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(( )) 冒険ダイヤル(18)

(前回まで)魁人の現在の居場所はどこか?ふかみたちは答えをさがしている。

翌日の昼休み、学食のすみっこのテーブルを挟んで駿と絵馬は口喧嘩をしていた。

「ふーちゃんの問題はあたしの問題でもあるの。黙ってられないよ」
「お前は魁人のこと知らないだろ?あいつひねくれた所があるんだ。勝手に啖呵切ってあいつを怒らせないでくれよ」
「じゃあ駿ちゃんは魁人くんがどういうつもりかわかってるの?」
「ただのいたずらじゃないってことくらいはな」

駿は怒りながらもしっかりたぬきうどんを食べていた。
最後まで汁を飲み干して荒っぽく丼を置き、絵馬をにらみつけた。

彼は普段あまり感情をあらわにしないので、そうやって怒るとなかなか迫力がある。
上背も肩幅もある。気の弱い同級生なら尻込みしてしまいそうだ。

絵馬は平然とサンドイッチを食べ終えて口を拭い、テーブルに肘をついて煙草を吸っているようなふてぶてしい仕草でにらみ返した。
ただし手にしているのは煙草ではなくリップクリームだ。

「駿ちゃんは変にロマンチストだから今でも仲良し気分でいるんだろうけど、あっちは五年越しでとっくに友情煮詰まってこじらせてるんだよ。ふわっと語りかけたって響かないよ。ふーちゃんもそう思わない?」
「かもしれないね」
上の空でそう返事した。

お母さんが作ってくれたお弁当を残したくないのに、深海は胸苦しくてちっとも食べられなかった。
マグカップサイズの保温ジャーを開けるとポタージュスープの温かい湯気が立ちのぼった。

魁人の言葉が頭の中を渦巻いている。
湯気が頬をなでてゆくのにまかせてぼんやりとした。
魁人の言う、一緒に来るはずだった場所とはいったいどこだろう。
どこかに遊びに行く約束を交わしただろうかと昨日からずっと記憶を遡ってみているが、どうしても思い出せない。

ショートヘアの首筋に冷房が吹き付けるのが寒くて、両手で首を温めながらため息をついた。
 
食堂にごったがえしていた生徒たちはそろそろ次の授業のために出ていく時間だったが、その人混みをかきわけて細長いパンを袋ごとくわえた陸が軽い足取りで入ってきた。
片手に牛乳、もう片方の手に購買部のカツサンドを持っている。
この世に心配事なんか何もなさそうな顔をしていた。

「やっほー、その後の展開どうなったの?」
「連続ドラマみたいに言うなよ」
駿の表情が和らいだ。

三人がかわるがわる昨日の出来事を話す間に陸はパンを腹におさめ、それから深海のお弁当を覗き込んで「ちょっとちょうだい」とチーズちくわをつまんだ。

「ふかみちゃん元気ないね」
そう言って深海の隣に座り直した。
「夏なのにあったかいもの持ってきてるんだね。いい匂いがする」
「お腹が空かないからあげるよ」
差し出してやると何のためらいもなく「いただきま〜す」と口をつけ、一口飲んで「むはあーっ」とおじさんみたいに満足げに喉を鳴らしてから質問を始めた。

「僕は別の中学だったけど、君らは中学校も同じ学区だよね?」
「そうだよ」
「魁人くんも本来なら同じ中学校に行ってた?」
駿と深海は「あ」と顔を見合わせた。
「まさか中学校にいるのか?あいつ」
深海は忙しく考えをめぐらせた。
「違うよ駿ちゃん。正解したらここで待ってるって言ってた。中学校で待つのは無理だよね。中学校そのものじゃなくて、なにか学校に関係のある場所じゃないかな」
 
絵馬は人差し指をピンと立てた。
「学校で必ず行くところっていえば社会科見学とか、修学旅行とかだね。あたしの中学の修学旅行は東京ディズニーランドだった」
「ええ?なんだそりゃ。エマちゃんとこ変わってるなあ」
陸に茶化されて、絵馬はちょっとむくれた。
「修学旅行でもないと簡単にディズニーに行けない地方の学校だったからね。あたしは楽しかったよ。重要文化財とか見るよりずっとよかったと思ってる。ふーちゃんの修学旅行はどこだった?」
「奈良と京都だったよ。ね、駿ちゃん」
「ああ」

すると陸は不思議そうにつぶやいた。
「へえ、箱根かと思ったのに違うんだ」
駿が首を傾げて聞き返す。
「どっから箱根が出てきたんだ?」
「駿も一番最初の魁人くんの伝言、聴いただろ?」
陸は、さもあたりまえのように言った。
「後ろで〈終点、箱根湯本〉っていうアナウンスが響いてたじゃないか。駅のホームからかけてたんだよ」
深海はハッとした。
「りっくん、私たち、林間学校は箱根だった!」
「あんなかすかな音でほんとにわかったの?」
絵馬はとても信じられないという顔だ。

「陸は鉄道関係のときだけ地獄耳なんだ。列車の走行音でどこの路線かも聞き分けられる。たぶん間違いないよ」
駿がそういうなら確かだろう。

珍獣でも見るような畏怖のこもったまなざしを浴びて陸は得意げに胸をそらした。
「ふかみちゃん元気出たみたいだね。僕ちょっと役に立てたかな?」
「うん、私りっくんの耳を信じるよ。駿ちゃん、魁人に伝言して」

「他に何も思いつかないもんな。答えないより可能性がある方に賭けるか」
駿が171に答えを録音し、通話を終えると目を閉じて深呼吸した。
「これが間違ってても魁人なら不正解だと必ず伝えてくる。まだ本当に最後じゃない」
「うん、そうだね」
深海もまだチャンスはあると自分に言い聞かせた。

一同が静まり返っていると沈黙を破ってスマホが鳴り出した。絵馬がびくっとして深海に体を寄せた。

「きっと魁人だよ、駿ちゃん、出て」
駿はうなずき、スピーカーに切り替えてスマホをテーブルの上に置く。
 
咳払いが聴こえた。
『正解だ。おれは箱根湯本にいる。明日ここに来て謎解きゲームをしてくれ。謎が解けたら会おう』

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