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趣味の備忘録・・名古屋にSLが走った日

「十年一昔」というが、感覚的にはそんな昔の事には思えない。「そんな事もあったねぇ・・」とは思いながらも、「そんな前だったっけ?」と思う位最近の事の様に感じている出来事です。年を取った証拠かな・・

現在私が住んでいる名古屋市。ここで現在も首長を務める河村たかし市長の構想で当時良く目にしたフレーズ、「名古屋を鉄道の聖地に」
その構想のひとつとして、名古屋市内を走る名古屋臨海高速鉄道、通称あおなみ線でSLを走らせるという計画が持ち上がり、今から10年前の2013年2月16~17日、実験走行が行われた。

使用機関車、車両は当時「SL北びわこ」等で使用されていたC56と12系客車。そして後方牽引用の機関車にDE10をJR西日本から借り、あおなみ線の名古屋駅~小本駅・名古屋貨物ターミナルを往復するというルート。
1日3往復、計2日間で一般客の動員は試乗車数合計1200人に対し試乗応募人数は12万人以上、観覧車数は延べ43,440人という大盛況のイベントとなった。

ちなみに、名古屋臨海高速鉄道あおなみ線は名古屋駅から同市港区の金城ふ頭駅まで約15.2kmの路線。
名古屋~名古屋貨物ターミナルまではかなり前から貨物線として存在しており、これを旅客線化し、金城ふ頭までの区間を新設して2004年10月に開業。小本~金城ふ頭間は全て高架線だが、この高架線は実際に走行するステンレス製の車体重量までしか想定されておらず、SL+客車という重い車体が走る想定でつくられたものではない。
SL走行区間が途中の小本駅・名古屋貨物ターミナルまでという中途半端な距離だった理由は車体の重量に対応できる区間が限られていたからである。

走行経路などの詳細はこちらを
(名古屋市HPから当時の概要を記録したPDFを抜粋)

では前置きはここまでにして、ここからは当時の画像をUPします。

まずは運行日の前週2月11日、所属先の京都梅小路機関区から使用機関車と客車が回送された時の記録。清州駅にて。
JR貨物所属のEF66が使用車両を牽引。電気(EL)・ディーゼル(DL)・蒸気(SL)と、動力の全種類が揃った機関車と客車の編成。
今後こんな組み合わせを見る事ができるだろうかというくらい貴重な記録。

なお上空からは取材のヘリの音が・・ このイベントはファンはもちろんの事、
この地域周辺でもかなり関心の高い出来事 だった事が窺える。


そして試運転や関係者の試乗会を経て一般客の実験走行当日。仕事の関係で私が見に行けたのは2/17のみだったが、その時の様子を・・

当日は走行するSLを見る事ができる場所が観覧エリアとして定められており、市のHPや情報誌等で事前に告知されていた。(上の路線図を参照)
そこへ向かう手段として、名古屋駅で結構積極的に呼びかけていたのが途中まであおなみ線のすぐ横を走る近鉄。
JR名古屋駅の改札内南側(広小路口改札近く)には近鉄との連絡口があるのだが、その周辺には「SL観覧箇所へは近鉄で米野駅、黄金駅へ」みたいな感じの手製のポスターが貼られていた。
それに釣られ近鉄に乗り名古屋から2つ先の黄金駅へ。ちょうど列車が来るタイミングと重なったので、黄金駅のホームにて数枚記録。


指定観覧場所のひとつであるささしまライブ24地区へ移動。
イベント会場も設けられ、かなり広々としたスペース。

名古屋駅を象徴するJRツインタワーとミッドランドタワーが背景となる、結構良いロケーションだったのではないかと思う。
前日に新聞などでもこの写真が挙げられていたので「結構いいんじゃね?」という事で、おそらくは前日より見物客は増えたのではないだろうか。
しかも三脚や脚立の使用にもお咎めは無かったので、広いとは言いながらも結構ぎゅうぎゅうだった記憶が残っている。ここで復路、往路を1本ずつ撮影。

現場の混み具合を考えると正直今回は撮影者や機材などが構図に入ってしまうのはやむなしと思っていたので、 曇っていたのが残念だったが(しかも、この後の午後の方が天気は良かったし・・) 思っていたよりマシな感じでは撮れたかなと思っている。

もうひとつの観覧場所である九重地区へ移動。
先程のささしまライブより線路が近い。しかしSLが走る線路の手前に障害物と言ってはいけないだろうが機関車(DD51)が1台が鎮座している。
観るだけの目的やスマホで撮るのであればこっちの方が良かったのかもしれない。こうなるとDD51をかわすより一緒に撮った方が良いのではないかと思い。往路便はこんな感じにしてみた。

名古屋駅に戻る復路便はこんな感じで。普通に撮っても面白くないので人の集まり具合がわかる感じにしてみた。

撮影はこれで終了。

大盛況に終わった実験走行の2日間だったが、結局この試みは今後の継続に繋がる事はなかった。
だが実現に至るまでの様々な諸事情を考えれば実験走行とは言え公約が形になっただけでも本当に凄い事だと思うので、鉄道ファンの一人としてはこの試みを実現させた関係者の方々には感謝の気持ちでいっぱいでございます。

そしてこの記事を書いたのが2023年5月。この時点で今回UPした画像の構図に入っていたキハ85系はもうすぐ定期列車としての役割を終えようとしているし、DD51は既に引退している。そう考えると写真としての出来栄えは決して良いものではないが、後になって「こんな事もあったなぁ・・」と思い返す備忘録としては貴重な記録を収められたのではないかと思っている。
(記事を書いた自分が言うのも変な話ですが・・)

今回はここまで。お付き合いいただきありがとうございました。

おまけ
当イベントで走行したC56が言わば「本職」として走行していた時の記録、
「SL北びわこ」の記事をリンクしておきます。


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