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祖父と私と、ブルガリア。#ヨーグルトのある食卓(エッセイ小説)

私は、祖父には一生、敵わない。

まぁそもそも大正生まれの日本人と昭和末期でぬくぬく育った人間が、同じ土俵に乗ることすらちゃんちゃらおかしいって話なのだが。

まず戦争から生きて帰ってきた時点で凄いのに、うちの小さな商店を切り盛りして大きな家を建てて、マメで真面目で優しくて、90超えても一切ボケずに頭の切れる人だったからほんと凄い。

いつだって、背筋をピン!と伸ばして

「背筋はいつもシャンとしとれ。骨も内臓も心も、全部つながっとる」

そう言って、猫背の兄の背をばしぃと叩いていた。

祖父は毎朝、新聞三紙に目を通し、ニュースを見ながら「またアホなこと言うとる」とつぶやき、政治がどうだ税金がどうだと腹を立てる。
そして白米と味噌汁、小鉢を食べ、もう一つ必ず食べるものがあった。

ヨーグルトだ。

しかも決まってブルガリアヨーグルト(プレーン)。

「ブルガリア、あるか」

朝ご飯の後、祖父はおもむろに祖母に尋ねる(祖父の中ではヨーグルト=ブルガリア)。

祖母は「はい」と立ち上がって冷蔵庫を開ける。
取り出すのは勿論ブルガリアヨーグルトだ。

それと洗い立てのカレースプーンを祖父に手渡すと、祖父はそのまま、ばかりと開けて食べ始める。

何もつけない。
何も入れない。
ただ、プレーンのヨーグルトを一人、もりもり食べる。

で、半分ほど食べたら蓋を閉めて祖母に渡し、そのまま冷蔵庫に入れられる。

「清潔なスプーンをお使い下さい」どころの騒ぎじゃない。食べさしが冷蔵庫に入れられるのだから。
でも、戦地で草を食べて生き延びた祖父にとっては、ヨーグルトに繁殖する雑菌ごときで下すような軟弱な腹は持ち合わせていないのだろう。そもそも、残り半分も夕方にはオヤツとして平らげてしまう。

だから冷蔵庫には、常にブルガリアヨーグルトがストックされ、上段は祖父専用のブルガリアヨーグルト畑となっていた。
下段にあるのが、それ以外の人が食べる場合のヨーグルトである。

私もヨーグルトが好きだ。
毎朝バナナを入れて食べるのが、小学生の頃からの日課だ。

でも、ヨーグルトのビフィズス菌との相性なのか、食べ過ぎるとてきめんに腸への効果がある人間なので、大さじ2杯も食べれば十分だ。
ましてあのパックを1日1個1人で全部食べるとか、何であんなに食べられるんだろうと思う。たまにテレビで、長生きのおじいちゃんおばあちゃんたちが「長生きの秘訣は●●です」と普段食べているものを紹介することがあるが、祖父の場合は絶対にヨーグルトだ。間違いない。祖父もきっと健康を意識して、ていうか意識しすぎて、毎日あんなに食べてるに違いない。


「・・・じいちゃん、ヨーグルト好きやねぇ」

昔、今日のヨーグルトを食べ終わった祖父に聞いたことがある。

「なんでそんな食べるん?健康にいいから?ほら、ビフィズス菌とか体にいい言うし。なんかあるん?」

祖父は、空の容器をぽいと捨てながら答えた。


「んまいから。」


んまい。

ああ。
そっか。

それ以上でも、それ以下でもない。体に素直なんだ、シンプルなんだ。そうかーおいしいもんな、そうだよなー人間それが一番だよな。難しく考える必要、何もないよなぁー

・・・。

やっぱ、祖父には敵わない。


そんな祖父は、今年で満100歳になる。

もし、今年まで、生きてたら。

100まで、もうちょっとのところだったな。
絶対長生きして、長寿の秘訣インタビュー受けて、私は孫として背景の集合写真に映ると思ってたのに。
惜しかった。

それでも、祖父には敵わない。だってヨーグルト1パックを全部とか、とてもじゃないけど私のお腹が耐えられない。

けど私だって、毎日、ヨーグルトを食べている。
で、このままもし私が祖父より長生きして、100歳とか120歳とか生きたとしたら、インタビューで答えるんだ。

「長生きの秘訣はなんですか?」

「ヨーグルトです。私の祖父も昔、毎日食べてたんです」

シワだらけの私は、背筋をピン!と伸ばして、にこやかに付け加えるんだ。

「だってヨーグルト、おいしいから。」


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