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【インタビュー】アメリカ・ボストンに学ぶ、日本のライフサイエンスエコシステムの現在地と未来(前編)

今回はボストン屈指の名門校マサチューセッツ工科大学(以下、MIT)を卒業し、現在CIC TokyoでCommunity Development Lead(コミュニティ・デベロップメント・リード)として活躍されている加々美さんにインタビューしました。ご自身もPh.D.をお持ちで、アメリカと日本両国のライフサイエンスとそのエコシステムについて熟知しており、今後の日本のライフサイエンス業界への興味深い示唆が得られました。それでは早速、ライフサイエンス分野の最新トレンドやエコシステム形成について伺っていきたいと思います!

博士(理学)。専門は分子生物学・遺伝学。博士号取得後、文部科学省に入省しライフサイエンス分野の研究開発政策や日本医療研究開発機構(AMED)の設立、初等中等教育のICT化などに携わる。2017年にマサチューセッツ工科大学に留学し、スタートアップ・エコシステムの研究に取り組む。2019年に帰国し、科学技術・イノベーション政策全般や核融合研究開発の担当を経て、2021年7月よりCIC Japanにてコミュニティ・デベロップメント・リードに着任。ライフサイエンス分野のスタートアップ企業支援プログラム等を担当。

まずは簡単な自己紹介をお願いします。


加々美です。現在CIC Tokyoで、コミュニティ・デベロップメント・リードとして働いています。具体的には、どうやって東京そして日本で、エコシステムを作っていくかというのが、仕事の大きな目標です。そのための、政府系のイノベーション関係のプロジェクト、スタートアップの支援、あるいはコミュニティ形成などを主な業務としています。

私のメインのトピックは、ライフサイエンスとエドテック(EdTech)です。私自身のバックグラウンドとしては、元々ライフサイエンス、基礎研究系の生物学の分野でPh.D.を取った後に、文部科学省に入省しました。文部科学省では、ライフサイエンス分野の研究開発の支援、補助金など研究プログラムの企画立案を行い予算を確保する仕事をしていました。また、AMED(国立研究開発法人日本医療研究開発機構)という、医療分野の研究開発に対して省庁横断的に支援を行う独立行政法人を設立するというプロジェクトに従事したり、それとは別に教育や文化に関わる仕事もやっていました。

その後、MITに留学する機会を得て、留学中に日本とアメリカのバイオテックエコシステムの違いを研究したり、現地の研究者と一緒に仕事をしたりしていて、帰国後は一度文科省に戻ったのですが、やはりエコシステム構築の仕事がしたいと思い、昨年の7月からCIC Tokyoでお仕事をさせていただいています。


CICでは現在具体的にどういうお仕事をされているのですか。


コミュニティ・デベロップメントとは、CICの中でというよりも、CICをハブにして、エコシステムのステークホルダーを繋げていく場作りですとか、仲間作りみたいなことをやっています。例えばわかりやすいのは、エコシステムを活性化させていくためには、スタートアップ・起業家だけではなく、大手企業やベンチャーキャピタル、金融機関、政府、大学等研究機関などを繋ぐ必要があります。


そういう人達というのは、特に日本においては組織の壁・業種の壁があって、なかなか繋がることが難しいんですね。みんなが同じ場で一緒に仕事をすることは日本ではなかなかないので、例えばイベント、セミナー、あるいはスタートアップ支援、アクセラレーションプログラムみたいなものの提供を通して、出会いの機会・ネットワーキングの場を作っていくというのを現在仕事でやっています。



ライフサイエンスの分野においてのエコシステムの形成の特殊性、他の分野と比べた違いなどはありますか。


あると思います。一つは、製品のマーケットが日本だけではなく、グローバルなマーケットを目指す必要がある、というのがあります。それに加えて、ライフサイエンスの社会実装の場面というのは医療行為になるということです。最近だと厳密には医療にまでいかないヘルスケア産業領域もあるのですが、ディープな部分はやはり医療行為になってきてしまう。そうすると、その医療を行うために安全性をどう確保するか、という規制があるという特殊性があります。かつ、新しいテクノロジーが出てくれば出てくるほど、規制もそれに合わせて変えていかなければいけない、というのがまた特殊な分野なのかなと思っています。


基本的に規制を変えていくのは政府の役割だと思うんですが、実際テクノロジーのスピード感は速く、一方で政府の規制を変えるのはなかなか大がかりな話だと思います。新しいテクノロジーが生まれて、新しい規制を整える、このキャッチボールの仕方は、日本だとどのように行われているんですか。

まず規制を変えるっていうイメージをどう捉えるかという話で、大きな規制を変えるのは結構大変なんですけど、それとは別に規制がないところに規制を作っていかなければいけないようなテクノロジーも存在するんですよね。

例えば医療の領域だと、昔だったら薬と医療機器などのデバイスという論点だったのが、再生医療ができるようになって細胞医療という領域ができたり、薬も単なる低分子から高分子になったり、そのようなこれまでにない種類の治療が出てくるわけです。このため、新しい分野で安全性を確保するためには、どのようなテクノロジーがあり、どのような治療につながるのかを理解するために、研究者と規制の審査側の人間が密にやりとりを行う必要があります。

過去には日本は承認が非常に遅く、それが競争力を削いでいたという状況があったので、日本の医療規制当局(PMDA)を変革して、ドラッグラグ問題(海外で既に承認されている薬が日本国内で承認されるまでに、長い年月を要するという問題)の解決に取り組んだことがありました。その結果、PMDAで審査を行う専門家を増やして、審査を迅速に行うことができるようになった経緯があります。



ライフサイエンスの分野で、新しいイノベーションを作って商品化するプロセスが上手い国、しっかりできている国はどこになりますか。

審査プロセスというのはどこの国も迅速化を課題にしているところではあるので、データを見ていると、実は近年はスピード感はあまり変わらないです。しかし、医療を作るのにどの国が一番いいかというとアメリカになると思います。新しいテクノロジーがどんどんと真っ先に出てくる国の方が、審査官の腕も鍛えられるという状況があると考えています。そういう意味では、一番新しいものが生まれてきているアメリカは、非常に進んでいるのかなと思っています。


アメリカは研究者と審査当局(FDA)がお互いに早い段階から、どういうふうな規制を作ったら技術が安全に医療に適用できるのかという議論をしていて、その歴史が長いです。一方で、今では市場のグローバル化が進んでいるので、先ほどのドラッグラグの解消を始め、各国が審査が他の国から遅れることなく進むように意識しているかと思います。


テクノロジーがスターティングポイントになって、そこから審査眼が鍛えられて、文化発展につながっているんですね。早い段階って具体的にどういう段階のことを言うのでしょうか。


医療では製品になる前に、そもそも臨床研究のフェーズを何個もクリアしていく必要があります。臨床研究をするということは、安全であると同時に治療効果があることを示すデータを揃える必要があるということですが、そもそもどのようなデータを揃えれば証明できるのか、臨床研究を開始する段階で検討することになります。そもそも、臨床研究に入る前には動物実験(非臨床実験)で安全性を確かめる必要があるので、その安全性も審査されます。なので、臨床研究に入る見通しができた段階、動物実験である程度データが揃ってきたら話はしていると思いますね。


先ほどお話しいただいたPMDAの改善も踏まえて、承認の迅速化という観点でアメリカと比較したとき、今日本は実際どのぐらいできているのでしょうか。

新しいテクノロジーが生まれているところとして、最近はスタートアップも増えてきていますが、重要なのはその人たちがどれだけ規制側とコンタクトする機会があるかっていうことだと思うんですよね。承認の迅速化という意味では日本はアメリカに追いついてきましたが、スタートアップとPMDAの接点や臨床研究を行うためのノウハウ・体制という意味では、日本はまだまだ、機会や知識・人材がスタートアップ側に足りないかなと思います。



今のお立場から見た時に、日本のライフサイエンス分野でエコシステム形成をより促進していくために、課題になっていることはどんなことだと思われますか。


ライフサイエンスの領域でグローバルから見て日本のマーケットというのはやっぱり小さいんです。日本は世界の10%くらいで、40%ぐらいはアメリカが持っている。それを考えると、スタートアップは特にグローバルを目指してやっていかなければいけない現実があると思います。

そこで結構大きな課題だと思っているのは、日本でライフサイエンス系のスタートアップが投資を受けるのに好まれるビジネスモデルと、アメリカのベンチャーキャピタルが投資したがるビジネスモデルっていうのが違ってきてしまっているんですね。日本はアメリカと比べるとそもそもの投資規模が小さく、バイオに強い投資家の数も限られているので、どうしても小規模なお金でローリスク・ローリターンなところに投資しがちなんですね。バイオ分野はそもそもハイリスクなので、それでもハイリスクかもしれませんが。一方アメリカでは、ハイリスク・ハイリターンを狙って最初は赤字をしっかりと掘っていく形です。


例えば、ビジネスモデルで言うと日本だとプラットフォーム型の創薬モデルが結構好まれるのに対して、アメリカではパイプライン型、この疾患に対してこういう薬を作って治療するんだ、という明確なビジネスモデルが好まれます。しかし、この場合は研究開発の過程で治療効果のエビデンスとなるデータが示せなければ失敗することになります。これはプラットフォーム型に比べるとなかなかリスクが高いです。しかし、本当に治療効果が示せれば、確実にマーケットを見通せるので高い企業価値での成長や製薬会社によるM&A…となっていく話なので。


このビジネスモデルの違いが、日本である程度投資を受けているスタートアップが海外展開するときのネックになるのではないかと思ってます。


日本でパイプライン型ビジネスをしたとしても、最初のマーケットがそもそも小さくハイリターンが見込めないから、ベンチャーキャピタルが投資をしないんでしょうか。それとも、日本のカルチャー上、いわゆるハイリスク・ハイリターンというベンチャー文化がないから、ローリスク・ローリターンの戦略に偏っているのでしょうか。

私は後者の可能性が高いと思いますね。あるいは、ハイリスクをとってもハイリターンとなる確率を高めるための専門性が足りない。鶏と卵の関係でもありますが。


ハイリスク・ハイリターンに投資するからには、どれくらいリターンがあるのか、どれだけ確からしいのかっていうのをハイリスクなりにも目利きをする必要があって、その目利きをできるベンチャーキャピタルの人というのは特に日本のライフサイエンス分野では少ないんですよ。


ライフサイエンスという分野が独特・高い専門性が必要ということもあって、投資家の人が比較的ローリスク側に行ってしまう傾向があると言われます。今CICに入居している方でも、パイプライン型ビジネスモデルやってる人がいらっしゃるんですけど、日本では資金調達に苦しんだとのことでした。


ベンチャーキャピタル側にもすごく知識が求められるということで、日本で医療系のベンチャーキャピタルをされている方のバックグラウンドと、アメリカのベンチャーキャピタリストのバックグラウンドって違いがあるんでしょうか。


まず、日本でもアメリカでもバイオの投資を活発に行っている人の特徴っていうのは、やっぱりバイオ系でPh.D.をとっていることだと思います。

でもここで日米の歴史の違いがあると感じていて、そもそも日本ではバイオ分野でPh.D.取ってVCというキャリアの人がまだまだ少ないです。一方でボストンでは、ディープテックでVCやろうと思ったらまずPh.D.取ってないと、という世界にはなっているんですね。採用の段階でPh.D.を持っていることを求めていたりします。


それから海外だと、皆さんVCしながら実はスタートアップ側に回っていて、その研究開発を進めていく中で、実際に事業開発や規制対応を行ったり、あるいはそのためのネットワークを構築したりしているので、アメリカのVCの方は、製薬の薬品や治療を実装していく経験やそのために必要なネットワークは豊富なのかなというふうに思います。

あとは案件の数も全然違って、そもそも日本のスタートアップの数がまだそんなに多くないというのもあるんですが、投資して、IPOまで行ったりM&Aやったり臨床研究がうまくいったりというレベルの成功経験をしたVCの方の数はまだ限られると思います。一方で、アメリカだと、当然出てくるスタートアップの数も多ければ失敗する数も成功する数も多いので、経験は豊富。その差はかなりあるかと思います。


すごく課題感がすっきりしました。では日本では、今後どのようなアプローチが取られていくのでしょうか。また既にその課題に対して何か動きはあるのでしょうか。


まずスタートアップのビジネスモデルの差を埋めていくためには、やっぱり一つでも多くのスタートアップが海外に出ていこうっていうふうに思うこと、そういう中でそういうビジネスモデルやマーケットの壁的なところにぶつかって、絶対アドバイスが必要になるんですよね。そこで、海外でも日本のシーズに対する注目は高いので、メンタリングであったり、海外でビジネスを行うためのノウハウを現地の人から教えてもらうというのが重要なんじゃないかなと思います。

そういう意味で、ジェトロ(日本貿易振興機構)が実施しているプログラムをはじめ、海外展開のための支援を受ける機会はいくつかあるので、そのような支援が継続的に行われることが重要かなと。


逆にライフサイエンス分野において、日本が強いテクノロジー、あるいは日本でイノベーションが起きるであろうフィールドはありますか。どういうところで日本のプレゼンスが出せると思いますか。


創薬という観点では、サイエンス力がものをいうため、特に基礎研究分野でのサイエンス力にちょっとクエスチョンマークがつき始めている日本ではどうなんだろうと思うところがある一方で、日本の強みはやっぱりものづくりだったりするので、いわゆる医療機器とか医工連携といった分野に関してはポテンシャルが高いのではないかなという人は多いですね。

医療機器というのは場合によっては体の中に入れる侵襲性の高い製品なので、かなり精密な製品になります。それのような分野は日本が一番強いところではあるので、医療の現場とものづくりの連携ができてくると本当はかなりポテンシャルがあるんじゃないかと。しかし、現状では医療機器の分野では日本は弱いと言われています。


一つの理由としては、医学部と工学部側の距離感があるからかと思います。そこは損してしまっているところなのかなと思います。


「医学部と工学部の距離が遠い」というのは、加々美さんがその両者を見て距離を感じるのか、あるいはご自身の経験からアメリカと比較してそう思うのか、どちらになるんでしょうか。


実際にアメリカに行ってみて、現地には意図的に医療現場とテクノロジーをつなげる取り組みがあるんですよね。例えばMITのエンジニアリングスクール(工学部)では、メディカルデバイスの授業をやる際に実際に病院などの医療現場とチームを組むことが求められますし、スタンフォード大学でも、お医者さんとエンジニアと経営系の人材で、一緒にグループを組んでプロジェクトをやるとか、積極的にそのような活動を行なっています。

一方で日本ってまだそういう意図的な活動が非常に限られているかと思います。工学部の人が病院や医学部に積極的に入っていくという場面が日本では少ないかと思います。


やはりライフサイエンスの難しさとして知識の専門性があるとなると、学術機関が重要になると推察するのですが、日本でPh.D.を取られて、アメリカのMBAも経験された加々美さんから見て、日本とアメリカの学術機関のライフサイエンスにおける視野の違いは何になるんでしょうか。

またそれを踏まえて、今後日本がどういう方向に行くのか、ご意見あればお伺いしたいです。


視野の違いというか活動の幅の違いっていうのは結構あるかなと思っています。MITやハーバード所属のボストンでサイエンティストとして著名な方達は、研究者として有名なだけではなくて、スタートアップのサイエンティフィック・アドバイザリーボード、みたいな感じで、スタートアップに対してサイエンスの観点から助言を行う立場で関わっています。研究者としては論文という形だけでなく、自分の基礎研究の成果が応用に生かされる場でもあるので、そのような関わり方を通して純粋アカデミアの人でも社会実装の場に携わる機会は多いのではないかと思います。


一方で、日本ではまだまだサイエンティフィック・アドバイザリーに大学の教授がつくケースが少ないんですよね。それは大学教授たちにとってメリットがないという理由もあります。現状では論文を書くことが評価されていて、研究以外のことをやるメリットがないですし時間もありません。米国では場合によっては、サイエンティフィック・アドバイザリーボードに入ることで、エクイティをもらうことで、スタートアップの成長することに貢献するインセンティブが生じます。


また、日本では、「研究以外にあの人何やってるんだ」と周りから思われるような空気感がどうしてもあります。かつてはアメリカもそうだったと言われています。そのような中でMITの超スーパーエースと言われる研究者が、スタートアップでも成功して研究でも成功して、それの結果両方成功する人かっこいい!という雰囲気が生まれて、研究以外のことを行うことに対する見方が変わってきたという状況があります。


日本はまだそういうのがあるわけではなくて、古い考えが残っている。

今後の方向性として、その思考性をどうやったら変えられるか、もっとイノベーションを促進する方向にできるかという議論を、結構みんなとしていますね。


今回はCIC Tokyoの加々美さんにお話を伺いました。次回は引き続き、加々美さんのキャリアについて深掘りしていきたいと思います。質問やご意見があれば、是非コメント欄まで!記事が良かったらシェア、スキをお願いします!

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