見出し画像

ブリッジ愛好家で知られる小説家アガサ・クリスティの作品の中からブリッジが登場するものを探してみた(1920〜30年代編)

前々回のエラリー・クイーン、前回のサマセット・モームに続いて、今回も国立国会図書館デジタルコレクションを利用してブリッジが出てくる文学作品を探してみようという記事です。
今回はミステリ作家アガサ・クリスティ編です。クリスティはブリッジ愛好家としても知られ、特に『ひらいたトランプ』という作品はブリッジが登場する小説として非常に有名です。ですが、今回調べてみたところ、『ひらいたトランプ』以外にもクリスティ作品にはブリッジが登場する作品が多くあることが分かりました。ほんのワンフレーズ出てくる作品からストーリーに大きく関わるものまで様々ですが、一つの記事で紹介するには少々数が多かったので、1920〜30年代編と40年代以降編の2回に分けてご紹介します。

クリスティの作品の中にはイギリス版とアメリカ版でタイトルが異なっている作品もありますが、この記事ではイギリス版のタイトルを優先して表記します。また、邦訳タイトルは出版社ごとに異なる場合があります。Amazonで購入して読むことができる書籍へのリンクは入手しやすそうなものの一例です。なお、ご紹介するタイトルの中には、国立国会図書館デジタルコレクション以外の情報源から調べたものも付け加えています。

「The King of Clubs(クラブのキング)」1923(『The Under Dog and Other Stories』1951に収録)

この作品は名探偵ポアロシリーズの短編の一つです。とある家族が家でブリッジをしていると、突然血まみれのドレスを着た女が入ってきて「殺人よ!」と叫ぶなり倒れ込んでしまう。その隣にある別荘では男の死体が発見され…。
タイトルにあるように、「クラブのキング」のカードがこの事件を解決するヒントになっています。

「The Submarine Plans(潜水艦の設計図)」1923(『The Under Dog and Other Stories』1951に収録)

こちらもポアロシリーズの短編。政府当局より最新鋭潜水艦の設計図が盗まれたので取り戻して欲しいと依頼を受けたポアロが調査に乗り出す。
この作品では、登場人物の夫人がブリッジ好きであるという記述があります。
(上記2作品とも邦訳は『ポアロの事件簿2』(東京創元社)もしくは『教会で死んだ男』(早川書房)に収録されています。)

『The Man in the Brown Suit(茶色の服の男、など)』1924

イギリスの考古学者の娘アンが「茶色の服の男」の謎を追う冒険活劇。
ある登場人物の日記の中に「自分が好きなもののひとつがブリッジ」という記述があります。また、船の中でブリッジをしている乗客に関する記述があります。
(現在新刊で入手できる書籍はジュニア文庫のものぐらいしか見つかりませんでした。アニメ絵柄のカバーにびっくり…。)

「Finessing the King(キングを出し抜く)」1924(『Partners in Crime(おしどり探偵、二人で探偵を)』1929に収録)

こちらはトミーとタペンスの夫婦探偵が主人公の短編集。こちらに収録されている作品の一つにブリッジの用語が用いられているものがあります。ブリッジプレイヤーの皆様ならお気づきかと思いますが、タイトルに「finesse(フィネス)」というブリッジ用語が入っています。

物語はタペンスが謎の新聞広告を見つけるところから始まります。

「わたしはハート三枚で。十二回。スペードのエース。キングを出し抜く必要あり」

『おしどり探偵』(2004 早川書房)p.110

この広告の訳文ですが「ハート三枚で」とあるのはおそらく原書だと「3Hearts(3♡)」ではないかと思われます。別の書籍でも同様の誤訳を見たことがありますが、ブリッジを知らない翻訳者が「数字にトランプのスート(マーク)の複数形だから、このスートのカードがこの枚数あるのだな」と勘違いしてしまったのではないかと推測します。そうでないと、「フィネス」という用語があるとはいえ、続くトミーの「ブリッジを習うには金のかかる方法だな」のセリフにつながらないと思います(トミーがこの謎の文章を聞いて「ブリッジ」の話だとピンときているので)。校正者はともかく、編集者はちゃんとブリッジのルールを知っている人に表現を確認してくれよ、と思うのですがね…。いずれ原書を確認してみたいです。

(『二人で探偵を』は東京創元社版の邦訳タイトルです)

「The Sign in the Sky(空に書かれたしるし、など)」1925(『The Mysterious Mr Quin』1930に収録)

名探偵ハーリー・クィンが主人公の短編集に収録されている一作。
紳士階級の若者がある若い夫人を殺害したとして有罪判決を受けた。しかし、その裁判を傍聴したサタスウェイトは疑問を抱き、クィンに事件のことを話すと真犯人が導き出されることに。
殺人事件が起きたとき、被害者の夫にはブリッジパーティに出かけていたというアリバイがあります。
(日本語訳は『ハーリー・クィンの事件簿』『謎のクィン氏』などに収録されています)

『The Murder of Roger Ackroyd(アクロイド殺し)』1926

裕福な未亡人が殺される事件が起こり、さらには彼女の再婚相手と噂されていた資産家アクロイドまで殺された。行方不明になっているアクロイドの遺産の相続人に容疑かかる中、名探偵ポアロに調査依頼が舞い込んで…。
作中、登場人物たちが麻雀パーティをするシーンがあるのですが、「いつもはブリッジをしているが、麻雀の方が激しい言い合いにならなくていい」といった趣旨の記述があります。
また、この作品を戯曲化した「Alibi(アリバイ)」(マイケル・モートン執筆による、1928より上演)では、冒頭で登場人物たちがブリッジをするために集まることになっています。

『The Seven Dials Mystery(七つの時計、など)』1929

ロンドン警視庁のバドル警視が活躍する『The Secret of Chimneys(チムニーズ館の秘密)』(1925)の続編。チムニーズ館に宿泊していた若い外交官が変死を遂げる。そこには七つの目覚まし時計が。さらに、秘密結社「セブン・ダイヤルズ」との関連は?
この作品では、チムニーズ館を2年の契約で借りていた鉄鋼王オズワルド・クートと妻や秘書、宿泊客がブリッジをしています。

『The Sittaford Mystery(シタフォードの秘密、など)』1931

シタフォード村で行われた降霊術会で、シタフォード荘の所有者である海軍大佐の死が予言された。そしてそれは現実のものとなり…。
登場人物のウィレット夫人はブリッジが好きで、しばしば「ブリッジをしましょう」と提案する場面があります。

「A Christmas Tragedy(クリスマスの悲劇)」(『The Thirteen Problems(米:The Tuesday Club Mystery, 火曜クラブ、ミス・マープルと13の謎)』1932に収録)

聡明な老嬢ミス・マープルが主人公の短編集。メンバーが過去に関わった事件の話を披露し、皆で推理し合う「火曜クラブ」で語られる事件の一つに、ブリッジパーティ中に起こる殺人事件の話があります。

『Lord Edgware Dies(エッジウェア卿の死、など)』1933

富豪のエッジウェア卿が殺された。彼は元女優の妻と離婚係争中で有力な容疑者だったが、彼女にはアリバイがあった…。妻側から離婚の相談を受けていたポアロが推理に挑む。
ポアロが推理を進める中で、登場人物と会話をする際、ものの例えにブリッジを引き合いに出します。「あなたがブリッジをしている時に手札を晒すのはいつですか」と問われても、ブリッジをやっていない人には全くピンとこないでしょうね…

「Death on the Nile(ナイル河の死、など)」1933(『Parker Pyne Investigates(パーカー・パインの事件簿、パーカー・パイン登場)』1934に収録)

こちらは「悩み事相談」の依頼を受けて問題を解決するパーカー・パインが主人公の短編連作集です。パインは官庁で統計を取る仕事を35年していたという経歴の持ち主で、新聞広告を見てパインを訪ねる依頼者たちの悩みを解決していきます。
その短編の一つに、ナイル河クルーズの船内が舞台となる作品があり、パインが他の乗客とブリッジをした、という記述があります。
(ちなみに、名探偵ポアロシリーズの『Death on the Nile』とは関係ありません。)

『The ABC Murders(ABC殺人事件)』1936

名探偵ポワロのところに「ABC」と名乗る人物から謎解きの挑戦状が届く。すると、その挑戦状通りに殺人事件が起こってしまい、ポアロたちは捜査に乗り出す。
この物語の冒頭で、ポアロとヘイスティング、ジャップ警部が雑談がてら「どんな犯罪を推理したいか」を言い合う場面で、ポアロが「5人でブリッジをしている間に、そのうちの一人が殺されるというような内輪で起こる犯罪」を注文したいと発言します。それってもしかして、この次に紹介する作品の話ですか?っていうね…。

『Cards on the Table(ひらいたトランプ)』1936

ブリッジファンにはおなじみの、「ブリッジをしている間に殺人事件が起こる」名探偵ポアロシリーズの一作。(先述の『ABC殺人事件』でポアロが注文した事件にそっくりなのです。)
本文にはブリッジのスコア表が挿入され、事件が起こった間にどのようなゲーム展開があったかが事件解明のヒントになります。

『Death on the Nile(ナイルに死す)』1937

資産家の女性が結婚をし、夫と新婚旅行をするため友人らと共にエジプトを訪れる。しかし、ナイル河クルーズの船内で資産家の女性が殺されてしまい、偶然エジプト旅行に来ていた名探偵ポアロが推理に挑むことに。
この作品では、乗客たちが船内でブリッジをして時間を過ごす場面があります。
(ちなみに、この作品は2022年に公開された映画「ナイル殺人事件」の原作です。それに合わせてか2020年に新訳版が出版されたようです。コロナの影響で映画公開が予定より遅くなったんですよね…)

というわけで、ブリッジが出てくるクリスティ作品1920〜30年代編でしたー。ブリッジが大流行した20世紀前半に出版された作品にブリッジが登場する作品が多いことにも納得しますが、クリスティが若い頃からブリッジを嗜んでいたことを思うと、これだけブリッジの描写が頻出していることからその愛好者ぶりを感じられるような気もします。次回は1940年以降編ですーではー。

この記事が参加している募集

海外文学のススメ

サポートはコントラクトブリッジに関する記事執筆のための調査費用、コーヒー代として活用させていただきますー。