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人的資本経営の未来:エンゲージメントとコンプライアンスの調和

こんにちは、ブランド×弁護士の三浦です。今日は最近のバズワードの一つである人的資本経営について考えていきたいと思います。人事部門、コンプライアンス部門双方の人にとって何かヒントになれば幸いです。


人的資本経営についておさらい

人的資本経営とは、従業員の能力やモチベーション、健康などを重視し、組織の競争力や成長力を高める経営手法です。人的資本経営を実践することで、従業員の満足度や生産性が向上し、離職率が低下するというメリットがあります。また、人的資本経営は、社会的責任やブランドイメージの向上にも寄与します。

人的資本経営の背後にあるのは、人材を資本として捉え投資の対象と捉え直す考え方です。従業員に教育などの投資をすることによってその力を最大限に引き出すことが、企業の競争力やイノベーション力を高めるというわけです。人的資本への投資は、投資額に対するリターンが5倍にも10倍にもなると言われており、企業の持続的な成長に欠かせない戦略として人的資本経営に取り組む企業は、今後ますます増えていくでしょう。

人的資本経営とコンプライアンスの関係はよくわからない。

人的資本経営、とくにその手段としての人的資本”開示”の項目の中には、コンプライアンスに関する事項が含まれています。コンプライアンスと人的資本経営にはどんな関係があるのでしょうか。色々と調べたのですが、その関連については今一つハッキリしない、あるいはハッキリと語られていないようだというのが私の結論です。

内閣府の「人的資本可視化指針」には開示項目の例として7分野19項目を挙げています。この中に「コンプライアンス・労働慣行」が含まれています。ただ、なぜ「コンプライアンス」が開示項目に含まれるのか、つまりなぜコンプライアンスが「人的資本」の一部として、投資家が企業の将来性を判断する要素になるのかについてはあまり語られていません。

PwCが行った「人的資本に関する開示状況の分析(2022年12月期有価証券報告書)」によると、2023年3月期の有価証券報告書から新設された「サステナビリティに関する考え方及び取組」の記載欄において、コンプライアンス・労働慣行に関する開示を行った企業は23社中わずかに3社のみでした。このことは、コンプライアンスが人事戦略、経営戦略とどのような関係があるのか、そのストーリーを描けない企業が多いことを示唆しています。

「統合的ストーリー」を考えろ!と言われたら?

だとすると、経営層から人事担当者やコンプライアンス担当者に対して「コンプライアンスについて”統合的ストーリー”をの素案を考えろ」という指示が飛んでくることも十分にありそうです。

このストーリーを考えるのに有効なのが、「コンセプトドリヴン・コンプライアンス」でも紹介している「3-WHYs」です。

3-WHYs

3‐WHYsは、人的資本経営の中でもエンゲージメントの文脈で登場する企業のミッション(組織のWHY)と個人の想い(個人のWHY)との重なりの部分、つまり組織と個人がWIN-WINになる部分にエンゲージメントの源泉があるという考え方に、もう一つ「法律のWHY」を足すことでコンプライアンスのコンセプトを見つけるフレームワークです。

日本企業の多くが、コンプライアンスと経営戦略を結び付けられない理由の一つに日本の教育があります。現在の現役世代が受けてきた教育の中では「校則」に代表される「ルール」は学校や政府という絶対的権力から一方的に与えられるものでした。したがって、ルールは「額面通りに守る」か「破る」の2択であり、ルールの背後にあるWHYに遡って考えたり、WHYに則って変更できるものだということはほとんど教えられてきませんでした。

ルールとうまく付き合う方法として思い浮かぶのは、一休さんや大岡越前のような”とんち”で切り抜けるという手法か、信念に従いルールに従わない(法律用語でいうところの「確信犯」)のようなもののみ。ルールというものに向き合う機会の少なさが、「統合的ストーリー」を描くことを難しくしている原因だと言えます。

機会が少なかったのであれば今からでもその機会を設ければいいですよね。

幸いにして、私たち弁護士はその養成課程において「ルールとは何か」について考えることに多くの時間を費やしてきましたし、仕事においても日々「ルールとの付き合い方」を考えていますので、ここにはちょっと自信があります。実際に、私のワークショップでは、多くの方から「ルールとの付き合い方について大きな気づきがあった」という趣旨のコメントをいただいています。

具体的な統合的ストーリーは?

統合的ストーリーの要は、コンプライアンスとエンゲージメントとの関係です。エンゲージメントとは、いわば企業と従業員との「約束・信頼関係」。不正をさせる、やらざるを得ないような環境下では企業と従業員との信頼関係は生まれません。

実際に、パーソル総研の「企業の不正・不祥事に関する定量調査」では”不正の関与・目撃経験は、関与者・目撃者自身の「幸福度」、「組織コミットメント」、「継続就業意向」を低下させる傾向”が報告されており、コンプライアンスを高めることでエンゲージメントを向上させることが人的資本経営に適うと言えます。

ただし、それにはこれまでのような「厳しいルールと統制」を中心とするコンプライアンスとは別のアプローチが必要です。指示、命令、コントロール、議論と決定、一方通行型の組織マネジメントはもはや過去のもの。コンプライアンスもまた、協働、創発、内発的動機、エンパワーメント、対話といった新しいマネジメント手法に則って行わなければ、エンゲージメント向上に資することはできません。「コンセプトドリヴン・コンプライアンス」はそのための具体的手法の一つです。

人的資本”開示”への対応か、人的資本”経営”への関与か

人的資本”開示”に形式的に対応するだけであれば、公開されている他社の開示事例を集めて、その中から自社でできるものを選択して実施すればいいだけです。最近ではBingAIに簡単なプロンプトで指示を出せば、そこそこ精度の高いリサーチ結果を返してくれますので、以前のように大量の資料を読み込む必要もありません。

しかし、それは本当に「やりたい仕事」なのでしょうか。人的資本経営はこれまで「間接部門」と言われてきた人事部門やコンプライアンス部門が”経営”に直接関与できるチャンスです。このチャンスを生かすことが私たちが「人的資本」として成すべきことなのではないかと思えてなりません。

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