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冒険ダイヤル 第2話 マーガレットとアプト式

「でさ、おお可愛い線ってどういうとこなの?」
「大井川鉄道井川線だよ、エマちゃん」
手元から目を離さないように気をつけながら深海は返事した。

コットン糸を使って自分で編んだマーガレットの花のモチーフを、はがき大の写真立ての枠にひとつひとつ並べる作業をしている。笑って手元が狂ってしまっては台無しだ。
白とパステルピンクを基調にした優しい色合いのデザインだ。全体のバランスを整えて、もの足りないところには百円ショップのプラスチックパールを配置する。これを手芸用ボンドで貼り付けて彼女の推しの写真を入れてあげる計画だった。
絵馬は「わあ〜かわい〜かわい〜!」と目を輝かせた。
「かわいい〜って言ってるときのエマちゃんが可愛い」
「待って、やだ、もっと褒めて」
「あっ揺らさない揺らさない!」
照れて足をじたばたする絵馬をあわてて落ち着かせる。

児童館の机に手芸道具を広げて、二人だけの手芸教室をしているところだった。夏休みだというのに児童館の学習室はがら空きだ。
お金をかけずに長居をしても良い場所は限られている。今日はラッキーだ。
ふたりの高校の手芸部では夏休み中に何か作って休み明けに見せ合うことになっていた。
深海はもう自分の作品を作り終わってしまったので絵馬に作り方を教えてあげることになったが、教えているうちに絵馬はそれよりもこんな形がいいあんな色味がいい配置はこうで、と次々にアイデアを出してスケッチを描き始め、挙句の果てに「こんなに難しい形、あたしは作れない」などと言い出して最終的に深海が作ることになってしまった。
子供の自由工作を手伝わされているうちについ全部やってあげてしまうお父さんというのはこういう心境だろうか。

深海は手先が器用で手芸全般が得意だった。自分で言うのもなんだが大抵のものはそつなく作れる。ミシンを使って簡単なブラウスやワンピースを縫ったり、刺繍をするのも好きだ。
今はあみぐるみにハマっていて、いろんな動物のあみぐるみをたくさん編んで部屋に並べていた。ひとつひとつをなでて可愛いねと毎日声をかけている。最新作はナマケモノだ。これはかなり難しかったが自信作だ。「怠ける幸せがにじみ出てる」とお姉ちゃんに絶賛された。

背が高いせいで入学当初はバスケ部やバレー部の勧誘を受けたが、どれも興味がないので断った。運動音痴というほどではないが闘争心のようなものがなくてスポーツには向いていないと自分でも感じている。
きれいな布や糸やきらきらしたビーズに触れながらのんびりおしゃべりをする方が好きだった。

可愛いものを作るのは好きなのにどういうわけか自分が身につけるのには抵抗があった。だから今まで作ったアクセサリーはほとんど絵馬にあげた。彼女は甘く可愛らしいデザインがよく似合う。
絵馬は小柄で大きな瞳とぷっくりした唇と広いおでことちょっと控えめな鼻がアンバランスなのがむしろ魅力的だった。

「アプト式機関車っていうのがあるところなんだって」
駿から送られてきたスマホの動画を見せると絵馬は長いまつげをぱちぱちさせて眺めた。
「なんかひとりで騒いでるこの茶髪の人が駿ちゃんていうの?」
走っている列車の中から窓越しに鉄橋や湖を撮った動画なのだが、ちょいちょい映り込む陸がはしゃいでいる姿のほうが気になってしまう。言われてみれば髪が以前より茶色くなっている。
たまに「うるさい」とか「じゃま」とかぼそりと言う駿の声が入っていた。
「これは駿ちゃんの友達。この人の親戚の家に泊まってくるんだって」
「へえ、なんかいいな。あたしもお泊りしたいな」
ゆるくウエーブした髪を耳にかけ直しながら、絵馬は首を傾げてこちらを覗き込んできた。

「ふーちゃんちに泊まりたいな」
「え?うち?うちなんかでいいの?」
「ふーちゃんの家だから行きたいんだよ。家に友達泊めたことないの?」
「あるけど」
そういえば小学生のとき、家に来た友達が遊び疲れて寝てしまって、お母さんに勧められてそのまま泊めたことがあった。
そのうちのひとりが駿だ。
中学では家に連れてくるほど仲の良い友達を作れなかった。駿もおそらくそうだっただろう。
もっと前に絵馬に出会えていたらよかったのに。

「エマちゃん、うちに来たら何して遊ぶ?」
「交換ファッションショーやろうよ。ふーちゃんがあたしのコーデした服着て、あたしがふーちゃんの服着るの」
「私じゃエマちゃんの服なんて着こなせないよ」
「大丈夫。絶対似合うやつ選んであげるから」
「黒歴史になったらどうしよう」
「いいじゃん?黒歴史、さらし合おうよ」
絵馬のいたずらっぽい笑顔と先日の駿の笑顔が重なり合って、深海は自然ともうひとりの友だちのことを思い出していた。

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