを)呼ばなきゃよかったのに」「あの人が豚みたいに食べるのをながめるなんて、無理」と愚痴をこぼしてしまいます。
また、作中に記述がある通り三人のうちでブリッジが一番強いのはアローで、ブリッジの「流儀」をリナに尋ねていたのもアローでした。「男性にモテるためにダイエットを頑張っている」だけでなく、「ブリッジの最新理論も学んでレベルの高いブリッジをしている」というアローのプライドを、リナは見事に打ち砕いているのです。

ブリッジを知らない人が読むと、この作品は単なる「太ったおばさんたちのダイエット奮闘記」と読めてしまうかもしれませんが、ブリッジの場面に見られる三人のブリッジに対する見識の高さと「直感」で勝利してしまうリナの無神経さを理解できると、この作品の解釈がより深いものになると思います。
そのあたりは、モームの小説家としての技量だけでなく、ブリッジの愛好者として「ブリッジプレイヤーの気持ち」をよく理解していることが、この作品で生かされているのではないかと思いました。

当方が書いた「あらすじ」では結末をあえて書いていませんが、街中で再会した三人は一体どうなったことでしょうか。是非、作品を読んでみてくださいーではー。

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