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プレーヤーを有機的につなげてビールの里をひとつのチームに #019上西尚宏 #020田村淳一

田村淳一
Tamura Junichi
株式会社BrewGood 代表取締役 / 株式会社遠野醸造 取締役

プロフィール
和歌山県田辺市出身。大学卒業後、リクルートに入社。新規事業の立ち上げや法人営業に携わる。2016年に退職し、遠野市に移住。2017年に株式会社遠野醸造を設立し、2018年5月に醸造所併設のパブ遠野醸造TAPROOMをオープン。また、2018年10月、株式会社BrewGoodを立ち上げ、ホップとビールによるまちづくりの推進、新たな産業創出を行っている。遠野市在住歴4年。

上西尚宏
Jonishi Naohiro
遠野市地域おこし協力隊

プロフィール
北海道旭川市出身。美大卒業後、フジテレビでテレビ番組のCGデザインを担当。その後、デザイン事務所を経て、大手IT企業でモバイルコンテンツの企画開発に携わる。2006年に独立。東京・渋谷の宮益坂に美容室、リラクゼーションサロンを開業し、店舗経営とプロデュースを行う。2018年、遠野市に移住。地域おこし協力隊として株式会社BrewGoodにてビールの里プロジェクトに携わる。遠野市在住歴2年。

「2018年2月に『会社作ります』とSNSで宣言したんです」

宣言したのは田村淳一。その頃は、遠野市のビールの里構想の加速度が増し、各プレイヤーがどんどん動き出していった時期でした。吉田と浅井がBEER EXPERIENCE株式会社を立ち上げようとしていて、遠野ホップ収穫祭の参加者も年々増えていった頃です。

田村も遠野醸造の立ち上げに参画していた時期で、プレイヤー個々の動きを見れば、順調とも言える状況だったかもしれません。

しかしその一方で、田村は危機感も感じていました。

「もともと浅井さん、吉田さんと僕でビールの里構想全体のことを考えていたのに、それぞれの事業に散らばってしまっている状況。なので、全体のマネジメントをする会社を作らないといけないなと考えていました」

同時に、遠野市もビールの里の取り組みを加速させるため、地域おこし協力隊としてプロデュースできる人材の採用を検討していました。全体マネジメントをする会社である株式会社BrewGoodを田村が立ち上げ、そこに地域おこし協力隊として採用された上西尚宏が仲間として加わることになったのです。

もう一度、遠野市が目指している方向を共有し、舵を取り直す。それが株式会社BrewGoodの立ち上げの意味するところでした。

遠野なら自分の力が生かせるかもしれない

「新卒でリクルートに入社したんですけど、そのときから地域の仕事をしようと思っていたんですよ」

田村が生まれ育ったのは和歌山県の人口3000人ほどの村(現・田辺市)。大学進学で地元を離れたものの、実家に帰ると、田舎であるがゆえに不便であったり、インフラ整備の負担が増えたりといったことをより意識するようになりました。

実家も地元の友だちも、強い地元愛を持っている一方で、田舎ならではの苦しさを抱えている。自分はそんな人たちのために働く。そう考えるようになっていったのです。

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リクルートでは、地方でのビジネス立ち上げを経験。その後、首都圏での法人営業を担当することになりました。営業成績はトップクラスだったものの、片目が正常に見えなくなってしまうほどの激務の時期もあり、改めて自分の仕事について考えるようになりました。

「自分がやりたかったことに軌道修正しよう」

そう考え、リクルートを離れようと決意して仕事に取り組んだ結果、年間表彰されるほどの成果も出しましたが、田村は地方での仕事を模索し始めます。

働く場所は東北でと考えていました。震災後に気仙沼に行って、海を見たことがそのきっかけ。

「気仙沼の海の景色が地元の海とだぶったんです。地元の沖には南海トラフがあって、いつか大地震が起こると言われている。そのときのために、自分が何かできる人になっておかなければいけない。であれば、東北に身を置かなければ、と」

ちょうどそう思っていたところに、遠野へ来ないかという誘いがありました。田村は以前から東日本大震災の被災地にフィールドワークで訪れており、その人脈から遠野の話を聞くことができたのです。

遠野では、起業を支援して街の産業を作ることで地域課題を解決しようと動いており、それはまさに田村がリクルートでやっていたことでもありました。ここなら自分の力が生かせるかもしれない。キリンビールも関わっていて、もしかしたら自分が考えている以上にすごいことができるかもしれない。

田村は実際に遠野を訪れて、遠野で働くことを決断。その日は、リクルートの上司と約束した、会社を辞めて地方に行く決断をする期限まであと4日。2015年12月27日のことでした。

先へ進むことで気づいた危機感

遠野へ移住した当初は、ビール以外の仕事がメインでした。ビールに関しては、太田と袴田を採用し、遠野醸造を立ち上げるインキュベーターとしての立場。割合としては全体の3割程度しかビールには携わっていませんでした。

しかし、遠野醸造に関わっていくことで、田村は徐々にビールへと引き寄せられていきます。

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遠野醸造を立ち上げるときに、太田と袴田から一緒に役員として入ってほしいと言われたんです。そんなことは考えていなかったんですけど、すごく嬉しくて。ちょうどこの頃からビールに対するコミットメントが変わっていったんです

田村がビールへの関わりを強めるきっかけとなった出来事のひとつは、アメリカでの起業家とのフィールドワーク。醸造所を立ち上げるという話をすると、アメリカの起業家はみんなポジティブに応援してくれる。ビールは日本だけのものではない。世界が広がっていくという感覚が田村に芽生えるようになりました。

さらに、2017年12月には浅井に誘われて、ドイツへのホップ栽培の視察にも同行。いかに日本のホップ栽培が遅れているかを目の当たりにしました。浅井が田村を誘ったのも、もっとビールに関わってほしいという考えがあってのことだったのでしょう。

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ドイツで浅井さんから熱く語られたんです。もっとビールにコミットしてほしい、遠野ホップ収穫祭の実行委員長もやってほしいし、田村さんがやるべきだと。自分としても、遠野醸造にも関わっているし、アメリカで感じたこともあるし、やりましょうと」

また、翌月アメリカのポートランドを訪れ、ビールでの街づくりを視察。遠野が目指すのはこれだと思い、遠野に関わる仕事はすべてビールにフォーカスすることにしたのです。

そこで感じた危機感が、全体のマネジメント不足。株式会社BrewGoodを設立し、その役割を一手に引き受けるようになります。

デザインは相手の思いを具現化する仕事

株式会社BrewGood設立後、もうひとりのプロデューサーとして合流したのが上西。プロデューサーという役割ではありますが、上西はもともとデザイナーでした。

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美大卒業後は在学中から関わっていたテレビ局でCGの制作を担当。その後はデザイン事務所でグラフィックデザインやウェブデザインに関わり、IT企業で企画開発やプロデュースの業務にも携わっていました。

「デザインで制作の経験をして、IT企業で企画からフィニッシュまで一連の流れを見ることができて、会社で学ぶことはもうそんなにないだろうなと思ったんです」

そして、自分の力を試してみたいと思い、美容師である妻と美容室を開業することになります。妻は現場で働き、上西はそのサポートや周辺を整えるといった役割分担。独立して10年は続けられれば、どこで何をやっても大丈夫だろう。そう考えながら、いつのまにか10年が経っていました。

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ただ、そこから先どうするかは考えておらず、開業して10年経ったのをきっかけに、妻の両親が盛岡在住だということもあり、岩手県での仕事を探すようになります。しかし、上西にとって心惹かれる仕事がなかなか見つからず、いつのまにかそれから2年が経っていました。

そんなある日、SNSを見ていて目に留まったのが、遠野市の募集。

このプロジェクトは僕を必要としているんじゃないかと、そんな思いで勝手に思っていました。不思議と採用されそうだな、という根拠のない自信もあって」

ビールの里プロジェクトとしても、プロデューサーの募集でありながら制作もできる人が来てくれればという希望がありました。それを考えると、上西は願ってもない経歴の持ち主だったと言えるかもしれません。

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上西がデザイナーとして大事にしていたのは、相手をいかに光らせられるかという視点。デザイナーとしての仕事はアートのように自分の意向を出すのではなく、相手の思いを具現化して課題を解決していくこと。

「ただ、相手の主張が全て正しいのかどうかは見極めないといけない。相手の思いをただ聞くだけでなく、デザイナーとして逆に提案することもあります。ローカルでの仕事は、そういった提案も多くなってきますね」

ビールの里をプロデュースしていくには、これ以上ない人材。プロジェクトを俯瞰し、より加速させていける体制を整えることができました。

みんなの夢をより具体的に落とし込む

株式会社BrewGood設立後、田村と上西はビールの里構想のプロデュース関連業務を引き受けることに。遠野ホップ収穫祭のコーディネートや予算設計、クラウドファンディングなども株式会社BrewGoodが実行するようになりました。

そして、今後は遠野にとって重要な課題に取り組んでいくことになります。ビールの里を具現化していくために何が必要なのか、安定した農業にしていくにはどうしたらいいのか。どんな体制にするのか、財源はどう確保するのか。

また、ビールの里構想は遠野の課題解決でもあり、日本のビアカルチャーを変えていくというチャレンジでもあります。そのために必要だと考えているのが、「持続可能なホップ農業」「高品質なホップ」「醸造技術が学べる場所」「地域から醸成するビアカルチャーの追求」の4つ。

遠野のプレイヤーたちは、「遠野に来ればビールについて何でも知ることができるようにしたい」と考えています。みんながそのひとつの夢を共有できていることは素晴らしいことですが、具体的に何をすればその夢が達成できるのか。それを考えているのが株式会社BrewGoodであり、やるべきことがその4つなのです。

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遠野市のビールの里構想のおもしろいところは、ひとつの組織が主導して動いているわけではないということ。遠野市が主導しているのではなく、キリンビールでもない。株式会社BEER EXPERIENCEでも株式会社BrewGoodでも、ホップ農家でもない。

それぞれが有機的につながって、ひとつの方向を目指しています。ビールの里プロジェクト全体がひとつのチームのようになって進んでいく。そのチームをどうやって運用していくかが、田村と上西に課せられたミッションなのかもしれません。



ホップの里からビールの里へ VISION BOOK


富江弘幸
https://twitter.com/hiroyukitomie

企画
株式会社BrewGood
https://www.facebook.com/BrewGoodTONO/
info@brewgood.jp

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