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突然わきあがってくる、結晶化されてない感情のこと

春がくるたび、いつも思い出す、
中一の春の日。

4月のあたたかい晴れの日で、
わたしは校庭にいて、
昼休みが終わる頃?
フェンスの前にいて、隣に友達はいない。

ひなたがまぶしくて、
あたたかい風がふわっと吹いて、
その風に包まれたとき、
ひかりの粒子に包まれるかのように守られ、

守られると気持ちはやすらぎ、
一気にこみあげてくるような強烈な明るい幸福感を感じた。

時間にして
1分くらいのもので、

その前に、大好きな先輩と目が合ったとか、
先生にほめられたとか、
一切そんなことはない。

ただ、いきなりあたたかい光の粒子に包まれ、
ああ、幸せだなとしみじみ受け止めた瞬間。

贔屓にさせていただいているぷるるさんの記事でも、
同じような感覚に陥ったことがあると書かれていて、

やはり、
言葉を持たないもう一人の君は、
この瞬間のすばらしさを、
伝えてくれてるんじゃないかと、
大人になったわたしは思う。

もうなかなか、頭が優勢になると、
こんな貴重な瞬間を味わうことはないから。


花粉症もなかった。

https://note.com/pururu69/n/nbbadb4d37f9e?magazine_key=m9d489b0448c8


わきあがってくる結晶化されていない感情。

幸福感のような、
言葉に置き換えがたい、ありがたい一瞬もあれば、
反対につらい感情が、わっとわきあがってくるケースもある。

小三の夏休み、三つ下の男の子のいとこと、
和歌山のおばの家で一週間ほど、
滞在することになったときのこと。

はじめはそりゃもう楽しくて仕方なかった。

田舎の海沿いの町に暮らしていたものだから、
和歌山でもその頃のわたしにとっては都会。

年上の、足が長くて細い、親戚のお姉さんがいて、
バレエ漫画の「SWAN」とか読ませてもらえて、
少しばかり大人になったような気持ちもして、
最高に楽しかった。
最初の三日間くらいは、、、

突然やってきた負の感情。

わたしは市民プールに連れてきてもらっていた。
ひとしきり泳いで、
プールからあがり、走ってどこかに行こうとしていたとき、

突然、
信じられないような
胸をふさぐような、
重たい憂鬱感が全身をすっぽりと覆った。

いきなりのことで戸惑ったが、言葉を持たない感情でも、
小三のわたしでも、
すぐにその正体はわかった。

「ホームシック」

わたしは突然、ホームシックにかかってしまったのだった。

気持ちに素直に、
「今すぐうちに帰りたい!」
とうったえることができる子供ではなかったので、
その、息苦しいような憂鬱感と一人ずっと戦っていた。
大人たちを、困らせては、泣いてはいけないと思っていた。

それから二日後くらいに、
男の子の父親、つまりわたしの叔父が迎えに来てくれた。

翌日、やっと田舎に帰れるといった夕食の時間、

その日わたしはグリーンと茶色のボーダーのTシャツを着ていた。

当時警察官のトップまでいった格式高いおじさんは、
ビールを飲んでいたからか、ご機嫌だったからか、
にこにこ笑いながら

「カイトちゃん、カエルみたいやね。今日の服」

と言った。

わたしはカエルみたい、と言われたことはちっともイヤではない、
腹も立たない、侮辱されたとも思っていない。

でも、
ホームシックで辛かった泣き場所をずっと探していて、

「きた、これー!」

と、一瞬にして便乗して、
思いっきり泣いた。

「うわぁぁぁぁ」

と、泣き叫んだ。

カエルなんて言われたことはちっとも悲しくなかったけれど、
ついでに、

「カエル、カエルって言うたー!」

と、泣く理由をすべておじさんのせいにして。

和歌山のおばはなだめ、
いつもはそんな口数の多くないおじさんは、
放ってしまった失言にどんよりし、

最後の夕食はカオスと化してしまった。

翌日、
おじさんの車で田舎に帰ったのか、
電車で帰ったのか、
まったく記憶がない。

ただ、
それ以降、厳格なおじさんはわたしに話しかけてこなくなった。

ごめんなさい、
おじさん。
あのときの話を、きちんとして誤ったほうが良かったのに、
今はそれももうできない。

結晶化されていない、もう一人の君の感情は、
わたし自身がきちんと受け止めて、
言葉に置き換えていくのが20年前からの約束。

でも、その言葉に置き換えた意味は、
間違いである場合が多くて、
君をががっかりさせる場合が多いのかもしれない。

その場合、もう一人の君。
努力したプロセスに免じて許してほしい。

そして、
ポジティブであれネガティブであれ、
一人で受け止めて、
おじさんのように誰かを巻き添えにはしない。






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