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たまごを産んだ! お祝いだ!

225日目からエサの問題を解決させて、
あとは卵をいつ産んでくれるか待つだけとなりました。
 
しかし、その間にも出稼ぎ第2陣が出発しました。
 
一刻も早く出稼ぎに行っている村人を呼び戻さなければなりません!

コエ・ポラ村は、むこうではコロニア・コエ・ポラ(集落)であり、
たった5軒の集落でしかありません。
 
その5軒の21人しかいない集落で、
16歳以上の男が出稼ぎに行っているわけですから、
 
残っているのは奥さんと小さな子供と老人1人で、
どんなに寂しくなっているか、想像がつくでしょう。




230日が経過しました。まだ産んでくれません!

私もさすがに出稼ぎに行っている所へ手伝いに行こうと思い、
事情をみんなに説明すると、

おまえまでいってどうする!
男が誰もいなくなったら、村が物騒になってしまう。
おまえは残って早く卵を産ませることだけ考えてくれ! 
 
と言われましたが、私のせいで出稼ぎにいったかと思うと、
責任の重さを感じてしまうのでした。

247日目の朝、けたたましい悲鳴で目を覚ましました。


たまごです!



てっきり強盗でもきたかと思い、残った村人や私は
あわてて悲鳴のもとへ駆けつけました。

すると、子供がたまごを持っているではありませんか!
 
とうとう産んでくれたのです!
しかも10個!歓声がそこらじゅうに広がりました。

 

その10個のたまごをみんなで朝ごはんにして食べました。
その時のたまごの味を決して忘れることが出来ません!

なかには、涙ぐんで食べている者までいました。

それから2日も経ちますと、もうほとんどの鶏がたまごを産み始めました。

たまごを持って喜ぶわたし

 
鶏ももう産みたくて仕方なかったのでしょう。
体は充実しており栄養分が足りてきたので、いっせいに産み始めたのです。


その日のうちに、出稼ぎに行っている村人を呼び戻すため、
使いを送りました。
 
2日後、出稼ぎから帰ってきた旦那方と、
抱き合って喜び合うシーンも非常に感動的でした。

もう少し私がしっかりしていれば、
こういう結果にはならなかったと責任を感じておりましたので、
肩の荷がどっとおりた瞬間その場に泣き崩れてしまいました。

村人たちは明るい笑顔でパーティをしよう!と言いました。

たまごを産んだ記念パーティです!

司祭を囲んで

 
翌日みんなできれいな服を着て教会へ行き、
たまごを産んでくれたことへの感謝を祈ったあと、

 
みんなで盛大な?パーティを開きました。

人生で最良の日でした!

さー!明日から売りに歩くぞ!

続きは次回


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