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プリザーブドフラワー、9cmヒール、電卓。

28歳最後の日に、捨てたもの。

…と言いたいところだが、まだ玄関に鎮座している。ビニール袋から透けて見える。

名残惜しくて捨てられなかったとかじゃない。シンプルに燃えるゴミの曜日を勘違いしていた。また今度でいいや。そういう日々の積み重ねで「不要なモノ」が狭いアパートの一室に居座り続ける。


前職を辞めるとき、仲のよかった同期が寄せ書きやプレゼントの準備をしてくれた。私が特別とかではなく、それが当たり前の文化だった。私が仕切って必死に寄せ書きのメッセージを集めたこともあるし、めちゃくちゃ忙しい月末に百貨店に行って花束とプレゼントを買ったこともある。

「花枯らしそうだけど、花束いる??」
「そもそも花瓶ある??」
「生花じゃないから、捨てるのも楽だよ」

遠慮のない同期からの言葉。仲良くなりすぎて口が悪くなる典型のパターン。こうして、退職のお祝いに生花の花束ではなく、プリザーブドフラワーをもらった。5年間見送ってきた中で、私だけだったと思う。プリザーブドフラワーが悪いわけじゃないけど、おもろくない??しかも花枯らしそうって思ってたの、同期だけじゃなくて、関わったことのある先輩や後輩もわかる〜ってなってたらしい。うける。

プリザーブドフラワーゆえに、辞めてから1年半以上も捨てられなかった。捨てどきがわからなさすぎた。気づいたら部屋の一部になっていて、でもふと見たら埃が薄っすら積もっていて、意図せずノスタルジックな感じになっていた。


退職してから実は一度も履いていない9cmヒール。毎週更新してるエッセイや、過去の記事にもちょくちょく登場する、私の営業時代を象徴するもののひとつ。

いつかまた履くかもって思って取っておいた。引っ越しのタイミングでさえ捨てられなくて、狭い靴箱に詰め込んでた。転職活動の面接で履くかもって思ったけど、全部オンラインで不要だった。

そして、転職先でも9cmヒールはもう履かなくていいやと思った。もう背伸びしなくていいかもって。

捨てられなかった理由のひとつに、退職直前に買い替えたばっかりだったという現実的なものもある。営業経験のある方には共感してもらえる気がするけど、ヒールとストッキングの消耗ってえげつないじゃないですか。ヒールだけ修理して履き続けることもあったけど。

ヒールも全然削れてなくて、スエード生地っぽい表面もつやつやのままで、中敷きのクッション性もまだあったのに。


営業で電卓を持っていることが意外かどうかはわからない。けど、入社してかなり初期のタイミングで、マウスと電卓は買えって言われた気がする。実際、なにかと計算することはめちゃくちゃ多かった。スマホの画面よりもわかりやすい。Excelを使いこなせるようになってからは、絶対に正確なExcelに頼ることもあったけど。

あとは、パフォーマンスの一面が大きかったよね。訪問してお客さんの前で、あえて値引きの計算をするの。スマホでぽちぽち(実際はほぼ無音)してるより、電卓でカタカタ?叩いてるほうが「それっぽい」雰囲気でるよね。

電卓はもったいないとかそういうわけじゃないけど、なんとなく捨ててなかった。あってもなくても困らない。そこまでかさばるものじゃないし。

しかも、転職先が決まったときに、電卓が必要になるかもって注意書きしてあったの。だから、じゃあ捨てなくていいや〜って思ってたんだけど、使わない!使いますとも言われてない!

そして気づいた、電池が切れていたことに。電池も切れてるし、手汗と手垢で黄ばんでた。営業時代もこんな汚いまま使ってたのか、1年半の時を経て、劣化したのか、後者だと思いたいけど。

いざ、電卓を使う日が来たとしても使いたくない状態になっていた。完全にゴミ認定。


エッセイ口調が抜けなくて、最初から最後まで懐古厨テンションになってしまった。まあ、断捨離したよ〜ってこと。タイトルだけ見た人にはなんのこっちゃ〜だけど、個人的には思い入れのあるモノを捨てた。

過去に置いていくものは過去に、できるだけ今に目を向けて、未来には大事なものだけ持っていく。欲張ってもこぼれちゃうから。手ぶらのほうが、次に大事なものに出会えたときに、ちゃんと抱えられるよね。

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