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ルネサンス期の風景を想像。「旅は力なり」ベーコン流「旅行」のすすめ。

岩波文庫『ベーコン随想集』を再度読んでいたら、ベーコンが旅行について書いている章がある。この随想集は、知恵の宝庫で、生きるヒントが詰まっている。ところどころ不思議に思う箇所があったり、難解だと感じる章はある。けれど、それはベーコンが明晰でないからではない。私の経験不足か時代が隔たっているせいか、訳文が晦渋かのいずれかだろう。

フランシス・ベーコンについては、こちら。


ベーコンの「養生法」についての筆者の記事はこちら。

ベーコンが「旅行について」書いているのは、一八章である。いわば、ベーコン流旅行ガイドである。
400年前のルネサンス人ベーコンの旅行論、とても面白かったので、この記事で料理してみたい。

ただ、筆者は、家族旅行の経験しかなく、旅行経験でいえば、素人である。
旅行のノウハウの提供を目的とした記事ではない。

まず、ベーコンにとって、旅行は、経験であり、教育だった。
冒頭にはこうある。

旅行は若い人たちにあっては教育の一部であり、年配者にあっては経験の一部である。

『ベーコン随想集』岩波書店(p.85)

現代において、旅行はレジャーと捉える向きもあるのに対して、ベーコンにとって旅行の目的は経験であり、教育であった。その旅行で何が得られるかに重きが置かれていた。それは、経験であり、知識であり、人脈だった。

ある国に、その国の言葉をいくらも覚えぬうちに、旅行する人は、学校へ行くようなものであって、旅行するのではない。

『ベーコン随想集』岩波書店(p.85)

そして、ベーコンは旅行の際に、その国を熟知した案内人に付き添ってもらうのがとてもよいことだと述べる。

私は若い人たちが誰か家庭教師か実直な召使に付き添われて旅行するのは、本当によいことだと思う。ただし、付き添うのはその国の言葉をよく知っており、また以前にその国へ行ったことがあるような人でないといけない。

『ベーコン随想集』岩波書店(p.85)

後に続く文で、ベーコンは旅行で見る価値があるポイントや場所、それらがどのような訓戒を意味するのか、どのような人と近づきになればいいか、についてその国を熟知した案内人を介して、旅行を円滑にしようとアドバイスしている。

現代においてベーコンのアドバイスに従うならば、旅行先の国出身かそれなりに長く居住している留学時や学生時代、あるいは、職業上の知人・友人およびその伝手で得た案内人(そのような人がいればの話ではある)に旅行先の案内を頼むという案が浮かぶ。また、旅行案内の公式業種を頼ってみるという手も浮かぶ。
すぐにインターネットで検索できてしまう今日においても、これは検討に値するアイデアではないか。インターネットでは、アルゴリズムが選択した、最適化された定番的情報や案内が提示されるが、熟知した案内人ならば、案内人の経験や勘、直観や知識、リアルタイムの状況判断、旅行者への理解に基づいてヒントをくれるだろうからである。もしかしたら、インターネットやガイドブックではわからない珍情報やセレンディピティな体験も得られるかもしれない。案内人の趣味や好みと共通点があれば、さらに良き旅となるかもしれない。

そして、ベーコン流旅行ガイドの極めつけは、日記をつけるというものである。
海の旅では日記をつけるのに、どうして陸の旅では日記をつけないのか、「日記は利用するとよい。(p.85) 」と述べている。

ベーコンは案内人日記の他にも、

彼は出かける前に、その国の言葉をいくらか覚えなければならない。…(中略)  彼はまた旅行する国のことを書いた地図や書物のようなものを持って行くがよい。これは彼の調査にとってよい鍵となるであろう。

『ベーコン随想集』岩波書店(p.86)より

言葉を簡単に覚え、地図や書物を旅行に持って行く。このアドバイスは好きである。現代なら飛行機やホテル、あるいは宿の中で旅行する国に関する書物を読み、地図を頼りに歩いた先の歴史的名所で、その名所にまつわる躍動感溢れる記述を読んでその場で感激に浸るというような光景が浮かぶ。現代においても、十分通用するアドバイスではないか。旅行によって、経験だけでなく、知識を確実にしようとするベーコンの真摯な姿勢が読み取れる。

まとめると、ベーコン流旅行のすすめは、
(一) その国を熟知した案内人に付き添ってもらう。
(ニ) 旅の日記をつける。
(三) 行く前に旅行先の国の言葉をいくらか覚える。
(四) 地図や書物を持参する。
直接文は引用しなかったが、街や建物などの風景を実際に歩いてじっくりと観察したり、催しを見物したりするとよい、というようなアドバイスもある。
(五)街を歩いて観察する。
そして、「海外で名声を博している、あらゆる種類の傑出した人物に面会を求めて訪問するがよい。(p.87)」とあるのが意外だった。すなわち、
(六)人間観察と成功のための人脈をつくること。

最後の六番目は、ルネサンス期はともかくとして、現代においては、会う人物と属する職業的なコミュニティ上の接点やきっかけがないとかなり難しいように思う。ただ、名声を博してはいないけれども、前途有望だと感じる人、あるいは、気の合う同世代と偶然を期待して会えるということならもしかしたら可能かもしれない。


ベーコンの時代においては、旅行は現代以上に相当な冒険だったに違いない。軍事衝突や治安上の危険性は現代以上だったのだろうか。
「知は力なり」の名言で有名なベーコンにとって、
「旅行は力なり」だったと言えるかもしれない。

『ベーコン随想集』に興味を持たれた方はぜひ手に取って読んでみてほしい。この記事では、筆者のフィルターを通して、ほんの部分的にしか書いていないからである。私は、古本屋で三百円で買えました。

また、ベーコンの名言集は刊行されています。こちら。




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