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【小説】 サンプリング・ラブ

 レイはクラブでDJをしている。25歳だから年齢は若い。ユキも23歳で若い。彼らはクラブで出会い、そして付き合った。もっとも、彼らは大人だ。大人だから、告白をして付き合うとかではない。自然な流れで彼らは付き合った。



 少しまだ肌寒さが残る冬のある日、二人は手を繋いで歩いていた。狭い歩道を横に並んで歩いていた。二人は「まだ肌寒いね」とか、「天気がいいね」とかしか言わなかった。冷たく乾燥した空気の寒さに、手を繋いだ二人はさらされた。時折吹く冷えた風に、二人は何度も手を離しそうになったものの、しっかりと握っていた。二人は寒さに何とか耐えて歩いていた。



 「ねえ、DJって普段も音楽たくさん聞くの?一番好きな音楽ってなに?」ユキは最近流行っているフラペチーノの写真を撮りながらレイに聞いた。「一番好きな音楽はルートヴィッヒ・ヴァン・ベートーヴェンの交響曲9番かな。帝王カラヤンが結局一番好きかな」ユキはフラペチーノが二つ写る角度を探しながら、「ベートーベン?カラヤンってなに?」と聞いた。

 「カラヤンは指揮者の名前。嫌いな指揮者はバーンスタインかな。なんか音がわざとらしくて、くどくて嫌いなんだよね。そういえば、クーベリックも好きだな。カラヤンを聴いた後に聴くクーベリックは、音のずらし方が上品でいいんだよね」レイはテーブルに置かれたユキの手を握りながら言った。

 「へー、DJってやっぱり音楽詳しんだ。すごい」ユキは、スマホから目を離し、レイの目を見て言った。「そんなことないよ、これくらい普通だと思うよ」彼女の上目遣いに思わずレイは目をそらしてしまった。

 「かわいいね」レイはユキの目を見て言った。「そんなことないよ」ユキはまんざらでもなさそうに言った。




 「これかわいいー、いい匂いするー」ユキはカラフルなバスボムを手に取って言った。店はあまり広いとは言えないが、カップルでいっぱいだった。店内はバスボムの匂いと、香水の匂いが充満していた。「見て―、花のかたちになってるー」ユキは少し値段の高いバスボムを手に取って匂いを嗅いだ。店内のカップルは、みな流行りの服を着ていた。極端に肌を露出させたファッションや、オシャレにセットした髪型も、狭い店内では代わり映えしない、バスボムのようだった。「じゃあ、俺が買ってあげるよ」レイは思ったよりも高いな、と思った。






 早咲きの夜桜がきれいなデートスポットにベンチがあった。桜がきれいな下で、二人はベンチに座りながら、スマホをいじっていた。「ねえ、ユキ」「なに?」ユキは、スマホで桜の写真と一緒に映る二人を加工していた。「俺たちもう、別れようか」レイは、遠くで騒いでいるカップルをぼんやりと眺めながら言った。それを聞いたユキは、しばらくスマホを触ってから、「その方がいいと思う。私たち、友達の方がいいと思う」と言った。

 夜風が吹いた。桜の木の枝が揺れ、花びらが舞い落ちた。「駅まで送ろうか?」レイはユキの目を見て言った。「じゃあ、お願い」ユキもレイの目を見て言った。二人はベンチから立ち上がると、駅に向かって歩いて行った。


 繰り返し、繰り返し。回るターンテーブル。そして、スクラッチ。飽きると、またディグる。繰り返し、繰り返し。回るターンテーブル。スクラッチ。ディグる。ターンテーブル。スクラッチ。ディグ。



愛に理屈はいらない


サンプリング・ラブに愛を込めて

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