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アスリートのキャリアハイライト/ホッケーとの出会い/「他者評価」「結果思考」

前回の投稿でも書いたようにホッケー選手として

ホッケーを始めたのが小学校4年生、8歳の時でした。

私の通っていた小学校にはホッケーチームがあって

生徒の3分の1くらいの子供ホッケーをしていた気がします。

私にとってはホッケーは身近で福井県には

ホッケー専用の人工芝のグランドがありました。

マイナースポーツと呼ばれている事なんて全然知らず

仲の良い友達もするから!私も!って感じで

そして、プレーしている子達がキラキラとかっこよく見えて✨

小学校から中学校では基本的に6人制

中学校の最後+高校からは11人制にシフトチェンジ

放課後に砂のグランドで練習、週末は、人工芝でとホッケー三昧生活!

高校生になってもそんな生活は変わらずで

遠征や大会で県外に行くことも頻繁にあって

南は熊本、北は岩手と足を伸ばしたり

活発な小学校、中学校、高校と

地元で9年間ホッケー生活を送ってました。

中学校に上がると急に先輩後輩の上下関係に

驚きながらも、生意気な後輩?ってより

私の中ではフレンドリーな性格を発揮してた記憶🫱🏻‍🫲🏽

これはきっと自分からの見え方、捉え方だけど。笑

小学校までは「○○ちゃん」って呼んで遊んでた

年上の女の子から中学校に入って急に「○○先輩」って

呼ばなきゃダメだよと言われ    「😳😳!?」今でも鮮明に覚えてる

でも、それはその子の意思ではなく

昔からの伝統、部則だっただけで

「そうなのか!しっかりルールは守ろう」

破ったら怒られる、嫌われる

このマインドセット、思考を植え付けられ始めたタイミング。

先生、先輩の言うことは絶対。怒鳴られようが、逃げる道もなく

ただ上手くなりたい!やるしかない!と

走り込み、筋トレ、声出し、反復練習

「これ意味あるの?」って疑問に思うことすらないくらい

ただただ目の前のことに必死だった。仲間がいたから。

いつからか「純粋なただ楽しい」→「勝ちたい、日本一になりたい」と

全国大会レベルになると周りからの賞賛を受ける機会も増え

評価される対象や自分の自分に対する評価の基準

ホッケーの技術、結果になっていってホッケー以外での

目標、夢は、思い返しても思い出せない。笑

小学校から高校までキャプテンを最高学年の頃はさせてもらっていて

余計に自分への基準や他者の目、結果、周りからの評価ばかりに

執着せざる追えない環境を自ら作り出して

プレッシャーとの隣り合わせの日々だった。

そんな頑張ってる自分に酔ってたとも言える。

そのおかげで良い経験もしたし、周りへの気づき礼儀

コミュニケーション能力忍耐力(我慢)、痛みへの鈍さww

時間管理、目標設定と私だけのオリジナルの強みを得ることができたと

良い部分をピックアップすれば出てくる。

それ以外では「一つのことを極めることへの賞賛、美化」 

日本特有の文化、やめることへの抵抗も原動力だった。

そんな中でも私は外の世界を知る機会を貰えたのが

海外での生活をしたい!という想いを抱くようになった

小さなきっかけで 全ては繋がっている🦋 と

エネルギーは思考が流れるところに注がれていたみたいです。

次回はそのお話へ THANK YOU, LOVE







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