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「悔しい」という感情の正体がわからない。

ちゃんと、悔しかった。


そう、5月のライターコンペに落ちたことに対する「悔しい」。思った以上にちゃんと悔しくて、半角カタカナでテンションを誤魔化さないとやってらんないくらい。初挑戦ながらも入賞した4月、そこからの落差も相まって、一番最初がうまくいったからって浮かれてた自分が惨めになった。

でも、悔しさを味わったのは久しぶりだったかも。きっと悔しいって感覚が麻痺していて。急に懐かしい感情が呼び起こされたみたいな?私の中にまだその気持ち残ってたんだ、へえ〜って思った。やけに俯瞰してる自分がいる。

元々ね、物心ついた頃から社会人の初め頃までは、「悔しい」「見返したい」という感情がモチベーションの源泉だった。なぜかいつもマイナススタートなんだよなあ。どう考えても、ポジティブな感情で動ける人のほうがいいに決まってる。ネガティブな感情をバネにするのは負荷がかかる。

でも、負けず嫌いかと問われるとそれは違う、と思ってる。noteの下書きにこんなタイトルと雑なメモを残してるくらい。(雑だし言葉も選んでないからだいぶお恥ずかしいね…)

昨年12月末から下書きを熟成してたわ…

ほんとに下書きに書いてるまんま。もっと負けず嫌いになりたかったって思う。競争に興味がない、1位へのこだわりがない、平和がいい、絶対勝たなきゃ嫌だ!みたいなメラメラな思いがない。

ストレングスファインダーでも「競争性」が34資質中32位なので、まあまあ顕著に苦手だ。

下書きのメモを見ると、競争そのものが苦手というよりも、その感情をむき出しにぶつけられることが嫌なのかもしれない。なぜなら、私はそういう感情を相手にぶつけることはしないから。「見返したい」という負の気持ちを、相手にストレートに投げつけたらどうなるか想像がつくから。

感情を抱く≠言葉や行動に表す

極論、言うか言わないか、ってことよね。伝え方もか。でもないものねだりなので、素直にそういう気持ちを外に出せる人が羨ましかったりもする。悔しい!!ムキィィ〜!!〇〇に負けるなんてありえない!!とか。

もうひとつ、勝ち負けのある世界が苦手な理由は、私自身が負けの経験が多くて、負けてる側に感情移入してしまうから。なにを勝ち負けとするかは人それぞれだけど。表舞台で太陽のようにキラキラしてる存在の裏を想像してしまう。

話の終着点を見失ってる。心の奥底では、負けず嫌いだし頑固なんだと思う、たぶんね。でも全然傷ついてないです!大丈夫です!ってフリをしちゃうし、それが板につきすぎてる。

そういえば、なんで悔しいって感情を忘れてたか、味わったのが久しぶりだったか。仕事していたとき、いわゆる負け状態やメンタルしんどい期が続きすぎて、悔しいとか見返したいって欲すらだんだんと薄れて消えちゃったから。跳ね返す力がなくなっていた。悔しさが単なる「劣等感」に化けた。いや、劣等感はもっと昔からあったけど、悔しさを昇華させるための原動力になってたはず。

自分でもゲシュタルト崩壊してきたので、そろそろ終わりにしよう。負の感情以外でなにか頑張りたいな。でも、悔しいって気持ちが自分の中にまだ残っててよかったな。しばらく眠ってたので、定期的に起こさなきゃ。

ライターコンペはこれからも頑張る。悔しかったから。ライターを職としてる人たちに敵わないのは承知してるけど、自分に負けたくないから。へこたれて何もしないまま、ほんとうにダメだったんだって認めたくないから。負けることが怖くて勝負しないのは、ずるいもんね。コンペに限らず、怖いことたくさんあるけど、悔しい感情も必要だってわかった。

はい、ここまで!
自分の内面に抱える感情を掘り起こしてみたよ〜

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熟成下書き

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