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11話 山の自然

薄暗い山道を歩く2人の兄弟、兄のドミノと弟のドム。
ドムは墓守であるドミノの置いた足場を頼りに不安定な山道を進んで行く。

さらに一層暗闇が広がる山道へと差し掛かった。
ゴツゴツとした大きな岩場には、何年もかけて木の根が張り付きそこに生い茂る木々や植物がトンネルの様に陽の光を遮っている。

「今、ランプを!」

ドムは荷物を下ろそうと肩に手をかけたが、ドミノは必要ないと首を横に振った。

ドミノは周りを見渡し植物の生い茂る草むらの前に腰を下ろした。
小さな蕾を付けた植物が道なりにそって茂っている。
1人何かに納得した様な顔で立ち上がったドミノは、笑顔で道の真ん中に立った。

「こうすれば、大丈夫ですよ」

そう言ってドミノは大きな両手を重ね合わせて、体の前で叩いた。
弾かれる音が波紋の様に駆け抜けていく。

ドムの鼓膜が揺れると同時に、目を見開いた。

ドムは黄色い光達の中に立っていた。

ドミノの音に驚いた「灯蟲」(あかりむし)が草むらから一斉に飛び出したのだ。

親指の爪よりも少し大きいその虫は、対となる羽根を持ち羽ばたかせ思い思いの方向へ飛んでいる。

「明るい!」

ドムは地上に舞う星に腕を伸ばし触れようとした。
羽根や足の動きは虫そのものだが、その柔らかそうな体には鳥の様な小さなくちばしが付いていた。

「虫?動物?」

ドムの問いかけにドミノは小さく首を横に振った。

ドミノは腕に止まり休憩している灯蟲を観察しながら、

「私は綿虫って呼んでます」
「綿?」
「体が綿みたいでしょ?」
「見える!! 綿が飛んでるみたい!」

ドミノとドムは笑った。
1匹の灯蟲がドムの目の前に飛んできてピッと、鼻先に止まった。

「に、兄さん!」

ドミノはドムの前に人差し指をゆっくり近づけた。
すると灯蟲はドムの鼻先からドミノの人差し指へピョンと移動した。

ドミノの長い指をよじ登りてっぺんまで来ると、再び淡い光を発しながら飛んでいってしまとた。

「この灯蟲は飛ぶ時の羽の衝突摩擦を体にためて光を放ちます」
「静電気って事?」
「その様な感じですかね。ホタルとは異なり、この子達は飛ばないと光りません」

ドミノは飛び交う星々をよけながら、植物の前に腰を下ろした。

「この子達の住処は、陽の当たらない岩場の影などに咲く「水風花」(すいふうか)の側。水風花は大きな音や衝撃を感じると驚き、その根から水分を吸い上げ花の蕾に蓄えます」

ドミノは水風花の1つを摘んでドムに見せた。
さっきまでの小さな蕾が、小さな風船の様に膨らみ垂れ下がっている。

「この水は蕾の中にある蜜と合わさって甘いんですよ。吸ってみますか?」

そう言ってドミノはドムに蕾の膨らんだ水風花を手渡した。
自分も手頃な蕾を摘んでくると、それを口に当ててチュッと吸って見せた。

ドムはこの不思議な植物を口にするのは戸惑ったが恐る恐る口に当て、ドミノを真似て小さく音を立てて吸った。

「んんっ!」

その甘さに驚き、ドムはドミノにもっと食べていいか、と花の蕾に近づいた。

「すっかりドムも虜ですね。この蜜の含んだ水分を餌に灯蟲は成長します。彼らのご飯も残しておいてやって下さいね」

ドミノは両手いっぱいに蕾を摘んだドムを見て小さく笑った。

「こんな虫や花、初めて。村で見たこともないや」

ドミノとドムはこの光を頼りに先を急いだ。

「もしこの山で道に迷ったり水分に困ったら、灯蟲や水風花を探すといい。季節関係なく、薄暗い風の通り道に生息してるので心強い道しるべになります」
「はい!」

光が導く幻想的な空間にドムの足取りも軽くなり、ドミノに遅れる事なくそのペースについて行く事が出来た。

始めて通る道に物珍しさもあったのかもしれない。
道に咲く花や、木々、見たことのない動物達を指差してはドミノに問い、ドミノは丁寧にその生態を説明してドムを感心させた。

「この虫や花、動物達は神が存在した王達の時代から姿形を変えていないと言います。特にこの山は村とは違って時間の流れも遅い。昔の姿のまま時間が止まってるんでしょうね」
「兄さんは何でも知ってるんだね」

ドミノは微笑んだ。

「さぁ、もうすぐです」

ドミノの指差した先に陽の光が差し込んでいる。
太陽の下に出ると、目の前に小屋が見えてきた。

「あれ? もう?」

小屋から村まで約1日かかると言われていた道のりは、日が沈む前に目的地へとたどり着いた。

「本当は途中……置いて行くつもりで歩いたんです」
「え?」
「墓守になるには山に対しても理解が必要です。どんな厳しい環境でも1人で対処する能力がいる。夕刻には必ず墓の前に立って歌わなくてはなりません」
「ぼ、僕が兄さんについていけるか試してたんですか……?」
「に、近い事をしていました。すみません」

ドムは不安そうな顔をドミノに見せている。
ドミノは少し間を置いて言葉を口にした。 

「もし、途中一言でも根を上げた先に行こうかと」

ドムはドミノの告白に、肩にかかる荷物の柄を力の限り握りしめた。
悲しげな顔をするドムとは対照的にドミノの表情は何故か優しかった。

ドミノとドムは小屋の扉の前に立った。
扉を開けるドミノは一足早く小屋に入る。

入り口の前で戸惑うドムは、小屋の中から笑顔で迎えるドミノを見つめた。

「試すような事をしてすみませんでした。でも、ドムは私が居なくても小屋にはたどり付けましたよ」
「どうして……?」
「ドムはもう灯蟲と水風花で道の見分け方、学びましたよね?」

ドムは息を飲む。

「そうか、それらは風の通り道……風は墓に戻る習性があるから迷う事なくここに」
「そういう事です」

笑顔のドミノにドムはようやく事を理解して笑顔を取り戻す。

「ようこそ、墓守の生活へ」

これからドムはここで墓の事、歌う事、山の事、生きていく事、あらゆる事を学んでいく。

そしてドミノは短い間、ここで生きてきた者として彼の前に立ち歩いていく。

ドミノの言葉に導かれドムは笑顔で小屋に足を踏み入れた。

つづく

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