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【脳死は人の死ではない#8】脳死した妊婦さんから元気な赤ちゃんが誕生!(2)

前回、脳死した妊婦さんから元気な赤ちゃんが誕生したというお話を取り上げました。

今回は、前回少し触れました、脳死から出産までの最長記録であるブラジルの女性の例を取り上げます。この21歳の女性は、脳死判定から123日後に元気な双子の赤ちゃんを帝王切開で出産しています。「テックインサイト」2017年7月14日の記事を引用します。

脳死した妊婦、123日後に元気な双子の赤ちゃんを出産(ブラジル)

愛する夫と2歳の娘、そしてこれから生まれてくる双子の子供たちとの幸せな家庭を夢見ていたであろう21歳の妊婦が、脳卒中で倒れ脳死状態となった。しかし母親の胎内で双子の命は尽きることなく生き続け、今年2月に懸命な医師らの治療とケアにより無事に誕生した。妊婦の脳死から123日後のことであり、医学上前例のない奇跡の誕生となった。英メディア『Mirror』や『Metro』の他、米メディア『Inside Edition』が伝えている。

ブラジルのコンテンダに暮らすフランキーレン=ダ=シルヴァ・ザンポリ=パジーリャさん(Frankielen da Silva Zampoli Padilha、21歳)は昨年10月、仕事へ向かう途中だった夫ムリエルさん(24歳)に電話し「頭痛で死にそうだからすぐに帰って来て」と伝えた。

ムリエルさんは薬を飲むように指示したが、フランキーレンさんは「痛みが激しいの。首の後ろも痛くて倒れそう」と訴えたためすぐに自宅へ引き返した。すると体を震わせながら痛みで嘔吐と眩暈を起こし泣いていた妻を見つけ、車でカンポ・ラルゴにあるノッソ・サンホラ・ド・ロシオ病院へ連れて行った。

フランキーレンさんはこの時、ムリエルさんに「家にはきっと帰れないと思うから覚悟しておいてほしい」と話しており、実際にこれが夫が聞いた妻の最後の言葉となった。その後、意識を失ったフランキーレンさんは複数の検査を受けた結果、脳卒中になり激しい脳内出血を起こしていたことが分かった。治療にあたった医師らはフランキーレンさんが妊娠9週目であることを知ったが、「CT検査や抗生剤など強力な薬の投与をしたため、胎児の命はもって3日でしょう。胎児の心拍が停止したら、奥さんの生命維持装置も止めます」とムリエルさんに告げた。

ところがここで、医師も予期せぬ奇跡が起こった。生き延びることはできないだろうと思われていた双子は、脳死した母の胎内で成長し続けたのだ。神経内科学集中治療室の主任であるダルトン・リヴァベム医師はこのように語っている。

「超音波検査で胎児が生き続けていることを知り、驚きました。患者の臓器は全てそのままで生きているかのように動いていたので、我々は小さな命を救う決心をしたのです。」

それからは24時間体制でフランキーレンさんの心拍数、血流、血圧、酸素量などをモニタリングする日々が続いた。意識のない母親に代わって医師、看護師、栄養士、理学療法士などが交代でお腹の赤ちゃんに語りかけ、歌を歌って励まし続けた。フランキーレンさんのベッドは家族写真などが飾られ、双子のことを知ったブラジルの人々からはたくさんの寄付が寄せられた。ただこの病院では前例がなかったため、リヴァベム医師はポルトガルで脳死患者の体内で107日間胎児が育ったケースを取り扱ったことのある医師へ協力を求め、超音波検査をしながら胎児の状態を観察した。

幸運にも胎児はフランキーレンさんのお腹の中で順調に育ち、今年2月に妊娠7か月の状態で帝王切開によって無事誕生した。その後、フランキーレンさんの心臓と腎臓は臓器提供のために摘出され、人工呼吸器が外された。

妻を亡くすという悲しみを堪えながらも、元気に生まれた男女の双子は5月末に退院し、ムリエルさんが仕事をしている間はフランキーレンさんの母親であるアンジェラさんが世話をしているという。この先、子供たちが母親に会うことは叶わないが、母の強さを持って生まれてきたことは間違いないといえよう。


脳死したお母さんから双子の赤ちゃんが誕生したことは、本当に喜ばしく、また驚くべきことです。

前回も言及しましたが、母体が生きていたからお腹の赤ちゃんが成長できた、というのは間違いないところです。また、人工呼吸器を付けて、生命を維持できたことについては、元々生きているからこうしたことができるわけで、脳死が人の死であるのか?という疑問を浮き彫りにします。

小松美彦教授の『脳死・臓器移植の本当の話』には、次のくだりを見ることができます。

“死んだも同然”とは

「脳死状態に陥ると、心臓は人工呼吸器の力によってしばらくは動きつづけるものの、数日間で確実に止まる」。従来はこのように言われてきた。そして、私たちの多くはそうした情報によって「脳死者は死んだも同然」と思い、脳死者からの臓器移植を認めてきた。だが、しかし、ここでも考えるべきことがある。しかも二重の意味で。

 第一に、「死んだも同然」ということは、あくまでも「同然」なのであって、死んでいることそのものとは根本的に異なるということだ。実際、「死んだも同然」という言葉自体、脳死者が死んでいないことを承知しているからこそ発せられるはずである。本当に死んでいるのなら、あえて「同然」などという表現を使う必要などないからである。だとすると、脳死者が生きていることを承知しながらも、その身体にメスを入れて心臓などを摘出することは、「臓器移植法」によって訴追を免れるかもしれないが、実質的には未必の故意の殺人を犯していることになりはしないだろうか。(P.108)


こうした脳死の実態を見て、皆さんはどうお感じでしょうか。次回は、脳死と臓器移植の実態についてもっと突っ込んで見ていきます。


見出し画像は、あーるさんの画像をお借りしました。ありがとうございます。

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