おかしい。文芸部に入るはずが・・・/大学で、能楽部に入った話。(01)【エッセイ:あの日、私と京都は。4】
(よし、帰ろう)
ゴールデンウィークに突入する直前の金曜日、私はぐるりと生協(*)内を見回して決意した。
春――それは、めくるめく新歓イベントの季節。
山のようなビラが講義室にばらまかれ、黒板も白板もチカチカするほど色とりどりの文字で埋め尽くされ、外に出ればタテカンが所狭しと占拠する。そんな季節。
夕暮れにもなれば、最近キレイになったばかり(注:当時)のクスノキ前や学生御用達の生協前には、新歓担当のサークル員がうじゃうじゃと出現する。「ご飯行こうぜ」をエサに新入生を誘引し、お構いなしに引っ張り込むのだ。
そんな中、私は金曜5限のパンキョー(一般教養)の授業までご丁寧に出た後、自ら、中央キャンパスの西向かいにある生協に出向いていた。
地方から一人で入学したボッチの大学生。新歓で連れてこられたのでもなく、誰かに誘われたのでもない。
ただ、今朝1限に出た講義室に置いてあったビラから「文芸部」なる超超マイナーな存在を知り、探しにきたのだった。
(・・・・・・)
だが、いない。いや、見つからなかった。
食堂は広い。まして一番混み合う時間帯だ。数人ほど(←想像)で活動している文芸部を見つけるなんて、どだい無理な話だったのだ。
(うん。帰ろう。フレスコ行って牛乳と食パン買って帰ろう)
スーパーの特売チラシを思い出しながら階段を降りる。
見つからないなら、それも縁だ。
出口では、看板やビラを手にした幾つかのサークルが新歓をやっていた。
5月突入前、最後の追い込みなのだろう。4月が終われば、パタリと新歓イベントは少なくなる。
――本当なら、文芸部の話を聞いて、活動場所は食堂だしきっとそのまま「夕飯は?一緒に食べる?」なんてことになって、きゃっきゃうふふと金曜の夜を過ごすはずだったのにな。
帰ると決めたものの、やっぱり気分は、見知らぬ土地に踏み出すドキドキを抱えて1日過ごしたのだ。消化不良にもほどがある。いや、消化するほどのものも腹にはないのだが。
代わり・・・っていうのもアレだけど、どこかの団体に声をかけてみてもいいかもな。
これまでにも、ボート部とかマンドリンとか熱気球とか、「今ここで関わらなかったら一生知らずに終わる」ようなサークルの新歓に行ったことあるし。新入生ならではの特権だ。
ええと。今日いるサークルは・・・
「新歓イベントやってまーす!」
「あ!君たち新入生やろ?これから体験やんのやけどなぁ」
「このGW予定あるのん?うちら新歓キャンプやるよ!今日なら間に合う!」
体育館が近いのもあって、体育会系のサークルが多い気がした。がたいのいい上回生。かわいい先輩。その周りに何人かの新入生たちがまばらな輪をつくっている。
その中で――
『能』
・・・
Noh?
入り口のすみで、ぽつんと、『能』と書かれた看板を持ったメガネの男性がいた。
「・・・・・・」
隣の団体も、その隣の団体も、その隣もその隣も
「レスリング知ってる?知らん?大丈夫!みんな知らん!」
「うちらは週3回で練習やっててな・・・」
「この後ご飯の予定ない?ご飯だけでも食べようやー」
声を張り上げ、笑顔を振りまき、せっせと勧誘にいそしんでいる。
だがしかし。
「・・・・・・」
『黙』
とでも書いといた方が適切じゃないかと思うほどに、そこには静寂の異空間が出現していた。
・・・この人・・・
・・・なんで、ここに立ってるんだろう?
新歓? 「能」?能って?何の能力?
声かける気ある?ないですよね?
でも立ってるってどういうこと?
「・・・・・・」
怪しい人には見えないけど、いや、とっっっても怪しいけど、どこか憂いを帯びて、寂しげに、一人で佇むその人・・・。
「・・・・・・」
その・・・明らかに、他のサークルとテンション違うし、何のサークルかよくわかんないし(能?もしかして伝統芸能?うーんでも何か別の意味?)ほんと何しにこの生協前に立ってるんだろう?
誰かに声かけられるのを待ってるのかな? 謎?クイズラリー?
でも、新歓だとしたら、誰か連れて帰るまで、この人ずっと一人でここにいるんだろうか・・・?
「じゃ、今から移動するから新入生、ついてきてやー!」
隣の団体が、ぞろぞろと生協前を離れていく。
そのうち、他の団体も徐々に移動を開始し始める。
男性はというと、特に隣に目をくれるでもなく――
――ちょっと、ため息をつく。
「・・・・・・」
・・・この後フレスコで、牛乳買って帰るぐらいだしなぁ。
文芸部、いなかったしなぁ。
・・・「能」って、何のことかよくわかんないけど。
怪しい団体だったら、逃げればいいし。人目もあるし。むこうに自転車も置いてるし。
話しかけたらこの人、喜ぶだろうか。
「・・・すいませ~ん・・・」
「・・・・・・え?」
男性がこちらを見る。
メガネの奥が驚きの色を見せる。
「能・・・・・って、何ですか・・・・・・?」
***
あの日の、たまたま出た、ちょっとの勇気と、好奇心。
それがすべての始まりだったのである。
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