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化学とデジタルのユニークなコンビネーション。ハーバードMBAの卒業生はどのようにビジネスモデルを構築したか。アメリカで戦う挑戦者 Vol.11

自己紹介をお願いします

松岡俊祐です。大学時代はアメフトに明け暮れて、卒業後ソニーに入社しました。放送機器と液晶テレビの海外マーケティングでやりがいのある仕事をさせてもらっていたのですが、会社は入社以来右肩下がりの厳しい時期でした。退職後、2009年にハーバードビジネススクールに留学することになり、2011年に卒業。卒業前の3月に東日本大震災があり、当初アメリカで就職するつもりだったのですが、日本のためになる、日本に貢献したいという思いを持って日本に帰国し、マッキンゼーで働くことになりました。ただ子どもが病気を患っていて、コンサルティングファームにいると出張が多いこともあり、考えた末に長男の療育のためにアメリカに移住することにしました。M3と縁あって、2014年にボストンに移住することになりました。M3が買収したボストンの会社に在籍していましたが、ターンアラウンドが順調にいかず閉鎖することになり、M3本社のペンシルベニアに行くか、退職してボストンに残るかということになり、子どもの療育を優先し、環境が整っているボストンに残る選択をとりました。結果的に転職した先が、MBAの同級生が立ち上げた会社でした。オペ室の様々なデータを統合してアプリケーションを作る企業に社員第一号として参画し、ビジネスディベロップメントとファンドレイジングを担当しました。ボストンに拠点を持つ企業から125億円超の資金調達をしました。その後コロナパンデミックを経て、別のMBAの同級生と彼の後輩と私の3名で立ち上げたのがGPxです。コロナ禍で心臓疾患を抱えている患者さまがクリニックに通院できずに重篤化していることを知ったことがきっかけです。また私はアメリカに移住した後に祖母を心不全で亡くしていることもあり、取り組むべき問題だという義務感に駆られて気が付けば起業していました。

起業されたビジネスの概要を教えてください

我々は、心不全の患者さまが不便なクリニック訪問、針やインプラントの痛みを経験することなく、血液データを医師に遠隔で提供できる技術を開発しています。心不全は糖尿病や心筋梗塞の行きつく先になる病気です。そして今のところ治療方法は確立されていません。そのため一度患うと入退院を繰り返すことになります。退院している間に医師による遠隔でのモニタリングが許されているのは現状では重篤な患者さまのみとなります。心不全は入院すると適切な薬を服薬することはできるのですが、一度退院してしまうと服薬が難しくなります。そのため重篤患者を除く多くの患者さまは症状の管理が難しく、結果的に服薬もうまく進まず、症状の悪化により頻繁な入退院を繰り返すことになります。先進国では高齢化にともなって、これから心不全の患者さまは日本のみならず世界的にどんどん増えていく状況です。増えていく患者さまが頻繁に入退院を繰り返せば、社会医療費も増えていきます。そのため、医療従事者にとって、心不全の患者さまの積極的なモニタリングを可能とするツールが必要です。それにより患者さまの症状を管理し、再入院を防ぐことにもつながります。私たちは心不全の患者さまが退院後に症状を可視化するツール、医師による適切なモニタリングを可能とするツールを作っているのです。

重篤な患者さまに向けては、退院後の遠隔モニタリングを可能とする、体に埋め込むタイプのデバイスがあります。装着するためには手術をして肺動脈に埋め込む必要があります。それにより心臓への圧迫を検知することができます。しかし治療のためにならまだしも、退院後のモニタリングのためだけに手術をしてデバイスを埋め込むことには抵抗があるものです。そうした身体への心配だけでなく、費用のこともあり、一般的には普及していません。一方、私たちのデバイスは重篤患者さまを含めたすべての心不全患者さまが、体に埋め込む必要なく、また将来的には血液採取をする必要もなく、遠隔での心不全管理を可能とします。

患者さまにはウェアラブルデバイスを腕につけてもらい、そこから生体情報を集積していくのですが、我々はウェアラブルデバイス自体を開発しているわけではありません。むしろデバイスはソニーやアップルが発売している市販のウェアラブルデバイスを使ってもらい、それを通じて患者さまの心拍や歩数など一般的な生体データを集めます。集積された生体情報の変化を我々が開発するアルゴリズムに照らし合わせて心不全管理を行えるようにします。

現在はアルゴリズムの教師データをつくるためと、その検証のための採血を行っている段階です。被験者にウェアラブルを装着してもらって生体情報を集積することに並行して、隔週で血液検査をしてもらっています。なにか血液検査で有意な変化があった時に、逆算してなにか生体情報に変化はなかったのかを見てアルゴリズムをつくっているのです。アルゴリズム開発のために今は採血をしてもらっていますが、FDAの承認を得た暁には血液検査を必要としなくなくなります。

少し専門的になりますが、2017年に日米欧の心不全学会が心不全治療ガイドラインとしてNT-proBNPを一番推奨度の高い血液バイオマーカーに認定しました。NT-proBNPとは、心臓の機能が低下した時に体内に放出されるホルモンです。患者の診断ならびに予後のモニタリングについてはNT-proBNPを使うことが最も有効です。我々はこの重要なバイオマーカーを隔週でトラッキングしています。そのデータとウェアラブルで取得している生体情報との相関関係を見ているので、より精緻なアルゴリズムの開発を進めることができています。

一般的な遠隔での心不全管理は、患者さまに体重計を使ってもらい、肺うっ血によって体重が増えていないかを確認するというものです。例えば一日で3パウンド、一週間で5パウンド増えたら、医師に連絡するように言われています。ただし、一時的な食べ過ぎや飲み過ぎによって体重が増えることもあり、感度としては推奨できません。一方、先述した手術を要するデバイスは、論文で発表されているレベルとしては、精度は99%ですが、感度は75%に止まっています。それに対して我々のアルゴリズムは99.5%の精度と93%の感度を実現しています。

ウェアラブルを提供するテック企業とはどう異なるのでしょうか?

ウェルネスデバイスを手掛けている企業はすでに多くあります。ただ市場にあるウェアラブルデバイスは、まだメディカルデバイスにはなっていません。生体データを収集していますが、現在のウェアラブルデバイスでトラッキングできるデータはノイズが多いのです。例えば心拍数のデータにしても、何十にもわたる縦線を見たところで、それだけを見ても体に何が起きているのか分からないのです。様々な会社がウェアラブルを使って心不全や慢性疾患の増悪を予知するという取り組みをしていますが、得られたデータの解釈が難しく、打ち手につながりにくいのです。心拍数のデータで言えば、心拍の乱れを見た時に、心臓の機能が低下して心拍数が上がっているのか、それとも単純に階段を登るという急な動作が理由で心拍数が上がっているのかの区別がつかないのです。

一方、我々のユニークな点は血液とデジタルとの融合です。デジタル一辺倒でただ生体データを集めて終わりではなく、デジタルに加えて、化学の、血液検査のプロにより、得られた生体データを精度の高い心不全の遠隔モニタリングにつなげます。もちろん採血をして血液をより専門的に解析する会社は存在しますが、こうした企業はデジタルとは一切関係ないのが現状です。この血液一辺倒の会社、そして先ほどのデジタル一辺倒の会社とは異なり、我々は化学とデジタル、そのユニークなコンビネーションに特徴があります。

現在どのような取り組みをされているのですか?

2020年の4月に起業して、いまは治験をしている状況です。全世界で230名の患者をリクルーティングしています。サンプル数が少ないと思われるかもしれませんが、既に心不全を発症している方々を被験者としてリクルーティングしていますので、治験の精度は高いです、その方々にウェアラブルデバイスをつけていただき、1分ごとに生体データを集積しています。そしてその方々に隔週で血液検査をおこなっていただいています。血液データと生体データを掛け合わせたデータベースを築いています。このデータはアメリカで大きな医療機関でも持っていないほどの大きなデータベースを構築している自負があります。

アメリカで9施設、インドで2施設で治験を進めていますが、安価で早く実施できるインドで先行して治験を行いアルゴリズムを作り、アメリカでそのアルゴリズムの有効性を患者さまに検証しています。

こうして得られたアルゴリズムとウェアラブルを掛け合わせて遠隔モニタリングを実現します。我々の画期的なところは、手術を要する埋め込み型のデバイスでは3万ドルくらいの値段がかかるところが、我々のアルゴリズムを例えば市販のアップルウォッチなどと組み合わせて使えば、3万ドルもかけずしてパフォーマンスを凌駕することができる点です。この価格帯で展開できるということは、アメリカのような医療費の高い国だけでなく、他の発展途上の国々にも展開することを可能とします。

最後に、どのようなビジネス展開を描かれているのか教えてください

創業して1年半くらいは10名の患者さまに対してフィージビリティスタディを実施してきました。そもそもウェアラブルを装着してもらえるのかといったことを含めたオペレーションの検証から行ってきました。そこでの学びを踏まえて改良をし、先ほどお話ししましたアルゴリズムの教師データの構築とその検証を現在行っています。アルゴリズムを固めたら、FDA承認を目的とした治験を行います。まさにそのための資金調達を今行っています。資金調達を終え次第、FDA承認に向けた治験を始めます。25年上期に承認を得られるスケジュールを組んでいます。

本当はFDAの承認がなくとも、販売を開始することはできます。しかしFDAの承認を得ることで、投資家の中で我々の企業価値を高めることができます。そのため今は調達した資金を投資してアルゴリズムを構築し、FDAの承認を得ることに注力しています。

我々は病院向けのビジネスモデルで、ターゲットとなる顧客は循環器内科医です。我々がアルゴリズムとウェアラブルデバイスをパッケージとして、FDA承認のお墨付きとともに、医師と医療施設に販売し、診察を通して患者さまにその商品を処方していただきます。医師は診療報酬請求を保険会社や政府に行うことで、保険の償還をしてもらいます。
我々は病院やクリニックに対して、処方された患者数に応じて課金します。一方、病院やクリニックは既に存在する保険点数に応じて保険会社から保険の償還を行うことで、我々に支払うコストをカバーすることができます。つまりは、我々の顧客である病院やクリニックはコストをかけずに我々の商品を購入することができるのです。

患者一人当たり、年間2000ドルのサブスクリプションモデルでパッケージを提供することを考えています。重篤患者向けの埋め込み型デバイスの現在価格が2000ドルです。我々のコスト構造はこのデバイスよりも低く抑えられているものの、価格帯をこの2000ドルに合わせることで、高マージンのビジネスモデルを構築します。保険の償還は患者一人当たり年間2500から3000ドルですので、その範囲内にも収まります。

さらには、病院にとっては再入院を減らすことでコスト削減ができます。というのもオバマ政権下で、バリュー・ベースド・ケアというものが始まりました。患者さまが診察後30日以内に病院に再来すると、病院側が十分な治療を行なっていなかったということでペナルティが課されるという仕組みです。患者さまの再入院を減らすことで、病院やクリニックはこのペナルティ金額を下げることができるわけです。

こうしたビジネスモデルは、創業前に共同創業者たちと議論してつめていました。共同創業者の1人はビジネススクールの中でも一番仲が良く、卒業後も連絡をとりあっていました。彼はヘルスケアに特化した人材で、卒業と同時にヘモグロビンの診断デバイスを扱う会社を起業しました。ただその後、心不全に用いるための血液検査のデバイスを作ろうとしていて、その相談に乗っていました。もう一人の共同創業者も含めて3名で集まって議論していた時に、「体の状況が変わっていることが分かっているのであれば、そもそも血液検査をする必要がなくなるのではないか」という点に気づいたことが創業のきっかけとなりました。そこから1ヶ月で、マネタイズやエグジットを意識しながらビジネスモデルを細かく作り込んでいったのです。



如何だったでしょうか。本サイトでは、「私も一歩踏み出してみよう」と思える。挑戦者の行動を後押しする記事をご紹介しています。

次回の記事もお楽しみに!

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