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掌編ファンタジー小説「異世界伝聞録」その17

その青薔薇は、或いは純粋な願いの形だったのかもしれない。

 
「お前たちには妾がどう見える?」

魔界を従えたスペクターは、確かに見知った女性の姿をとっていた。

セルナークは戦意を喪失し、うわ言を呟いていた。

「フィオラはいない。振り向いたら彼女は居なかった。影と消えた。お前は誰だ……。」

ミュレアが灰色狼を走らせセルナークに駆け寄る。

「セルナーク。フィオラとは誰ですか? 私にはアレはフェイミィに見えます。酷く恐ろしいオーラですが。……既にドライアドからのヤドリギの槍の加護は残り2回分と言ったところでしょう。立てますか? 一旦引きますよ。」

スペクターは高らかに笑い、俺たちを睥睨した。

「天上より来たる妾は至高の美であろう? さぁ、酔いしれるがよい。我が腕に抱かれて心地よい愛を語って聴かせよ。悦楽の表情が懇願する様は妾の情欲を刺激する……。」

「御免ッ!!」

途端に背後から絶倒の一太刀が振り下ろされるが、スペクターの表皮で受け止められる。

「……背後からとは無粋な。何奴じゃ?」

「このザザーレン、剣士として最善を尽くしただけ! ヴァルコサッ! コレは幻影だ! 大鎚を!」

「承知したぞぉーッ!」

ヴァルコサの鎚が崩れた鐘を鳴らす。

ゴォーん……。

空間はビリビリと震え出し、スペクターの像がブレる。それはよく見ると崩折れた迷宮の柱だった。

「……エイドウィン。何に見えた?」

静寂の中、まずフェイルーンがエイドウィンに聞いた。

「……ドルチェルだったが、フェイミィでもあった。」

「私と一緒。」

「亡霊か。」

しかし、どうしたものかとエイドウィンは悩む。

「エナジーは何処からかの星の神性の分霊…ではあるが。意識はこの地で信心を集めるのだろうなぁ。祀れば確かに神の権能で助けてはくれるだろうが…。」

「私には情熱的だった。ザザーレンの見たものが聞きたい。」

ザザーレンはフェイルーンの顔を見て背を向けた。

「そそそ、そんなことより対策だ。ごほん……エイドウィン、何か策はないのか?」

「対策か。亡霊ならこの迷宮は出ないだろうけど……。みんなはどうしたい? この迷宮は次元流の通り道だ。」

「あの……先生。」

「どうした、シド?」

「スペクター、亡霊とはなんですか?」

「簡単に言えばお化けだな。みんな違うものが見えただろう? ということは第一の定義は虚怪だ。見間違い、聞き間違い。現に俺たちは奴から物理的に攻撃もダメージも受けてはいない。つまりは実体がない。」

「確かに、ザザーレンさんの剣も通りませんでしたし。」

「そりゃあな。」

「ですが先生、現象としてはどう見ますか?」

「ふむ、そうさな。セルナーク。お前には何に見えた? “花(フィオラ)“か?」

「……あぁ、あの日のフィオラに瓜二つだった。雰囲気は似ても似つかなかったが。」

シドは首を傾げる。

「お知り合いですか?」

「この中でフィオラを知っているものは?」

皆顔を見合わせるが、誰も知らないようだ。

「となると知っているのは俺とセルナークだけか。昔に別の迷宮での霊素災害のときにフィオラに会ったのは。……あの子はいつしか現れて急に居なくなったが。何か知らないかセルナーク?」

「……私は過去の祓魔戦線で精神を病んだ。その際看護に当たってくれたのが彼女だ。」

「彼女と最初に出会ったのは?」

「私の病室の花瓶の花を変える時に初めて出会った。」

「俺は幼いファラをお前に預ける際に中継ぎとして会った。ファラはよく笑っていたよ。お前が見たのは、本当に俺の知っているフィオラだったのか? 名前が同じだけじゃないか?」

「そう言われてみれば……。ファラ!」

「あ、はい。師匠」

「お前にはスペクターは何に見えた?」

「何も見えませんでしたよ? みんなが急に騒ぎだしたので、何かと思いましたが。」

「ふむ、みんな聞いてくれ!“迷宮に入ってから魔法を使った回数は何回だ?“」

ミュレアが挙手した。

「私は一回です。フェイルーンは精霊の木ナイフを30回ほど、矢の加護はわかりません。」

「32回。」

フェイルーンが答えたあとみな口々に宣言する。

「よし、みんなありがとう。どうやらマナに当てられた不死者の思念波が局所的にあの柱に集まったようだ。柱の元には花も咲いている。これは、小動物の足跡だな。」

たったったっ。

「おーい、みんなぁー!」

「フェイミィか。どうした? ドルチェルは?」

エイドウィンが言うと息を切らせながらフェイミィが口を開く。

「急に流れ星が見えたから、お願いごとしたのよ。みんなが無事でいますようにって。そしたら静かになったから様子を見に来たの。ドルチェルは留守番してる。」

「そうか、実は魔神王を語るやつがな……。」

ガサっ。

「きゃうわぉーん。」

「うわなにこのかわいい生き物……。ウサギ? キツネ? イヌ? 抱っこしていい?」

途端に謎生物が喋りだす。

「わ、わらわをだっこするじゃと? ふざけっ、あっ、もふもふするな。わらわはきさまたちに至上のえつらくを……!」

「天狐さまにござるな。」

「誰?」

鳥獣戯画からの助けの者の一人が口を開く。

「申し遅れました。某はサイゾウと申すもの。こちらは天狐さまになりまする。」

そう言って天狐さまを抱き上げるサイゾウ。

「そち、わらわを知っておるのか?」

「はっ、フェイミィ殿の願いを星が聞き届け、顕現なさったようにございまする。」

「そうか! もふってよいぞ!」

「ありがたき幸せ! あそれ、もふもふもふ。」

いつの間にか朝日がのぼり、その日は解散してギルドで宴となった。

これにて一件落着。
ひとまずは、
めでたし、めでたし。

ーーー異世界伝聞録。
   魔神掃討戦線「堕天回帰への異聞録2」






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