【読書】日本純文学リベンジ18 森鴎外『山椒大夫』
山椒の味と演劇
山椒の美味しさ気づいたのは、美味しい鰻を食べるようになってからです。つまり大人になって、しかもお金が自由に使えるようになってからでした。
山椒と山椒大夫が関係あるのかは知りません。
しかし僕にとっては山椒は大人の食べ物で、苦いはずなのに大人が美味しいというビールと同じようなものでした。
「安寿と厨子王」は子供の頃に演劇をやった記憶があります。詳細は覚えていないけど、素敵な名前と感じたことと兄妹でもこんなに仲良くなるものか、不思議に感じた違和感が残っています。
安寿と逗子王の物語という子供の兄弟愛の物語と、山椒大夫という大人の響きのある話とが僕の中では結び付いていませんでした。
いや、結び付いたこともあったのかもしれませんが、分離させてしまったようです。
残酷な大人の世界と鷗外の改変
今読んでみると『山椒大夫』はとても残酷な側面を持った物語だとわかります。
逗子王の拷問のようなシーンもなく、安寿は具体的な場面が描かれないまま死んでしまい、山椒大夫は殺されません。
森鴎外はこうした残酷な場面を省いているようですが、それでも人身売買や経済的な困窮や瞽女(ゴゼ)となった母など、目を背けたくなるような大人の世界のキーワードが多いです。
鴎外らしい簡潔に物語る文体なので、無駄なく物語は進みますが、立ち止まってみるととても大人な世界です。
作品の元となった説経「さんせう(山椒)大夫」からタイトルは決められているでしょうが、兄弟愛がメインなのであれば、「安寿と逗子王」でも良いように思えてしまうのは、僕が子供だからでしょうか。
終わり方
父を探す旅路で誘拐され、姉の命は失われ、盲目となった母と再会する、というあらすじ。文字面だけ見るとなんとも凄惨なストーリーです。
兄妹愛や家族愛を描いているのは間違いないですが、長年苦しんだ逗子王の歩みを考えると胸が苦しくなってしまいます。
山椒大夫への恨みを糧に生きていたのではないか。
そんな想像ばかりしてしまいます。
先にも触れたように鴎外は、原作を改変していますが、山椒大夫を罰さないどころか、人身売買を禁じたことでその土地が栄える、という極めて現実的な社会の秩序を描いています。
作家論からすれば、鴎外のリアリスティックで透徹した視点が面白くもあります。しかし、復讐劇がなくなってしまった物語は、勧善懲悪のような作り物感が減ぜられ現実感が増し、ただただ悲しい不条理を突きつけてきます。
『歴史其儘と歴史離れ』
山椒大夫について鴎外がコメントしている文章で『歴史其儘と歴史離れ』というものがあることを知って、青空文庫をダウンロードしてみました。
この文章はとても短く簡潔に鷗外の気持ちを知ることができます。以下引用となります。
鴎外は歴史の資料を変更することを避けて、伝説を自らの言葉でストーリーに落とし込んでます。しかしまだあまり納得できていない部分があるようです。
こうした文章を見ていると、過去の題材を活用して、自分の思想を描こうとしたというよりも、物語をそのままに描いた、というが正しいのでしょうか。
森鴎外の歴史や伝説を題材としている作品ももう少し読んでみたいと思います。
ともかく、山椒の味は子供にとってはピリピリした辛い味のようです。
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