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まばゆいばかりの「理系の人」たち

理系と文系では花火の楽しみかたがちがう。

それに気づいたのは、特許事務所で働くようになってから。

その前はホテルで働いていた。ホテルスタッフのほとんどは文系出身で、文系一直線だったわたしは、ホテルの環境にすぐ慣れた。

ホテル業は常に会話だ。お客さまとのコミュニケーションはもちろん、スタッフどうしの申し送りも、他の部署とのやりとりにも、必ず会話がある。

接客するオモテのスペースだけでなく、フロント裏のオフィス、バンケットホール裏のスペースなど、あらゆる場所で常に口頭でのやりとりがあり、とてもにぎやかだった。

そんな環境で5年ほど働き、これが「会社」の雰囲気だと思っていた。

ところが。

特許事務所に転職し、衝撃を受けた。

えっ?!「会社」ってこんなに静まり返った場所だった?

広い事務所に人がたくさんいるのに、ひどく静か。聞こえてくるのは、PCのキーを打つ音と、時おりかかってくる電話と、ピーッというFAXの受信音。

事務所にいる全員が、PCの前でただひたすらキーを打っている。事務スタッフが上司に口頭でチェックを依頼する場面もあるけれど、それも二言三言。休憩時間をのぞき、スタッフの無駄話がほとんどない。

そもそも、特許事務所には理系の人が多い。「弁理士」は文系優位の資格のように聞こえるかもしれないが、技術発明などの知的財産について法的書類を作る「弁理士」や「技術者」には、理系の知識が必須。業界全体を見ても、弁理士の7割強は理系である

わたしは、特許事務所が前職のホテルとあまりにも雰囲気がちがうことに面食らった。

弁理士、技術者、翻訳者、事務スタッフ。それぞれが個別案件をもっていて、各自の案件を粛々とすすめていく。分からないことがあれば他の人に聞くけれど、デスクはパーティションで区切られていて、質問するのもはばかられるくらいの静けさだ。

いつでもワイワイにぎやかなホテルから転職し、静寂の見本みたいな特許事務所の環境に慣れるのに、2,3ヶ月はかかったと思う。

転職した事務所だけがそんな雰囲気かと思っていたら、特許事務所という空間はどこも似たり寄ったりらしい。

静けさのなか、スタッフは自分の仕事を淡々とすすめていく、そういう場所なのだと知った。ホテルの仕事のように部署をまたいだ連携作業は少なく、個人ベースですすめていく仕事が多いためだ。

わたしは、コミュニケーションスキルの塊みたいな接客業の人を多く知っていただけに、理系出身の人と話す機会がないのを、ちょっと残念だなと思っていた。

会話は人間関係の潤滑油、と思っていたから。

特許事務所に入ってから4ヶ月後。

事務所の近くで花火大会があるという。夏恒例のビッグイベントで、例年50万人くらいの人出らしい。

花火大会は、事務所にとっても一大イベント。お酒とおつまみを準備し、スタッフ全員で花火を見に行く。お花見のときのように、若手スタッフは場所取りをする。

これは、理系の人たちと話すチャンスかも。

花火大会当日の夕暮れ。ビニールシートの上には、汗をかいた大量の缶ビールと、たくさんのおつまみ。みんなで乾杯し、夕焼けを見ながらおつまみに手を伸ばす。

隣にいる同僚と文系同士おしゃべりしていると、ドーン!!と大きな音とともに「うわぁーー」という声。始まった始まったと口々に言い、みんなが花火のほうに体を向ける。

「うわ、すごい!キレイな色」

「あんな面白い形があるんだね」

「最後ハラハラって消えていくのん、切ないよね」

などと、文系同士で盛り上がっていると、弁理士や技術者などの理系の人たちがまったく違う視点で話をしている。

打ち上げ場所、ここからどれくらいの距離かな?
そうですね、うーん。次の花火のとき、秒数を計ってみますね。


秒数を計ってみる?どういうこと?


ひゅーーーーー、ドーーン!!

どうだった?
花火が開いてから「ドーン」まで3秒弱でしたね。
そっか、3秒弱ということはここから1kmくらいだな。
そうですね、それくらいですね。


ん?それ、どういう計算?

訳の分からないわたしは、思わず「どうやったら距離が分かるんですか?」と聞いた。

音は1秒に約340m進むでしょ。花火が空に打ちあがってから音が聞こえるまで、さっき計ってみたら3秒弱あったんだよね。だから、340×3で、まぁ1kmくらいかなって」

1人の弁理士が教えてくれた。

音は1秒に約340m進む?って顔に書いてあったんだろう。

もう1人の弁理士がニコニコしながら

「たぶん中1の理科で習ってるよ」

へ?へぇぇぇ。そうだっけ?そうだったかな・・・

ひゅーーーーー、ドーーン!!

「あ、いまの。中心が緑の花火、華やかでキレイ」

思わずつぶやくと、また別の理系の人が言った。

あれはバリウムですね

ば、バリウム??バリウムって、あの、健康診断のときに飲むやつ?

「ほら、健康診断のときのバリウムですよ」

は、はぁ・・・

「バリウムの金属粉末は、燃えると緑色になるんです。炎色反応、って理科でやりましたよね。花火って炎色反応だから」

「そう、炎色反応。僕は青の花火が好きなんですけどね、青は銅化合物」

と、また別の理系の人が言う。

色がキレイだとか、形が可愛いとか、そんな薄っぺらい感想ばかり言っていた「ザ・文系代表」みたいな自分、チーン。

理系と文系では花火の楽しみかたがちがうのかぁ

そのあと、理系の人たちは炎色反応の話のつづきをしていた。ある人は、友人とキャンプをしたときに、炎色反応を使ったキャンプファイヤーをやってみたんだとか。

「カラフルな炎を作ったんですよー、めっちゃ楽しくて」と話している。それを聞いた別の理系の人が、「あれはめちゃ盛り上がるよね。みんなウォーーーって言ってくれるもんね」などと答えている。

理系の人とキャンプに行くと、面白いことがあるらしい

炎色反応の話からどんどん飛躍し、理系軍団は、わたしには到底理解の及ばないムズカシイ話で盛り上がっていた。

文系ばかりの環境に身をおいてきたわたしにとって、この花火大会での出来事は強烈な印象を残した。

理系の人の視点って面白い。

世の中の事象を科学的な角度から眺めると、まったく違った景色が見えるんだろうな。

この花火大会だけでなく、特許事務所で働いていた20年間には、理系の人特有の視点に驚かされる場面がたくさんあった。日常でもサイエンスを意識している「理系の人」たちってすごいなぁ、と思った。

そういうわけで、文系のわたしにとって「理系の人」たちは、非常にまばゆい存在なのである。

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