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クイズ付き小説「魔女のたっきゅうびん」





 [ガールフレンドのケイちゃんに「魔女に会いに行くから一緒についてきて」と頼まれたコジマくん。ハロウィンの夜、はてさて二人の身に一体何が起こるのか?]





『まえがき』

 大山鳴動ネズミ一匹!すみません、最初にお断りしておきます。全部で約9000字。でも、騙されてはなりません。これだけ長い小説でありながら中身はただの「なぞなぞ」です(推理小説ですらありません)。内容の割に長いので読んでくださる皆様には申し訳なく、余程お暇なときに、しかも何でもいいから活字が読みたくて読みたくて仕方がない!みたいな時にでも読んでくだされば嬉しいです。
 というわけでよろしくお願いいたします。


 ※例によって、小説の途中に『読者への質問』が挿入されています。







クイズ付き小説「魔女のたっきゅうびん」

マルティン⭐︎ティモリ作



 それは奇妙な動画だった。

 テレビの液晶画面を直接スマホで撮ったらしいその動画に映っていたのは、薄く緑色がかった一本のワインボトル。ラベルは剥がされて透明なビンだけが台のようなものの上に横倒しに置かれている。

 ワインは入っていない。代わりにビンの中にあるのはミニチュアのテーブルのようなもの、そしてそのテーブルを挟んで立っている5cm大の体操服を着たニ体の人形…あ、いや、どうやら人形ではないようだ。何故って、見るうちにそいつらがいきなり活き活きと動き出したから。

 動きは全く機械的でなく、滑らかに動く様子は生きたこびとのよう。
 しかもテーブルと見えたものは卓球台だったらしく、ふたりのこびとの片方がピンポン球を軽く上に放ると見事なラケット捌(さば)きでラリーが始まった。

 ビンの内側でこびとたちのラリーが続く。と、画面が次第に退いて行き、台の向こう、暗闇を背景にしてビンの上方に十歳くらいの少女の顔が現れる。球の行方を追って大きな両目が左へ右へ。

 やがて一方のこびとのラケットが空(くう)を切りラリーは終わった。
 少女がカメラ目線になって言う。

 「このビン、魔女にもらったの。素敵でしょ?あなたにだってもらえるわ。ハロウィンの夜、もしも魔女に出会えたならね…」

 少女の笑顔が大きくアップになると、ピッと音をたてて画面が切れた。



☆ ☆ ☆



 「ふうん。でもさ、ここに映ってるこびとってCGだよね?」

 僕がそう問いかけるとケイちゃんは顔を歪め、ちょっと不満そうな表情になった。

 「もうっ、コジマくんったら、そんな夢の無いこと言わないでよ!わたしはそうじゃないって思ってるわ。大体CGで作った素早い球の動きに、実際の女の子の眼の動きを会わせるのってとっても難しいんじゃないかしら?だから動画に映ってるのは本物の魔法のビンだと思う。魔女って占いをするとき水晶玉を使うっていうでしょ?ほら、透明な玉の中に過去や未来の様子が映るやつ。このビンもきっとそれの一種なのよ」

 ケイちゃんの口振りが余りに真剣だったから、僕はそれ以上の反論はしないでおいた。こんなことでケイちゃんの機嫌を損ねてはつまらない。正直、動画が本物かどうかなんて、はっきり言って僕にはどうでも良いことだ。それより大切なのは今のこのひととき…休日の昼間、僕とケイちゃんがお洒落なカフェの一隅で向かい合って、とってもいい雰囲気でデートしているって事なのだから!


 (さて、ここまで読まれた読者の皆さんは、ひょっとして、僕とケイちゃんが高校生か大学生くらいのカップルだろうと想像されたかもしれませんね。ところがどっこい、さにあらず。僕とケイちゃん=重市ケイ(しげいち・けい)さんとはつい最近、街の「中高年のための英会話教室」で仲良くなったばかり。え?中高年?そうです、僕たちは五十台半ばの熟年カップル(でもケイちゃんは年齢よりもずっと若く見える)。しかも僕は若い頃に一度結婚したけどすぐに離婚。ケイちゃんの方も、まぁ昔は色々とあったみたいだけれど今は独身、ってことでお付き合いするには何の問題もなし。僕とケイちゃんの仲は[perfect]な[no problem]ってワケなのです!)


 …で、今日は僕たちの初デートの日。

 喫茶店の席に着くや、ケイちゃんがいきなり「ねえ、これ見て」と僕の目の前にスマホの画面を差し出した。そこに映っていたのがさっきの動画です。

 「これ、店員さんが取ってきてくれたんだけど…」

 ケイちゃんの話では一週間前の日曜のこと、何だか急に昔好きだったアニメ映画が観たくなって買い物ついでに近所のレンタルショップに立ち寄った。欲しいDVDを探しても見つからなかったから店員さんに、「『魔女の宅急便』ありませんか?」と訊いたら、奥の倉庫から「はい、ありましたよ」と出してきてくれる。で、帰宅して観てみると、それが何と思ってたアニメとは全然中身の違う奇妙なDVD。そこに映っていたのがさっきのスマホに入っていた1分ほどの動画とのことだった。

 「でね、これ観終わったあとでパッケージをよく見るとね、何と題名が『魔女の卓球瓶』ってなってたの。笑っちゃうよね」

 言って無邪気にアハハと笑う。
 ところがケイちゃん、そのあと突然、真顔になって言うのです。

 「でも、この動画、なぜだか何度も観てしまうの。一日に何度もよ。そして、わたし、繰り返し観ているうちに、どうしてもこの『卓球瓶』が欲しくなっちゃった。それでね…あの…コジマくん?折り入ってあなたにお願いがあるんだけれど…」



 ☆ ☆ ☆



 勤め先のサービス残業から解放され自室に戻ると、僕は買ってきたコンビニ弁当で遅い夕食を取った。


 ケイちゃんとの初デートを楽しんだのが一昨日の十月二十九日。
 だから今日は十月の三十一日、即ち、ハロウィンの日だ。

 あの日、ケイちゃんは例の不思議なワインボトル(=『魔女の卓球瓶』)を何としても手に入れたいのだと言った。だが、そのためには霊界への扉が開くとされるハロウィンの夜に魔女と遭遇する必要がある。

 …実は、わたしの家からそう遠くないところに魔女が出没するってウワサのスポットがあるの。それで、試しに行ってみようと思うんだけど…

 ひとりでは心細いからコジマくんに一緒に来て欲しい、そう言って顔の前で手を合わせるケイちゃん。僕が二つ返事でOKしたのは言うまでもありません。

 ケイちゃんとの待ち合わせの時刻は今夜の十一時(彼女いわく、深夜にならないと魔女さんは現れてくれないだろうとの事)で、時計を見れば既に十時前だ。

 (じゃ、出かけるとするか)

 ケイちゃんが現在ひとりで住んでいるという自宅マンションは、僕の住む街からかなり離れた郊外の田園地帯にある。彼女の住む最寄りの駅までは電車に揺られて40分ほど。都会の目抜き通りでは今頃きっと仮装した若者たちの集団が道路を埋め尽くしているのだろうが、郊外へと向かうこの電車の車内は空いており、まばらな乗客のほとんどは疲れた表情のサラリーマンたちだった。


 …ガタンゴトン、ガタンゴトン…


 (魔女…かあ)

 電車に揺られつつ、僕は思う。
 気軽にOKしたけれど、そりゃあ僕だって魔女に会いに行くなんて聞いた時には確かにちょっとゾッとした。でも、考えてみれば科学万能の現代に魔女なんているはずもないし、

 それに…こんな夜更けに…ケイちゃんと…待ち合わせの…約束だなんて…


 …ガタンゴトン、ガタンゴトン…


 ♡(妄想タイム)♡

 《時刻は真夜中過ぎ。ケイちゃんが(がっかりした顔で)言う…魔女さんに、会えなかったね。(ケイちゃん、ふと時計を見る)わあ、もうこんな時間!大変よ、終電もバスも終わってる!タクシー乗るにしてもコジマくんの家までだと今なら深夜料金で一万円近く取られちゃうし……(そして上目遣いに僕を見つめ)あ、あの…もしよかったら、わたしの部屋に…泊まってく?》


 (うーっ、ううううっ。そ、そんなことが起こり得るというのか。いやいやいや、あるはずがない、あってはならない!)

 と言いつつも職場には明日の休暇届けが提出済みな上に、背中のリュックに替えの下着と歯ブラシまで入っている点についてはノーコメントってことでお願いしますっ(汗)。



 …てなわけで、恐怖心より寧ろワクワクした気分の中、電車は目的の駅に到着した。駅の階段を下りると改札口の向こうで手を振るケイちゃん。これからの冒険に備えてかジーパンにピンクのトレーナーといういつもよりカジュアルな格好だけれど、そんな出で立ちの上にロングヘア、小柄で細身の体格のせいで遠目に見るとまるで少女っぽい感じにさえ思えてしまう。
 駅前の広場を抜け、街灯に照らされた人気(ひとけ)のない道をふたり肩を並べて歩く。優しく漂ってくるシャンプーの匂い。ケイちゃんの言うには、魔女出没スポットまではここから山の方に向かってあと3キロほど歩くらしい。

 僕が訊く。

 「で、その魔女スポットってどんな所なの?」

 「それはね、古い墓場よ」

 「エッ?」

 背筋にゾゾッと冷たいものが走った。深夜なのに今から墓場を訪れるって!?僕が絶句していると、

 「だって、魔女に会いに行くのよ。まさかその場所がホテルのロビーだとかなんてワケ、ないじゃない」

 言ってケイちゃんは、更にこんな話を始めたのです。



 ☆(ケイちゃんの話)☆

 …実はね、わたし、前にも一度魔女を探しにその墓場に行ったことがあるの。そう、それはもうずうっと昔、わたしが小学校六年生の頃の事よ。

 その頃、わたしには四人の親しい女の子の友達がいたの。
 ランちゃん、スーちゃん、ミキちゃん、ミーちゃん。みんなわたしと同じクラスで、わたし(ケイちゃん)を加えた五人は何をするにもいつも一緒の仲良しグループだったわ。

 …ん?何だかどこかで聞いたような名前ばかりだなって?

 ええ、そうなの。ものすごい偶然で全員がそれぞれ昭和のアイドルグループのメンバーたちと名前が一緒。だからわたしたち、自分たちのグループのことを『ピンクキャンディーズ』って名前で呼んでたわ。

 それでね、その墓場に魔女が出るってウワサは当時からあったの。これはその頃のわたしたち『ピンクキャンディーズ』の、学校の休み時間での会話…

 情報通のランちゃん↓
 「聞いた話だと、魔女が出るって言っても本当はお墓そのものじゃなくて、お墓の入り口にあるプレハブの管理人室に出るらしいよ。これまでに何人もの管理人さんが、夜、その部屋に泊まったっきり行方不明になってるんだって。多分魔女にさらわれて…」

 おっとりで大らかな性格のスーちゃん↓
 「えっ!?魔女ってほうきに乗って空を飛んだりするだけじゃないの?」

 読書好きのミキちゃん↓
 「他にも、色んなものに変身できたり、子供をさらって食べたりもするらしいよ。わたし前に本で読んだことがある」

 算数の得意なミーちゃん↓
 「でもさ、管理人さんは子供じゃないんだからさ、食べられたりはしないんじゃないかしら?」

 そしてわたし…ええっ、わたしのキャラはどんなだったかって?そうねえ、お勉強もいまいちだったし、強いて言えば泳ぎが得意で、どんなところで泳いでも絶対に溺れない自信があったって事くらいかな。

 じゃあ、改めてわたしの発言ね↓
 「だって、魔女って何千年も生きているんだもの、きっと魔女から見れば五十歳、六十歳の管理人さんなんて、子供みたいなものなんじゃないのかな。それよりわたし、話してるうちに何だか魔女さんに会いたくなってきちゃった。ねえ、その墓場、みんなで偵察しに行ってみない?」

 …もちろん、初めはみんな怖いからイヤだって言ったわ。でもそこは好奇心旺盛な小学生の女の子たち。ま、昼間なら大丈夫だろうって事で日曜日に待ち合わせて行くことになったの。
 日曜日。みんなで墓場の前に来てみると昼間だから入り口の扉は開いていた。入り口を入ったすぐ右側がプレハブの管理人室…でも、正面にあるガラス窓から覗いても管理人さんの姿も誰の姿も見えなくて、しかもドアノブを回してみたら何と開くの。皆で入ってみると中は思ったよりも広く特に怪しい雰囲気もなくて、事務机やロッカー、色んな道具、壁際には簡単な流し台と奥には簡易ベッドが置いてあったわ。
 それでみんな、なあんだ全然普通じゃないって思って帰ろうとしたその時だった。


 …オマエタチノ中ニ…ヒトリ、…ワタシノ仲間ガ…混ジッテイル。…ソウダ、…オマエタチノウチノ…ヒトリハ、…魔女…ナノダ…


 どこからともなく、低く押し殺したような声(まるで地の底から響いてくるような声だった)が聞こえてきたの。

 「きゃーっ!」

 みんな大声を上げて一目散に逃げ出したわ。そしてその日はそのままそれぞれの家に帰ったんだけれど、次の日、学校で会ったときには冷静になっていて、きっと誰かがいたずらで変な声を出したんだろうって事になった。でも、それが誰だったかについては誰も名乗り出ないからわからないまま。結局、疑心暗鬼になっちゃって、仲良しグループはそれっきりすぐに自然消滅よ。グループのメンバーはそのあと、大人になって以後もずっとこの近辺に住み続けてはいるけれど、今じゃ、みんな道ですれ違ってもちょっと挨拶する程度のつき合いだわね。(ケイちゃんの話おわり)


 …ケイちゃんの話を聞きながら歩くうち、周囲の景色はいつの間にやら田んぼばかりの淋しい田舎道になっていた。街灯の間隔もずいぶん疎らになっていたけれど、幸い今年(2023年)の10月31日は月齢16.4。南南東の空高くに浮かぶ右側の少し欠けた月が、僕たちの歩む道に柔らかな光を投げかけている。

 「魔女の声はやっぱり誰かのいたずらだったんだろうね。小学生の頃にはよくある話だよ。僕も昔はよく…」

 言い掛けた僕の言葉を遮ってケイちゃんが言う。

 「でも、この近辺ってね、確かに行方不明になる人が多いの。それもそんな事件が起きるのは、決まってハロウィンの日の前後一週間くらいの時期なのよ。学校の同じクラスの男の子もひとり行方不明になったわ。わたしたちの仲良しグループにいつも意地悪を仕掛けてくる乱暴で体の大きな子だった。しかも、その子がいなくなったのは、あの、みんなで墓地を偵察にいった同じ年のハロウィンの、丁度次の日のことだったの」

 「………」

 何だか恐ろしげな話に言葉が出ないでいると、ケイちゃんが振り向き左前方を指さす。

 「あ、ほら、あれよ。あそこに見える大きな木のあるあたり。あれが魔女さん出没スポットの墓地よ!」

 見れば彼女の指さす向こう、はくちょう座が大きく羽を広げる西の夜空のほぼ真下に、背後からの月明かりに照らされぼうっと浮かび上がる何十基もの墓石があった。林立する墓は周囲を低い金網に囲まれていて、これまで歩いてきた田舎道を左に外れた側道の奥が墓場への入り口となっている。近づいてみれば門柱の片側には毛筆っぽい字で「戸笹霊園」と書かれ、その名の通り入り口の鉄製の門扉は僕らの侵入を拒むかの様に固く閉ざされている。

 僕が(内心ホッとしながら)、「ああ、残念。扉が閉まってるよ。これじゃもう引き返すしかないみたいだね」

 言うと、ケイちゃん、不満そうにこちらを見返し、「でも、あのくらいの高さのフェンスだったら、手を掛ければ簡単に乗り越えられるわよ」

 でも僕、「それはだめだ、不法侵入だよ。そんなことしたら刑法第130条に抵触して3年以下の懲役、もしくは10万円以下の…」

 ケイちゃん、ますます怒った顔になり、「何言ってるの!わたしは何が何でもあの『魔女の卓球瓶』を手に入れたいの!虎穴に入らずんば虎児を得ずっていうでしょ?…ああ、もうわかったわ、いいわよ。わたしひとりで行ってくるから、あなたはここで待ってらっしゃい!」

 言って、素早い身のこなしで軽々と金網を乗り越えた。

 「あっ、待って、ケイちゃん!」

 急いで後に続こうとするが、日頃の運動不足が祟ってか、ほんの胸ほどの高さしかない金網が乗り越えられない。やっと片足をかけてフェンスの上に跨がったと思いきや、そのまま向こう側へと身体ごと落下してしまった。
 思いっきり尾てい骨を打ったおかげで暫く立ち上がれなかった。ようやく身を起こした時には周囲にケイちゃんの姿はない。ただその場所から墓場へと続く石畳の道のすぐ側に、うす汚れた感じのプレハブの建物がある。

 (あれがケイちゃんの言ってた魔女出没スポットの管理人室だな。ってことはケイちゃんはきっとあの中に…)

 お尻をさすりながら何とか立ち上がると、僕はその建物の前まで歩を進める。ドアの前に立ちノブを回してみれば予想の通りにドアは開いた。

 「ケイちゃん?」

 ドアを開きながら中へ声を掛けるも返事はない。中は暗いが、暗い中に小さな明かりが二つ…床から1メートルほどの高さのところに赤いランプ、そして天井の近くには緑のランプ。リュックから用意してきた懐中電灯を取り出そうと思ったが、あの明かりが点いているということは電気は通っているのだろうと考え直し、ドア付近の壁を手探りする。

 「あった!」

 照明のスイッチを探り当てオンにする。
 天井の蛍光灯が点灯し、室内は一気に明るくなった。

 部屋の広さはほぼ十ニ畳くらいか。建物自体が老朽化しているとはいえ、室内は比較的きれいに整頓されている。
 まず目に付いたのは壁に立てかけられた大小様々のスコップやツルハシ。そして棚に置かれた角材、大きなメジャーとロープ、黄色いヘルメット。壁にくっつけて事務机が二つあり、その横に幅の広いロッカーと古ぼけたクローゼットが並んでいる。小規模なキッチンもあり、先の暗闇で見た二つのランプは下の赤いのが消火器の位置を教えるためのもの、天井に近い緑色の方はガスレンジの真上に取り付けられたガス漏れ警報機の発するLEDランプの光だったとわかった。
 ケイちゃんの話にあった通り部屋の奥には簡易ベッドが置かれ、その横の壁には作業着が吊されている。
 ケイちゃんの姿はどこにもない。部屋が明るくなってちょっと勇気が出てきた僕は、まさかと思いつつクローゼットを開けて中を覗いてみたが、そこには黒のフォーマルスーツや白シャツ、黒ネクタイなどが吊してあるだけだった。

 (まさかね、いくらケイちゃんだって、こんなところでかくれんぼなんか、するわけないよな)

 ちょっと苦笑い。そしてクローゼットを閉じ、部屋から出ようとしたそのとき、


 …オマエノ…大切ナ…彼女ハ、…モウ…コノ世ニハ…イナイ。…ナゼナラ、…ワタシガ…スデニ…食ベテ…シマッタカラナ…


 地の底から響いてくるような恐ろしい声。魔女だ!

 「ひえ~~」

 我ながら情けない悲鳴をあげて逃げようとするも、さっきは簡単に開いたドアが、いくらノブをガチャガチャやっても開かない。どうやら魔力でドアをロックされてしまったようだ。

 (でも、魔女の姿が室内のどこにもない…ああ、そうか、魔女は何にでも姿を変えられるんだったな)

 僕は変身した魔女がどこにいるのかを見極めようと、恐る恐る管理人室の中をぐるり見回してみる。

 床、壁、天井…

 そして気づいた。

 (そういえば、魔女って空を飛ぶときに………とすると、魔女が変身しているのはあそこにある『あれ』かもしれない。そして、もし『あれ』が魔女だったなら、その魔女の名前は……)









 ※※※※※※※※※※


 さて、ここで


《読者への質問》


 ①魔女は部屋の中の
『何』に変身していたのでしょう?

(『何』とは部屋の中を描写したときの
 文章に登場した物のうちのどれかです)


 ②また、魔女はやはり
仲良しグループ『ピンクキャディーズ』
のメンバーのうちのひとりでした。
 一体誰だったのでしょう?


☆①と②の謎は片方が分かれば
 もう片方もわかります。


☆《まえがき》にも書きましたが、
 これは論理的推理などという
 高度なものではなく、
 ただの他愛ない《なぞなぞ》です。
 あまり深く考えすぎないよう
 ご注意下さい。(作者より)


 ※※※※※※※※※※








 《解決編》



 僕は意を決してその魔女が変身していると思われる『もの』に目を向け、そちらの方へと一歩を踏み出した。


 と、いきなり部屋の照明が激しく点滅を始める。


 どうやら正体に気づかれたと感じた魔女が、魔力でこちらを脅そうとしているらしい。


 それでも僕がその『もの』から目を逸らさずにいると、魔女は照明を点滅させるばかりではなく、光の色を白から赤、青、紫…とめまぐるしく変化させ始める。


 だが、僕は怯(ひる)まなかった。


 何故だろう、今はもう不思議なほどに怖ろしさを感じない。


 その『もの』に、ほんの1メートルほどの距離まで近づき立ち止まる。


 そして一度大きく深呼吸すると、その『もの』に変身している魔女に向かって話しかけた…






 「ケイちゃん、そこに居るんだろ?さ、早く元の姿に戻りなよ」






 と、それまで続いていた照明の明滅がぴたりと止まった。

 今、室内を満たしているのは元の通りの蛍光灯から発せられる白色の光。だが、僕が見つめ続けているその『もの』自体に変化はない。

 再び僕は呼びかける。

 「ケイちゃん、まさかきみが魔女だったとは、思いもしなかったな。でも僕は嬉しいよ。だって、さっき、きみがもうこの世に居ないって話を聞かされたばかりなんだもの。生きていてくれて良かった…初めて会った時からずっと、僕はきみに恋していたんだ。出来ればいつかきみと結婚したいと思っていたんだぜ。きみが魔女だと知った今も、その気持ちは全く変わっちゃいない。多分きみも僕と同じ気持ちなんじゃないのかな?きみも同じ気持ちだったから、心の底では僕に自分が魔女だと知って欲しいと思っていて、自分の姿を早く見つけて欲しくて、それでまるでなぞなぞを出すみたいに、わざとちょっと考えれば分かるような『もの』に変身したんだね?」

 聞いて、その『もの』がカタカタと小刻みに震え始めた。僕は続ける。

 「…きみの出したなぞなぞはすぐに分かったよ。魔女は空を飛ぶ時ほうきに乗る。魔女と言えばほうき、ほうきと言えば魔女。謂わば、ほうきと魔女はワンセットなんだね。そのほうきの前半分、即ち柄の部分に魔女が跨るから飛んでいる時の姿は「–(魔女)–ほうき」という形になる。ここでこの(魔女)の部分にケイちゃんの名前を当てはめてみると……「–(ケイ)–ほうき」……「ケイほうき」……『警報機』!!!そうだ、あの時、きみは管理人室に僕が入ってくるのを察知し、とっさに思いついたなぞなぞに従って素早く、緑のランプのついた『ガス漏れ警報機』へと姿を変えたんだ!」

 『警報機』の震えが大きくなる。そしてボワンと煙が上がったと思ったら、煙の中からほうきに跨がって宙を漂うケイちゃんの姿が現れた。黒のマントに黒の三角帽子。うつむいた顔は帽子のつばに隠れてよく見えないが、細い肩が激しく震えているのがわかる。


 (震える肩…ケイちゃん、泣いているのか?それは僕の呼びかけに心を動かされて?)


 だが、違った。




 「アーッハッハッハ」


 魔女が顔を上げる。そこにはあけすけな笑い顔があった。ケイちゃんは泣いていたんじゃない、笑いをこらえていたのだ。


 「アッハッハッハ、ああ、おかしい!コジマくん、あんまり笑わせないでよね。あなたに見つけて欲しかったって?わたしがあなたと同じ気持ちを抱いてるって?うぬぼれるのもいい加減にしてくれない。警報機に変身したのはね、わたしが昔っから人になぞなぞを出すのが大好きだったからよ。わたしと結婚したいって?ハッ、御免だわ。わたし、何千年も生きてるから、結婚なんて何百回もしているの。悪いけど結婚にはもう飽き飽きしちゃった」

 僕が言葉を継げずにいると、ケイちゃんが続ける。

 「それより今日はハロウィンの日よ。わたしにとってこの日はね、特別に凄いごちそうが食べられる日なの。これまでも毎年ハロウィンの日には、あなたの街の「中高年のための英会話教室」に通う男性の中からひとり選んで、あの『卓球瓶』の動画見せて誘ってこの墓場に連れて来て、切り刻んで煮て焼いて、フルコースで全身おいしく頂かせてもらったわ。さあ、お願いよ。あなたもジタバタ暴れたりしないで、大人しくわたしに食べられちゃってちょうだいね!」






 恐ろしさに立ちすくむ僕。






 「そんな…ひ、ひどい。残酷すぎるよぉ、マジ!?」






 ケイちゃんはニヤリと笑って言いました。







 「…マジょ」






(おわり)











《あとがき》

 皆さま、大変長いものを読んでくださり、ありがとうございました!
 クイズの答えは『(ガス漏れ)警報機』、そして魔女の正体は『ケイちゃん(重市ケイさん)』、一応言っておきますとオチは「マジょ」→魔女でした。

 ところで、このケイちゃんの姓「重市(しげいち)」はとても珍しい名字ですね。実はこれにはちょっとした仕掛けがありまして、「重」を二重のかさなり、即ち→ダブル→W、と変換すると「W・いち」→「W・ichi」→「Witch(ウィッチ=魔女)」となります。
 さらに、ケイちゃん=魔女に関する仄めかしとしては、物語のはじめの方に「年齢(五十代半ば)よりずっと若く見える」といった記述がありますが、若く見える女性は、近頃、巷では「美魔女」と呼ばれていますね。
 それともうひとつ、ケイちゃん自身の言葉として「水泳が得意で、どんな所で泳いでも絶対に溺れない自信がある」というのもありました。僕はこれまで知らなかったのですが、魔女は水に沈めても悪魔に助けられてすぐに浮き上がってくるのだそうです(と、ウィキペディアに書いてありました)。

 また、この物語の語り手のコジマくんは何故コジマなのか?
 魔女=マジョを逆から読むとヨジマとなります。この最初の「ヨ」から横棒を一本取って「コ」でコジマ。なぞなぞを解いてちょっと得意になっていたコジマくん、でもその場でケイちゃん(魔女)に大笑いされ、結局最後は食べられちゃうって展開になるのですから、魔女に「一本取られた」ってワケですね。

 ま、そんな風に、色々と凝ってはみたのですが、やはり肝心のなぞなぞがイマイチだったかなぁ。もし縦書き表記の小説だったら「ケイ(ちゃん)がほうきの上に乗っているから『ケイほうき』」と一言でシンプルに説明できたんですけどね。


 さて、ハロウィン当日にこれを読んで下さっている皆様には、もし空が晴れていて、しかも今が深夜の11時半~12時頃だったなら夜空を見上げてみて下さい。そうすれば、同じ時刻、作中でコジマくんとケイちゃんが墓場へと続く田舎道を歩いている時、ふたりが見たのとまさに同じ月(右側が少し欠けた月《月齢16.4》)を南南東の夜空高くに見いだす事が出来るでしょう。それでは、楽しいハロウィンを!!!


 マルティン☆ティモリ




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