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【小説】 アフター・ゾンビ

 太平洋沿岸に浮かぶ一隻の船があった。この船はU国の国有の船である。巨大なこの船はステルス機能を備えていて、他国からは感知されない仕様になっていた。船の正体は移動型の生物兵器研究所である。生物兵器の使用はジュネーヴ条約で禁止されているから、この研究をすること自体、公に行うことはできない。そこで、常に公海上を移動させることで、極秘に研究を行っているのである。しかし、2週間ほど前からU国はこの船と連絡をとることができないでいた。

 それからさらに3日後、G国の海岸に人の遺体が打ち上げられたとの通報が入った。しかし、警察が駆け付けたころには遺体はなく、通報したとみられる人物の姿も確認できなかった。事件性も視野に入れて捜索が行われたが、程なくして各地で暴徒に襲われたという通報が増え、それどころではなくなった。暴徒は人語を理解せず、有り余る凶暴性で人を襲った。つまり、各地でゾンビが大量発生したということである。やがて、ゾンビは隣国にも確認され、遺体が発見されたという通報があってから48時間後には世界中で確認された。パンデミックの発生である。

 ゾンビに噛まれた人々はゾンビ化する。そして、ゾンビの特効薬はない。この事実に気付くまでに時間はかからなかった。早い段階で医療は崩壊し、その後すぐに社会も崩壊した。政府は機能不全に陥り、世界は世紀末と化した。貨幣は意味を持たず、強盗や盗みが多発した。また、ゾンビは死ぬまで襲い続けることから、自衛のためにはゾンビの頭部を完全に破壊して殺す必要があった。これは、脳に寄生した寄生生物を殺すことを意味していた。

 しかし、事態は急変する。それはパンデミック発生から3日後のことだった。突如、U国から特効薬とワクチンの提供、そして、それらの製造方法が記された文書の公開がなされたのである。1週間も経たないうちに全人類がワクチンの接種を完了し、特効薬によってゾンビ化した人々も完全に回復した。徐々に日常が戻り始めていた。

 ここからが問題である。政府はパンデミック時による強盗や盗みによる経済的損害の補償や精神的な傷を負った元ゾンビの人々への社会復帰支援等に追われていた。また、殺されたゾンビの遺族らによって、殺人事件として加害者を検挙するべきだとして国を訴えるデモが起きた。国は加害者を検挙することを認めるものの、情状酌量の余地があるとして例外的に無罪とする決定をした。しかし、加害者らには遺族らに寄付金を贈与するように行政指導を行った。これは、事実上の損害賠償請求であるが、如何せん強制性がないため、指導に応じない者が大半だった。結果、政府が負担することとなった。

 そのほか、職を失った人々やPTSDを発症した人々によるデモも多発した。政府はパンク寸前の状態だった。やがて、デモは過激化し、暴徒化した人々によって各地でテロが起きていた。暴れまわる暴徒や徘徊する浮浪者がそこら中に発生していた。

 U国郊外に住むジャクソン一家は4人家族で、陰謀論者だった。だから、彼らの家の地下にはシェルターがあって、一か月分の食料も備えられていた。彼らは家にある無線でいち早くU国が船と連絡がとれなくなったことを知ると、すぐにシェルターに入った。しかし、不幸なことにシェルターに備えておいたラジオが壊れていたために、外の状況を知ることができないでいた。それで、食料を節約して、籠り続けるしかなかった。しかし、ニか月もすると食料も底をついた。これ以上はシェルターで生活することができないことは明らかだった。

 ジャクソン家の亭主であるエイブラハムは家族の代表者として、外に出る決意をした。シェルター内にあるアウトブレイク用に備えておいた防護服に身を包み、ヘルメットのバイザー越しに外の世界を見た。彼の目にはそこら中の暴れまわるゾンビや徘徊するゾンビが映った。彼は怖気づいてシェルターに戻るとヘルメットを取るなり言った。「あんなに恐ろしい生物はいない。そこら中に死んだように生きている生物がうじゃうじゃいやがる」


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